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第45話 かなめがサイボーグな訳

「でも考えてみればこの中で普通の人間て……男子だけなんですね。西園寺さんはサイボーグで、アメリアさん、カウラさん、パーラさん、サラさんは戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』ですから」

 そんな何気ない一言を言った誠の頭をアメリアがはたいた。

「何よ!私達が人間じゃないって言いたいわけ?確かに地球の一部の国は私達を非人道的な実験の結果生み出された『繁殖人形』として人間として認めてないところもあるけど、私は人間。意志もあるし、心もある。しかも笑いにはうるさい。寒いアメリカンジョークしか言えない外人(がいじん)が人間扱いされてるのになんで私達『ラスト・バタリオン』が人間じゃないって決められてるわけ?変でしょ?笑いが寒い方がよっぽど人間として致命的じゃないの!」

 思い切り誠に顔を寄せてくるアメリアにたじろぎながら誠はシシトウを口に放り込んだ。

 それは『当たり』だった。

 口の中に火が付いたような辛みが広がって誠は思わずむせながらビールをあおった。

「アタシ達を機械人形呼ばわりするからそうなるんだ。それにだ。オメエも島田も遼州人だから、地球人の遺伝子は継いでねえんだ。その点、ここにいる女子はみんな地球人の遺伝子を継いでる。ここにいる二人の男は両方地球人から言わせれば『エーリアン』なんだ。原始的な技術しか持たずに1億年進歩を拒否してた理解不能な宇宙人なんだよ」

 ラムを舐めながらそう言ってかなめは笑った。

「そんなことを言うってことは、西園寺さんのお父さんかお母さんが地球人なんですか?地球人は戦争好きなんで遼州人の僕としては恐怖の対象でしか無いんですが……」

 何とか口の中の辛みが取れ始めた誠はそう言ってかなめのたれ目をのぞき見た。

「アタシの親父が地球系だな。『甲武国』っていうアタシの生まれた国はほとんどが元地球人だから。そこで政治家をやるには地球人である方が好都合ってわけ。貴族が支配して『原子野蛮な遼州人より地球人の方が偉い。その地球人でも地球で身分が高かった方が偉い』ってのがスローガンの国なんだ。当然だろ?」

 笑いながらかなめはシシトウをかじった。

「お父さんが政治家……もしかして、西園寺さんも貴族なんですか?あそこの政治家は全員貴族って聞いてるんで……あそこは未だに貴族と士族と平民できっちりとした身分制度が出来ている国だって社会常識のない僕でも知ってるんで……」

 誠はそう言って恐る恐る残ったシシトウを口に運んだ。

「神前。貴様の現代社会に対する社会常識の無さは致命的だな。西園寺の父親は甲武国宰相、西園寺義基(さいおんじよしもと)。こいつは宰相令嬢ってわけだ。西園寺家は貴族制国家甲武国の最上位の貴族である『四大公家』の筆頭に当たる家だ。つまりその現党首である西園寺は甲武国で一番のお姫様だってことだ」

 カウラは『当たりのシシトウ』を口にしたらしく顔をしかめながらそう言った。

「宰相令嬢!? お姫様!? なんでそんな偉い人が、うちみたいな『特殊な部隊』で女ガンマンなんてやってるんですか?お姫様だったらそんな危険なことさせられないでしょ?普通……それに最上位の貴族の頂点に立つ人が……なんでです?」

 思わず誠は叫んでいた。

 先日の出来事で、この『特殊な部隊』が死と隣り合わせの危険な仕事なのは誠にも分かっている。

 そんなところに自分の娘を置いておく権力者の父や甲武国民の気持ちが誠には理解できなかった。

「神前……てめえはしょせん庶民だな。だからこそ……自分の娘だからこそ死地(しち)に置かなきゃいけねえ。貴族の頂点に立つものだからこそ国民の思いもつかない危険な戦場に立たなきゃならねえ。それが『貴族主義国家』の『貴族精神』って奴だ。それにアタシはどうもお上品なのが苦手でね……陸軍省勤務の貴族出身武官のお高く留まったのとは距離を置きたいの!貴族の位に頼って本国で安全な座り心地のいい椅子に腰かけてるのは性に合わねえんだ。アタシは最前線にあってこそアタシなんだ。アタシはあくまでも戦う女なんだよ」

