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第200話 不器用なお祝い

「ほら!こっちに来い!」 

 誠達を置いて先に歩いていたカウラがハンガーへ向かう角で手を振っていた。仕方がないとあきらめて三人は駆け足でカウラに追いついた。

「ドレスまで着ちゃったんだからさ、いい加減あきらめなさいよ」 

「そうそう、お嬢様らしくしていただかないと困りますわ!」 

 アメリアとかなめ。二人して無駄話をしてカウラを引きとめようとしていた。誠もようやくそのことに気づいてカウラの前に立ち止まった。たぶんハンガーで島田達が何かをカウラに見せようとしているらしいと誠は察した。サラがこちらを観察していたのはそのせいだろう。

「なんだ?」 

 カウラは覚悟を決めたような表情で自分の行く手に立ちふさがる誠を見上げた。

「カウラさん……」 

「だから、なんなんだ?」 

 カウラは相変わらず不思議そうに誠を見上げた。しばらく見詰め合っていた二人だが、突然かなめが立ち尽くしている誠の首を右手で抱え込んで引き倒した。何が起きたかわからないまま誠は逆えび固めのような格好になってそのまま地面に腰を叩きつけることになった。

「何するんですか!」 

 誠が叫んだ。さすがにこれを見てはカウラも誠を助けざるを得なかった。

「馬鹿をやるんじゃない!大丈夫か?神前」 

 倒れた誠をカウラがしゃがみこんで助けようとした。誠はいきなりひねった腰をさすりながらカウラの緑の髪を見つめた。

「大丈夫ですよ……僕なら平気です」 

 そう言いながら誠はハンガーの方を覗き見た。そこには両手で大きくマルの形を作っているサラの姿があった。

「じゃあ行こうか、クラウゼ少佐」 

「そうですね、西園寺大尉」 

 かなめとアメリア。二人は仲良しを装い歩き始めた。そのあまりにもわざとらしい光景に誠は思わず噴出した。その気配を察知して二人は誠に殺気のこもった視線を投げてきた。

「貴様等……何か企んでいるな?」 

 カウラでもそのくらいはわかる。ようやく笑みを浮かべると頭を引っ込めたサラを見つめて大きく頷いた。サラはかなめ達のあまりにわざとらしいやり方を見て呆れた表情を浮かべた。

「まあいい、付き合ってやるとするか」 

 カウラはそう言うと立ち上がりかなめとアメリアに続いた。誠達がハンガーの前に立つ。だが人の気配はするものの誰一人としてその姿が無かった。さすがにあまりにわざとらしいと誠はカウラの無表情を見ながら脂汗を流した。

「なんだ?これは?」 

 カウラは不思議そうに一人歩き出した。だがすぐに足元のピアノ線を踏んではっとした顔に変わった。

『パーン』 

 はじけるようなクラッカーの音。降り注ぐ紙ふぶき。待ってましたとばかり、中央に立っていたカウラの愛機の肩からは垂れ幕が下がった。

『お誕生日おめでとうございます』 

 その墨で書かれた字が、能筆で書道に明るい嵯峨の字であることはカウラの後ろに立っていた誠にもわかった。

「おめでとう!」 

 今度はペンギンの着ぐるみを着たサラが現れた。ひょこひょこ歩く彼女に心底呆れたように額を押さえるランの姿があった。

「めでたい!めでたいぞ!」 

 そう言いながら勤務中ということで勤務中だというのにお気に入りのレモンサワーを一気飲みしている島田の姿があった。後ろのパーラもにこやかに笑っていた。

「おい……」 

 突然カウラがうつむいた。そして肩を震わせた。

「どうしたの?カウラちゃん……」 

 アメリアがその肩を支えるが、カウラの震えは止まらなかった。それを察したように騒ぎながら紙ふぶきを巻き続けていた整備班員も沈黙した。

「私は……」 

 カウラは顔を上げた。その瞳には涙が浮かんでいた。

「カウラちゃん」 

 心配したようにサラ羽をカウラに差し伸べた。かなめとアメリアも心配そうにカウラを見つめた。部下達の馬鹿騒ぎを半分呆れたように眺めていた機材置き場の前に立っているランも複雑な表情で立ち尽くしているカウラに目を向けていた

 一瞬馬鹿騒ぎの音が途切れて沈黙がハンガーを支配した。

「どうするつもりだよ……」 

 カウラは下を向いたままそうつぶやいた。

「カウラちゃん……」 

 サラが静かに彼女を見上げて手を伸ばす。後ろに立っているかなめとアメリアもしばらくどうしていいのかわからないと言うように当惑していた。

「どうするつもりだよ……」 

 再びカウラがつぶやいた。誠は震える彼女の肩を支えるように手を伸ばした。沈黙していた整備班員が一斉にカウラの方を見つめてきた。

「何にも得はないぞ。私を喜ばしたって……」 

 そう言うとカウラは顔を上げる。その瞳に輝いていた涙がこぼれ、それを恥じているようなカウラはすばやく拭って見せた。

 次の瞬間、場は再び馬鹿騒ぎの舞台と化した。走り回って紙ふぶきを舞わせる整備班員とブリッジクルー。奥の二階の事務所の入り口では拍手している管理部のパートのおばちゃん達の姿が見えた。万歳をしているのはやはり『ヒンヌー教』教祖、菰田邦弘主計曹長だった。

「人気者だねえ……うらやましいや」 

「そうね、実に素敵な光景ね。でもこれは私のアイディアから生まれたのよ」 

 ニヤニヤしているかなめ。少し誇らしげなアメリア。カウラは振り返ると複雑な表情で二人を見つめた。

「なんと言えば良いんだ?こう言うことは慣れていないから」 

 戸惑いながらのカウラの言葉。アメリアは同じ境遇のものとしてカウラの肩に手を伸ばした。

「ありがとう、それだけで良いんじゃないの?」 

 誠も珍しく素直に答えたアメリアを見つめた。

「そうなのか……ありがとう!」 

 カウラは叫ぶ。隊員達のテンションは上がった。

「凄いな、人望って奴か?」 

 カウラに続いて歩いていた誠にランが声をかけて来た。

「そうでしょうね」 

 感謝の言葉が出ずにただ涙を流し始めたカウラを見ながら誠はそう答えた。

「はい!お祝いモード終了!片付け!」 

 腕を組んで様子をうかがっていたランの凛と響く一言に整備班員はすばやく散った。すでに掃除用具を持って待機していた西の率いる一隊がすばやく箒や塵取りを隊員に配っていた。

「面白いもんだろ?人生と言う奴も」 

 カウラに向けてのランの一言を聞くとカウラは小さく何度も頷いた。

「中佐……そうですね。本当に」

 カウラの目に涙が光っていた。

 そんなこんなで誠の司法局実働部隊で初めてのクリスマスが終わった。そして、誠にとっての『特殊な部隊』での新たな一年が始まろうとしていた。


                                了

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