第44話 暇人達の夕暮れ
「おい、神前。飲みに行くぞ……今日は島田とサラとパーラも一緒だ」
その日の終業を告げる鐘が鳴ると同時にかなめがそう言って立ち上がった。
実働部隊機動部隊詰め所。相変わらずランは机の上に広げていた将棋盤を片付けている。
「でも……こんなにすること無くていいんですかね。僕達がこれまでやった警察らしいお仕事って、僕が拉致されたときにマフィアのボスを捕まえたくらいじゃ無いですか……だからうちには予算が出ないんですよ。同盟機構の予算も無尽蔵ってわけにはいかないでしょうからね」
もう誠が配属になって二週間目である。
仕事らしい仕事といえば、誠が拉致されたときに、『皆殺しのカルヴィーノ』と呼ばれたマフィアのボスを逮捕したことくらいだ。
時々シミュレータで陸上戦闘の模擬戦をするのがあえて軍事組織の仕事としてはそれらしいことだった。
「予算が無いんだ仕方がない。それだけ今の遼州は平和だってことだ。感謝こそすれ恨む話では無いな」
机の上の端末を終了したカウラはそう言って静かに立ち上がる。
「と言うか……うちって何のための部隊なんです?この前、僕が誘拐された時だって東都警察や県警の特殊部隊だってできる制圧作戦だったらしいじゃないですか。それをわざわざシュツルム・パンツァーやそれを運用する運用艦まで用意しているなんて。平和な割には物騒すぎる話じゃ無いですか」
誠は今日搬入されたばかりの端末を閉じながらつぶやいた。
「うちは『軍事警察』って組織なの!東和警察の管轄は東都だけ!県警は県だけ!うちの管轄するのは遼州同盟の加盟国の領域すべてって訳!同盟機構の構成国家間で軍隊が動くとまずいような軍事衝突が起きたらそれに対応するのがうちのお仕事!まったく神前には理解力と言うものがねえな」
明らかに馬鹿にするような顔でかなめがそう言って誠の肩を叩いた。
「でもそれならなおのこと東和宇宙軍が動けばいいじゃないですか。あそこは前の遼州内戦でも平和維持活動として出動して戦火の拡大を阻止してたじゃ無いですか。それにあそこはほとんどの戦場で電子戦対応装備の飛行戦車飛ばして上空の封鎖とか非戦闘地域を設定できるんだったら……必要無いでしょ?うち」
誠の常識から考えればそのようなことは軍の管轄と言う理解があった。
「何度も同じことを言わせるな。あの時は遼大陸に東和が持っている鉱山の利権が絡んでいたから、それを口実に東和宇宙軍を動かすことができたんだ。まず、軍が動くってことはいわゆる政治問題に発展するんだ。うちの組織は軍組織で装備も軍に準じているがあくまで『警察』なんだ。東和共和国ではなじみが薄いが大昔の『ソビエト連邦』に似た政治体制の外惑星連邦には『軍事警察特殊部隊』が存在する。まあ、同じようなものだと考えれば……ああ、貴様にそう言う社会知識を期待するのは無駄だったな」
明らかにあきらめの表情を浮かべるカウラに誠はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「まあいいです。とりあえず、うちは軍隊が動けない時に出動する『特殊部隊』なんですね」
誠は自分自身を納得させるようにそう言った。
「そうだ、軍が動けないような事態に対応する正義の味方。『特殊』な『特殊部隊』って訳だ」
かなめの言葉を背に受けながら誠はそのまま機動部隊詰め所を後にした。
「……まあ、今は暇だが、いずれ本当の仕事が回ってくる。そうなれば、お前も今の『平和』がどれだけ貴重か分かるだろうよ。」
カウラのそんなつぶやきに送られてそのまま男子更衣室に行くが、男性隊員のほとんどを占める技術部員は誠の機体の解体にかかりっきりで誰一人中には居なかった。
「確かに理屈は分かるんだけど、なんか納得がいかないな……本当にうちは何のためにあるんだろう……」
独り言を言いながら誠は着替えを済ませて男子更衣室の扉を開けた。
「誠ちゃん!」
そこには笑顔のアメリアが立っていた。
誠達パイロットがシミュレータによる訓練をしている間もアメリア達運航部の馬鹿女共は談笑に花を咲かせるだけで仕事らしい仕事は何1つしていなかった。
「アメリアさん、運航部も暇なんですか……と言うか運用艦はここに無いんでしょ?なんで勤務地がここなんですか?いつもしゃべっているだけでお給料がもらえるなんて良い職業ですね」
誠が思いついた質問をするとアメリアは糸目でにらみつけてくる。
「ひどいこと言うわね、誠ちゃん。なんであんなド田舎勤務なんてしなきゃなんないのよ!あそこはねえ……あそこはねえ……」
急にそう言ったアメリアはこぶしを握り何かに耐えるような表情をする。
「そんなに遠いんですか?運用艦の母港って」
誠は涙目のアメリアを見て不思議そうにそう尋ねた。
「まあ遠いと言えば遠いわね……でも、ここ豊川からなら都心の渋滞地獄を通らなくて済むから、それほど時間はかからないけど、運用艦の係留されている場所の周りに何にもないのよ。あの『特殊な趣味』の人達でもない限り住みたくないわよ。私はあんなとこに勤めるなんて絶対嫌!」
「特殊な趣味?」
本部の玄関に向かう階段を降りながら誠はアメリアの言葉の中に引っかかる言葉を見つけてつぶやいた。
