第43話 『格闘戦』にしか期待されない誠と言う存在
「神前のシュツルム・パンツァー操縦が下手って話は……嘘かよ……また負けちまった……まあ、今回もちっちゃい姐御の援護が有ったって理由はつくけど……神前の馬鹿に二連敗したって言う事実は消えねえ!恥の上書きだわ!」
整備班が誠の機体の解体を始めたところで、ランは誠たちをシミュレータールームに誘い、今度は誠にとって2回目の集団戦形式の模擬戦が行われた。
その訓練が終わったところで、西園寺かなめ中尉はそう言いながら重い扉を開けた。
今回のシミュレータを使っての模擬戦は誠とクバルカ・ラン中佐対西園寺かなめ中尉と第一小隊長カウラ・ベルガー大尉の対決だった。
当然、飛び道具はありで、誰もが誠を戦力に数えていなかった。
しかし、始まってみるとその予想は完全に裏切られるものだった。
ランは後方で230mmカービンでの牽制射撃をするばかりで前に出てくる様子はなかった。
ランは完全に自分の能力を消して誠のフォローに回ると言う教導官出身らしい誠の成長を促す戦いを望んでいた。
対するかなめチームは突進してくる誠機にカウラが指向性ECMによる電子戦を仕掛けるが、持ち前の反射神経で攻撃をかわしまくる誠機をとらえることができなかった。
焦ったかなめが前進してきたところにランが狙いをかなめに絞り、『サイボーグ』対『人類最強』の銃撃戦が展開されることとなった。
熱くなって撃ちまくるかなめに対し、戦場に慣れたランはそのサイボーグの射撃を紙一重でかわすエースにふさわしい的確な機動操作でかなめを翻弄した。
一方の誠とカウラの方はなかなかの熱戦となった。
自分の射撃の下手さを理解し、230mmカービンライフルを全く使う気のない誠が接近するたびに、カウラがダミー信号を放出し、電子戦を仕掛けた。
だが、誠は一瞬の間にカウラの機体の「実際の影」を見つけ、反射的にダッシュで距離を詰めた。
驚いてとっさに回避行動を取るカウラ機より先に、誠のシュツルム・パンツァーのダンビラが引き抜かれカウラ機をかすめた。
カウラも一度は誠機のダンビラの出足の鋭さと間合いの遠さを知って、常に誠から格闘戦を仕掛けられる距離への接近を避けるような戦い方をしたため、勝負は一向につきそうになかった。
しかし、かなめの相手をしながらその様子をエースらしい余裕で戦場の全体を観察していたランのかなめの隙を突いた230mmカービンの一撃でカウラが落ちると形勢は一気に誠チームに傾いた。
一対二で不利になったかなめはランの230mmカービンの狙撃から逃げつつ、サイボーグ専用機にのみ装備されている光学迷彩を駆使してランを引き離しにかかった。
誠には初めての事態の敵が視界にもセンサーにも見えないと言う状況に再び戦局はかなめに有利に傾くかに見えた。
しかしかなめは誠を狙って230mmロングレンジレールガンを発射した。しかし、その発射位置を見たランはすかさず反撃した。
百戦錬磨のエースであるランにはかなめの発砲位置からランに潜伏場所を割り出すことなど容易なことだった。
そして位置のバレたかなめはランの230mmカービンの的に過ぎなかった。
「確かに……射撃が『アレ』なのはともかく……回避も格闘戦も『使えない』というわけではないな……自分の短所と長所を分かったパイロット。敵に回すのは怖いものだ。西園寺。神前のシミュレーションデータのログは確認したか?」
すでにシミュレータから降りてスポーツ飲料を飲んでいたカウラの言葉にかなめは脳内のデータリンクを行った。
「……おかしいな……神前の動き、あれ……データに反映されてる動きと実際の反応速度が一致しねえんだ。こんなことランの姐御以外で見たことのねえデータだぞ」
かなめは納得がいかないというように首をひねった。
誠は二人の言葉で自分がランと比較される存在であることに照れながらシミュレータから降りようとするちっちゃな上官であるランに手を貸した。
「そんなの決まってんだろ?元々適性の高いパイロット候補しか教育したことのねー東和宇宙軍の教官にはこいつの良さを見る目がねーんだ。人には長所と短所がある。短所に目をつぶり、長所を人が羨むレベルまで伸ばす。東和陸軍の教導隊長としてアタシが目指してたシュツルム・パンツァーパイロットの教育方針はそれだ」
誠の手を借りながらシミュレータから降りたランはそう言って笑った。
「確かにこいつは運動神経はそれなりにあるし、動体視力も人一倍だからな……まあ、左利きなのが欠点か……」
悔しがっていたかなめの言葉に誠には1つの疑問が生まれた。
「西園寺さん。左利きだと何か問題があるんですか?確かに僕は左利きですけど……左利きってそんなに不遇なんですか?そんなこと日常生活では感じたこと無いですけど……軍ではそうなんですか?」
歩み寄ってくるかなめの姿を間近で見ながら誠はそう尋ねた。
「まあ、兵器ってのはほとんどが右利き用に設計されてるんだ。銃だって基本的に薬莢は右側に飛ぶようにできてるだろ?」
