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第10話 ループしてるっぽいくせにめちゃくちゃ無能なやつが現れた

 タイムループに巻き込まれたことがある人もそれなりにいると思うんですけど、まわりから見てるとただの慌てふためいてる人なんですよね。

 いや、過去を変えたいって気持ちは分かるんですけど、もうちょっと冷静になってもいいんじゃないでしょうかね……。


〜 〜 〜


 街を歩いてたら、向こうからものすごい勢いで走ってきた男とぶつがったんですよ。ほら、私ってわりと細身じゃないですか。2、3メートルは吹っ飛んだんじゃないかってレベルで道を転がっちゃったんです。ひとくちくらいしか口をつけてないスタバの新作のフラペチーノぶちまけてめっちゃテンション下がったんですよ。

 前見て走れやと思いながら顔を上げると、汗だくの男が私を見て愕然としてるんです。いや、謝罪もなしっすかって思ったけど、私は他人を土下座させるようなさもしい人間じゃないんで、むしろ、

「ええと、大丈夫ですか?」

 って気づかっちゃいましたよね。それくらい、男がすごい顔してんですもん。

「あ、あなたは……何者なんですか……?」

「鈴木です。あ、フラペチーノの弁償については気にしないでください」

「こ、こんなこと……今まで起こらなかったのに……」

 とかなんとかゴチャゴチャ言ってるんです。未だに謝罪はないです。別に待ってるわけじゃないですけど。

「あ、あなたは……いつもここにはいないですよね……?」

「まあ、ホームレスではないですね」

 様子がおかしいんですよ。目も血走ってるし、切羽詰まってるんです。

「あなたはきっと、希望をもたらしてくれるんだ……!」

 ああ、こりゃ何かに巻き込まれたなって思いましたね。だってもうなんかセリフの感じとか自分中心でございって雰囲気バンバン出してますもんね。

「僕を助けてください!」

「え、フラペチーノこぼしといて、ですか……?」

 すいません、ついイライラして口走っちゃいました。転んだことよりもフラペチーノなんですよね。楽しみにしてたのよ。30分くらい並んだからね。あと、全然謝らないし、こいつ。

「彼女を苦しみの連鎖から救い出したいんです!」

「あの、私、実は休憩時間なんですよね。その半分を使ってフラペチーノ買って来たの。さっさと会社に戻ってご飯食べたいんです」

 節約でお弁当は作って来たんですよ。冷食詰めただけですけどね。なのに、男はもう自分の目的最優先なわけです。

 でも、あまりにうるさくて、通行人からも知り合いだと思われそうだったんで話聞きました。新手の寸借詐欺みたいですよね。


※ ※ ※


「あー、彼女さん死ぬんですね。そりゃ大変だ」

 男は大石と名乗って、タイムループに巻き込まれたって説明して来たんです。なんでもこれで300回近く繰り返してるらしいです。で、今回のループで急に私が出てきたんで、藁にもすがる思いで助けを求めてきたらしいんです。なんで私なのよ。

「でも、いつも助けられないんです……! この時間の檻の中で、僕は──!」

「あの、まず落ち着きましょう」

「落ち着いていられないですよ! こうしている間にも彼女は死への階段を一歩ずつ昇って──」

「まずそのちょっと気取った言い回しやめましょうよ。ループしすぎて主人公気質が染みついてるみたいですけど、私から見たらただの慌てふためいてる人なんで。だいいち、こっちはフラペチーノの件とか解決してないんですからね」

 言い過ぎかなって思ったんですけど、休憩時間も少ないから早めに切り上げたかったんです。

「でも、彼女を助けたくて……」

「あのですね、大石さんの場合、彼女を助けるまでループ終わらないってパターンなんですよ、きっと。だから、失敗しても問題ないですって」

「そのたびに彼女は苦しみを味わうんですよ。それを野放しにしろと?」

「フラペチーノ野放しにするよりいいでしょ。彼女だって何回死んでもその記憶ないんだから、解決策見つけるまで死なせとけばいいんです」

「な、なんてことを……」

「あと、話聞いてると、ホントにただ繰り返してるだけじゃありません? ループごとに工夫とかしてます?」

「工夫ですか……? いや、彼女を救いたい一心でいつもがむしゃらに……」

「いや、そんな精神論で解決できるわけないでしょ。色んな選択肢試して解決のために選択肢探すんですよ、普通は。めちゃくちゃ300回無駄にしてんじゃないですか。彼女死に損でしょ」

「そ、そこまで言わなくても……」

「解決したいならやってくださいよ。マジで今、非効率なことしてますよ」

 休憩時間のこととフラペチーノのことで気が立ってただけであって、いつもはここまで言わないんですけどね。大石はめっちゃ落ち込んでました。でも、ぶつかってフラペチーノぶちまけたことに関してはノータッチなんですよ。


※ ※ ※


 大石は後悔してるんだそうです。彼女と喧嘩して、飛び出した彼女が事件に巻き込まれたから。私の休憩時間がどんどんなくなっていくのは最悪なんですけど、こいつが納得できる案を提示しないと帰してくれなさそうなんですよね……。

「なんで喧嘩したんですか? そこ改めれば助けられるでしょ」

「僕に何も言わないで男がいる飲み会に行ってたんですよ」

「……ええと、それで喧嘩してんの? 許してやればいいじゃん。ループものってそういう些細なことをループして助ける過程で許してくもんでしょ」

「そうなんですけど、やっぱり毎回イラッとして喧嘩しちゃうんですよね。言わずに飲み会行っていいでしょみたいな顔が腹立つんです」

「いや、救いたいならそこ我慢しろよ……。そこクリアしたら終わりじゃん……」

 なにか壮大な謎解きでも必要なのかと思ったら、ただの痴話喧嘩を収めればいいってことに気づいて、なんか気が抜けましたよね。この代償がフラペチーノってわりに合わなすぎでしょ。

「もう解決したし、行っていいですか? お腹空いてんですよ、こっちは。フラペチーノも飲めなかったし」

「ループから脱するために他に必要なことはなんですか?」

「うーん、1回彼女助けるの忘れてループものの映画とか観たらいいんじゃないですかね」

「彼女を差し置いて映画なんて……!」

「いや、さっきまで不満ぶちまけてたでしょ。私はフラペチーノぶちまけましたけど。弁償の話とか有耶無耶になってますけど」

「でも、ループものなんて観たことなくて…
…」

 そうだろうなと思いましたよね。こいつ、ループに巻き込まれるために持っておく基礎知識がないんですよ。ただ気合いとかで乗り越えようとしてんの。彼女もそういう生産性のないところが嫌だったんじゃないかな。

「ああ、じゃあ、いま映画館でやってるやつ、確かループものって話だからそれ観たらいいんじゃないですか。今日水曜だし、フラペチーノ2杯分くらいで観れるんじゃない?」

「……分かりました。ここは彼女を助けると思って映画観に行きます……。今後相談したいんで連絡先教えてもらっていいですか」

 めちゃくちゃ嫌だったけど、インスタのアカウント教えました。めっちゃ嫌だったけどね。だって、次のループでも連絡してきそうじゃん。まあ、ブロックすればいいんだけどね。

 大石は謝罪も礼も弁償もなく走って行きました。彼女があいつから心離れしてる理由が詰まってた時間だったね。ループから救い出されてもすぐ別れるよ、あれは。


※ ※ ※


 休憩に入ってスタバの新作フラペチーノ買いに行こうと思ったら、インスタにDMが来てました。

『映画の途中でループしちゃったんですけど、内容教えてください!!!』

 変な詐欺DM多いらしいんで、ブロックしといた。

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