「まあいいわ。どうせ運用艦『ふさ』に乗って食事をすればわかるわよ。連中がいかに『特殊』か。趣味自体は誠ちゃんは船酔いするからしないだろうけど、普通に趣味にしてる人はうちの整備班にも何人かいるわよ。あくまで『趣味』で済んでるけど。でもあの連中は……『趣味』に人生振り回されてどうすんのよ!『趣味』で人生棒に振って何が楽しいの?趣味人の私が言うんだから間違いないわ!アイツ等はちょっと特殊過ぎるわよ!」
『特殊な部隊』の中でも特に特殊に見えるアメリアから特殊扱いされる運航部の係留地に勤務している隊員達のことを想像する誠だが、まるで想像がつかなかった。
「『特殊な部隊』の人から『特殊』って言われるって……その人たち、いったい何者なんですか?それに食事って……なんか奇妙なものを食べさせられるんですか?」
間抜けな誠の質問を無視してアメリアは本部の玄関ロビーのドアを開けた。
外の空気は夏の夕暮れの熱気に蒸しあげられていた。
「暑い……」
誠がそう言いながら駐車場の方に目を向けるといつものカウラの『スカイラインGTR』が近づいてきていた。
「なにもたもたしてんだ!行くぞ!いつもの月島屋だ」
助手席から顔を出して飲みに行くテンションでご機嫌のかなめが叫んだ。
誠とアメリアはその声に導かれるようにして車に乗り込んだ。
「思うんだけど……なんか……私の席、神前君から遠くない?アメリア、わざとやってるわね」
アメリアが決めた席順に不服そうに抗議するパーラだが、アメリアのあざけるような視線とカウラとかなめからの殺気を帯びた視線を浴びると仕方ないというように静かにうなだれた。
「小夏!アタシの酒!」
かなめが叫ぶと、店の奥からラム酒のボトルを持った藤色の和服を着たこの店の女将の
「すみませんね……いつもごひいきに。西園寺さんの『レモンハート』。まだまだケースであるわよ」
春子はそう言ってラム酒のボトルをかなめのカウンターの上に置いた。
「ケースで頼むとは……西園寺。貴様は飲みすぎだぞ」
「うるせえんだよ!この身体だ。アタシのことは『鉄の肝臓を持つ女』と呼べ」
たしなめるようなカウラの言葉に明らかに嫌な顔をしながらかなめはこたえた。
「じゃあ、いつものコースでいいわよね?」
アメリアはそう言って一同の顔を見回す。
注文を待つ焼き鳥の調理場のおじいさんの隣に現れた春子が笑顔を浮かべていた。
「俺!豚串追加で。前回足りなかったんで」
島田がタバコをくゆらせながらつぶやいた。
「神前、レバーはやるわ。アタシあれ、苦手だから」
「はあ」
かなめの言葉にレバーがあまり好きではない誠も命が欲しいのでうなづくしかなかった。
「分かったわ。源さん!盛り合わせ七人前に豚串!」
春子はそう言って奥の冷蔵庫に向かった。
「毎回ここですね……これで三度目ですよ。豊川には他に店が無いんですか?」
誠はとりあえず一番話題を振らないとめんどくさそうなかなめに話しかけた。
「ここが一番サービスが良いの!チェーン店の焼鳥屋はラム酒置いてねえだろ?」
「意地でもラム酒を頼む貴様がどうかしてるんだ」
いつものように冷静にカウラはそう言って出されたつきだしをつついた。
「なんだと!」
「お二人とも……抑えて」
両脇のカウラとかなめのいさかいにおびえながら誠はそう言った。
能天気なサラは春子から渡されたビールの中瓶を隣のカウラに手渡した。
「私は運転してきているんだ。飲まないぞ」
そう言うとカウラはビール瓶を誠に手渡す。
「じゃあ、注いでよ。誠ちゃん」
背後からやってきた小夏からグラスを受け取ったアメリアはそう言って誠にビールを注ぐように促した。
「じゃあ注ぎますね」
誠はそう言ってビール瓶を手にアメリアに向き直った。
「ちゃんと『ラベルは上』にして注ぐのよ。それがうちのルールだから」
笑顔のアメリアは相変わらずの糸目で誠からはその考えているところがよくわからなかった。
「烏龍茶……は、パーラさんとカウラさんだけ?」
春子が烏龍茶の入ったグラスをパーラとカウラのカウンターに並べる。
パーラはビールをサラのグラスに注ぎながら静かに頭を下げていた。
「そう言えば、隊長は来ないんですか?あの人いかにも飲みそうなんですけど」
それとなく誠が隣のカウラに尋ねると、カウラは一口烏龍茶を飲み、真顔で誠に向き直った。
「隊長は月に小遣い3万円だ。大好きな風俗だって月に一度くらいオートレースに勝った時に行くだけ。隊に住んでいる安アパートから自転車で通っているくらいだ。店で酒を飲む金なんてある訳が無い」
カウラはそうはっきりと断言した。
誠は嵯峨が高校生並みの小遣いで、どうやってオートレースやタバコや隊長室で隠れて飲んでいる焼酎の金を捻出しているのか不思議に思いながらかなめに目をやった。
「ああ、叔父貴?あのおっさんはやたら運がいいのか、読みが鋭いのか、結構趣味のオートレースで勝ってるみたいだぞ。まあ当然負ける時もあるみたいだから隊の連中に借金しているときもあるけどな。そんなだから給料全部親とはまるで似てないしっかり者の娘に取り上げられて小遣い制にされるんだよ」
乾杯を待たずにラム酒のグラスを傾けるかなめの言葉に、少しばかり嵯峨と言う上司の寂しい背中が思い出される誠だった。
「じゃあ、注ぎ終わったことだし!乾杯しましょう!」
アメリアの言葉で全員がグラスを上げた。

『乾杯!』
軽くグラスを合わせていると、春子と小夏がシシトウの焼き物の載った皿を配り始めた。
「いいねえ……夏だねえ……」
かなめはそう言いながらシシトウをつまみに酒を飲んだ。