かなめはそう言っていつも手にしている愛銃XDM40を取り出してその弾の薬莢が飛び出す部分を指さした。
「確かにそうですね、左手で撃つと薬莢がこう飛んできて……」
誠はXDM40の排莢口を眺めてそのカートリッジが排莢される様を手でシミュレーションした。
「オメエの顔面にガツンだ」
かなめは非情にそう言って誠の額に軽くデコピンをした。
「普通の銃は左手で撃つと最悪、撃った後で薬莢が顔面に直撃……なんてことがあり得るんだわ。オメエの言う通り武器業界では左利きは不遇なの。特にブルバップライフルは左利きが構えると顔面にフルオート射撃で焼けた薬莢が直撃して大変なことになる」
誠は自分の左手をまじまじと見た。
そしてそのまま顔を上げていつものように銃について熱く語るかなめの顔を見つめた。
「……あのーいいですか?」
「なんだよ?」
ぶっきらぼうにかなめが誠をたれ目でにらんでくる。
「ブルバップライフルってなんです?」
軍に入りたくて入ったわけでは無い誠の質問に一同はただあきれ果てていた。
「お前は本当に銃に興味が無いんだな。そんなことでは軍人失格だぞ。銃の機関部が、トリガーより後ろに配置されている銃のことだ。機関部が銃のストックを兼ねる形状になるからコンパクトなのが売りだな。遼北人民解放軍が使っている69式
呆れながらカウラが説明する。
誠にはあまりよくわからなかったが自分が遼北に生まれなくて正解だったことと遼北人民軍の左利きの人はどうしているのか聞きたくなった。
「アタシの使っているFN―P90みたいに下に薬莢が落ちるタイプの右利き左利きに関係ねー銃ってあんまりねーかんな。戦争は数なんだ。製造コストを考えたらどうやったって右利き用に開発した方が安いもんな。兵士が右利きってことを前提に銃を開発した方がコストが安く済むとーぜんの話だろ?」
ランはそう言って左利きの誠にとっては過酷すぎる戦場の残酷な現実を語って見せた。
「戦争は数ですか……どこもかしこも数合わせの予算次第なんですね……」
誠は世知辛い世の中をマイノリティーの左利きとして生き抜く難しさを感じていた。
「ともかくだ。オメーは伸びる!東和宇宙軍のエリートしか教えたことのねー教官達は教え方が下手だったんだ。アタシが付いてる!頑張れ!それにオメーはいずれあの専用機を使って自分が戦場でどれほど敵に無視できねー存在だったか思い知らせるような『力』を発動することになる!今はそれについては言えねえがいずれそれが分かる時が来る!今言えねえのはそれの発動要件にオメーがそれを知らねーことが前提になってることと、その『力』を知ればオメーが慢心して努力を止めることになるから言えねーんだ。そんくらいは察しろ」
そう言ってランは長身の誠を見上げた。
「ありがとうございます……でも、射撃は下手ですよ。それと、その『力』の発現条件、無茶苦茶じゃないですか?」
誠はランに褒められていることは嬉しかったが、ランが言った『力』の発動条件の残酷さが気になった。
「下手ってことを分かってるんならそれでいーんだ。アタシは最初っからオメーにはそんなことを期待してねーんだ。それと『力』の発動条件が無茶苦茶なのは世の中みんなそんなもんだってこと。別にこれは軍隊や警察に限ったことじゃねえ。どこの会社に行っても特殊能力でも無きゃ達成できない無茶なノルマを課せられるもんだ。オメーの『力』の発現条件もそんなもんだと思え」
元気よくそう言うランだがはっきりと『期待してない』と言われるのはさすがに誠もカチンときた。
「それなら、『伸びしろがある』とか言ってくださいよ……確かに僕の学生時代の知り合いも無茶なノルマを押し付けられて愚痴をこぼして来るのは事実ですけど……」
何とか反論する誠だったが、ランの笑顔はそんな誠の言葉を無視していた。
「まず言っとくが、オメーには射撃の才能はねー!それ以前に必要ねー!オメーの『力』には射撃なんか必要ねー!オメーには射撃は護身の為のお守り程度の物だとしか思ってねー!」
ランはそれだけ言うとシミュレータルームを出て行った。
「でも、僕だって現場に出るんですよ。いつも西園寺さんやカウラさんがいるとは限らないし……」
そう言いながら誠はかなめとカウラを見つめた。
二人とも何かを隠しているような気まずい雰囲気が流れているのを誠は感じながら、それを確かめることができない自分の気の弱さに少しがっかりしていた。
「ともかくオメーに射撃の腕は必要ねーんだわ……うん、うん。オメーはその格闘センスだけをひたすら磨けばそれで良ーんだ」
上機嫌でシミュレーションルームを去るランの言葉の意味が分からずに誠はただ茫然と立ち尽くしていた。
「射撃の腕……あった方がいいと思うんだけどな……僕の射撃下手は自分で言うのもなんですけど下手ってレベルじゃないですよ?自分でもその点では軍人失格だって言う自覚は有りますし……」
誠は独り言を言いながらシミュレーションルームを去るランの背中を見送った。