第9話 無能な刑事を現場に送るために警察が逆エリートを育成してた
警察が無能だってよく言われますけど、ホントは頼り甲斐あるんですよ。
ただ、現場に来る刑事が無能ってだけで……。
〜 〜 〜
「犯人は、ストーカーの男ですね!」
若い刑事が高らかに宣言したんです。明らかに間違ってるんですけどね。だって、犯人はある程度、被害者と親交があるってのは現場の様子から明らかなんですよ。
でも、そばの警部がうんうんとうなずいてるんです。
「大人気女性アイドルの佐倉さんだ。ストーカーが妄想を現実にしようとしたに違いないな」
「ありがとうございます、|木偶野《でくの》警部!」
この若い刑事、今日が初現場らしいんです。警部からは研修も兼ねていると言われて、そんなやつ現場に連れて来んなって思ったんですけどね。
ちなみに、ここは私が住んでるマンションなんです。同じマンションにアイドルが住んでたなんて、初耳でしたよ。初対面が死体だったのは残念ですねー。サインもらいたかった。
なんて言ってる場合じゃなくて、私、なぜかここでの探偵役を押し付けられてるんですよ。警部がやって来て、
「よく事件に巻き込まれてるとか」
なんて話しかけてきて、勝手に探偵枠に押し込まれたんです。いや、ちゃんと確認せーや。確かに、何回か事件解決しちゃったけどさ……。今日、古畑任三郎の再放送あるから早く部屋に戻りたいんだけど。
※ ※ ※
「木偶野警部、ストーカーの男の家に捜査員を送りました! 事件解決ですね!」
若い刑事が戻って来ました。しかも、ひと仕事終えたーみたいな顔してんです。見当違いなことしてるんですよ?
「あの、お言葉なんですけど、ストーカーの人、犯人じゃないと思いますよ」
「なんてこと言うんですか! 犯人に間違いありませんよ!」
若い刑事が突っかかってきます、無能のくせに。危うく、黙れよって言いそうになりましたね。
「いや、だって、後頭部を殴られてんですから、佐倉さんは後ろ向いてたんですよ。ストーカーが侵入してきたら、そんなことしないでしょ」
「た、確かに……!」
若い刑事が手を叩くんですけど、警部が満足そうな顔してんです。なんかおかしいな〜、怖いな怖いな〜なんで思ってたらですね、警部が言うんですよ。
「間違った推理、よし!」
なに言ってんだ、こいつ? とか思ってました。まあ、例のごとく、私はこの時にはタイトルみたいなことがあるなんて夢にも思わないわけですよ。
「なにもよくないと思いますけど……」
「ああ、いや、すみませんね。今日は|節穴《ふしあな》刑事の研修も兼ねてまして……」
木偶野警部に節穴刑事……分かりやすく無能そうですよね。先祖からして無能そう。よく血を残せたもんです。
「研修なのにダメなところ指摘しないんですか? だから警察は無能だって言われるんですよ」
木偶野警部がニヤリと笑います。嫌な予感がしたんですよね。古畑任三郎観るからって言って逃げればよかった。
「鈴木さんはご存知ないでしょうね。我々は警察学校時代から、何もできず、体力や問題解決能力もないのです。そういう人間が選抜された精鋭部隊が現場に送り込まれるのですよ」
「……自分で言ってて悲しくないんですか?」
「全ては事件解決のためです」
「いや、無能が送り込まれたら現場が混乱するだけでしょ……」
「だからこそ、探偵が輝くのですよ」
「あっ……、えっ? 探偵のために無能が派遣されてきてるんですか?!」
「ご明察!」
「ご明察、じゃねーよ。有能派遣してきてくださいよ。古畑任三郎観たいんですよ、こっちは」
この流れでいうと、古畑任三郎は有能側の刑事ですよね。私的には当たりの刑事ってこと。
「我々は警察内部では捜査一課無能係と呼ばれています」
「それただの悪口でしょ。とにかく、有能な刑事呼んでくださいよ。私は古畑任三郎観なきゃいけないんで」
節穴刑事がメモ帳にペンを走らせてるのが見えるんです。今までの流れでメモするようなことあったか? 彼が泣きそうな顔になって木偶野警部に泣きつきます。もう見てらんない。
「どうしましょう、木偶野警部。これじゃあ、犯人を見つけられませんよ……! 事件は迷宮入りだぁ……!」
無能な刑事にありがちな諦めモードってやつです。後で聞いたら、匙を投げるのも加点ポイントだったらしいです。現場に遊びにきてんのか、こいつら?
よく分からないんですけど、こいつらに任せてたらやばいと思って、アドバイスしちゃいましたよね、私。たぶん無能係の思う壺なんだろうな……。仕事したみたいな顔してたもん、この時の2人。ぶん殴ろうか思いましたよね。
「いや、とにかく、犯人は佐倉さんの知り合いでしょ。今日ここに来た人を当たれば犯人見つかりますって。見つかったら教えてください。私、古畑任三郎観てるんで」
節穴刑事が頭を掻きむしります。こいつ、現場に来てからなんの成果もあげてないよね? いや、無能係的には仕事してるのか。
「でも、どうやって容疑者を絞り込めば……」
あー、無能! 見てたらイライラしちゃいましたよね。
「マンションなんだから防犯カメラあるでしょーが! さっさと管理人に頼んで映像確認して来い!」
「は、はいぃぃ〜!!」
走って行く節穴刑事の背中を見て、木偶野警部が強くうなずくんです。これはお前の仕事でしょ。いや、無能係としては正解なのか。
「我々は合理的な判断ができないのです。彼はこれから大きな存在になっていくでしょう」
「知れば知るほどただのお荷物にしか思えないんですけど……」
まあ、防犯カメラの映像が確認できたら事件も解決したようなものだよなー、古畑任三郎に間に合うなー、なんて思ってたらですね、節穴刑事が飛んでくるんです。
「で、木偶野警部! たいへんです!」
「どうした? トラブルか? いいぞ!」
なにがいいんだよ。
「防犯カメラの映像を確認してたら、間違ってデータ消しちゃいました〜!」
「ほう! これは事件が込み入るぞ! 10ポイント!」
こいつら探偵側じゃなくて犯人側だろ。もはや共犯者だよ。っていうか、なんのポイントなんだよ。人間としてのポイントはマイナスだろとか思ってたら、木偶野警部と節穴刑事が揃って頭を下げてきます。
「鈴木さん、申し訳ない」
「さっきはしゃいでたでしょ。謝るなら佐倉さんの墓の前でやってください。私、古畑任三郎観るんで……」
「時間的に厳しいですか……?」
「あと15分くらいで始まっちゃうんで、パスで」
2人がゴチャゴチャ相談してんです。
「チェンジか〜」
「近くにすぐ来れそうな探偵いないんですよね……」
「使えない連中だなぁ」
自分のことは棚に上げてめちゃくちゃ横柄なこと言ってるんですよ。こいつらの給料って税金から賄われてんですよ、皆さん。
結論が出たみたいで、木偶野警部から説明がありました。
「まあ、今回は研修だったんですけど、また今度別の現場で会いましたら、その時はよろしくお願いしますよ、先生!」
「次見つけたら警察呼ぶんで大丈夫です。で、この現場はどうするんですか?」
木偶野警部が笑います。
「捜査一課呼びます。もちろん、有能係を、ですよ」
「ただの二度手間じゃん」