 
挿絵


 そう言うかなめの手に高そうな葉巻が握られていることに誠は驚きつつ、当たりではないシシトウを飲み込んだ。

 宰相令嬢らしいところは高そうな葉巻を悠然とくゆらせているところくらいだった。

 きっちりとシシトウをかじりながら酒を舐めるかなめの姿に、誠はただ理解不能な存在を見つめる目で眺めていた。

「あのー西園寺さん。本当に偉い人の娘なんですか?なんでサイボーグなんですか?」

 誠の当たり前の問いにかなめはひとたびくゆらせていた葉巻を灰皿に置いた。

「馬鹿だなあオメエは。一応、この東和共和国でもサイボーグ化しないと一命にかかわる事故を負うと保険で民生用の義体を支給されるけど、甲武国では人口が増えるから、そんな制度ねえんだよ」

 物わかりの悪い子供を諭すようにかなめはそう言った。

「え!じゃあ、庶民が事故に逢ったら……」

 驚きとともに誠はそうつぶやいた。

 東和共和国のサイボーグ技術は宇宙屈指である。

 その健康保険制度にまで適用される延命技術は、地球からも垂涎の技術力とされていた。

 東和と国交のある甲武なら当然その技術くらい持っていても不思議ではない。

 しかし、かなめは皮肉めいた笑みを浮かべるとラムを舐めながら話を続けた。

「金持ってねえと死ぬしかねえの!あの国は!地球だって採算に合わないからサイボーグ保険なんて金持ちのみの特権なんだから。アタシがサイボーグなのはアタシが金持ちの貴族だからに決まってんだろ?アタシの身体は、最上位の貴族クラスでもなければ手に入らない、高級品質の軍用義体なんだ。それを私費で出してる。それはアタシが甲武国の貴族の頂点に君臨することの証だ!それともテメエはそんなにアタシが下品だと言いてえのか?」

 かなめはそう言いながら右手を左わきのスプリングフィールドXDM40に伸ばした。

「違いますよ!でもそんなにVIPだったら怪我なんて……」

 そこまで誠が言ったところでかなめは右手を再び葉巻に向けた。

「うちはな。代々政治家の家なんだよ……西園寺家は甲武を建国するときに多大な貢献をした名門だ。だから、甲武建国後も何人も宰相を輩出している。アタシも軍人にならなかったら政治家になってた……親父はいまでもそうなることを望んでるがな」

 かなめはしんみりとした調子でそう言いながら春子が差し出した焼鳥盛り合わせを受け取ってカウンターに並べた。

「それは、二十五年前の第二次遼州戦争の最中のことだ。アタシの爺さん西園寺重基(さいおんじしげもと)は戦争反対の論陣を張る前宰相……つまり政府の目の上のたんこぶだったんだ……レバーやるわ」

 自分の焼鳥盛り合わせからレバーを取ると誠の皿に移しながらかなめは言葉を続けた。

「その朝、爺さんとアタシ、それに叔父貴のかみさんとその娘はそれなりにいい店で朝食を食ってたんだ。まあ、戦時中にそんな贅沢していること自体あまり褒められたもんじゃねえが……爺さんも負け戦をひた隠しにしてばかりの軍部に対する嫌味のつもりでそんな暮らしを続けてたんだろうな……戦争なんて下らねえって言うことを軍部の連中に見せつけるために」

 誠は不意にシリアスな表情を浮かべているかなめの言葉についていけずにただ黙り込んでいた。

「そこで軍部の好戦的な連中が仕掛けた爆弾がドカン。それで終了だ。アタシは脳と脊髄以外の体の大半を失い、叔父貴のかみさんは……自分の娘とアタシをかばって死んだ。別にアタシはかばってくれなんて頼んじゃいなかった。こんな身体になってまで生き続けたいとは思ってはいなかったのによ」

 かなめはそこまで言うと葉巻を置いてネギまを口にくわえた。

「隊長がバツイチって……」

 誠はようやくここでかなめに声をかけることができた。

 そしてその内容があまりに深刻なモノだったのでそれ以上言葉を続けることができなかった。

「そう、叔父貴がバツイチなのは死別……まあ、その時、実は叔父貴のかみさんに間男(まおとこ)がいたってのが救いだがな。まあ、死んだ人間をこういうのもなんだが、叔父貴のかみさんは相当男癖が悪かったらしい……まあ、似た者夫婦か」

 かなめはそう言って笑いながら葉巻の煙を悠然と吐いた。

「それ……全然救いになってないですよ……間男って……」

 誠はかなめの悲劇よりそちらの方が気になってしまった。

「叔父貴のかみさんは『社交界の華』とか呼ばれててな。叔父貴が結婚した時も5人の男とそう言う関係にあって出来た子供の遺伝子検査をしたら叔父貴の子供だったから叔父貴と結婚したんだ。結婚して、子供を産んでからもそんな華やかな場所から離れられない質で旦那の叔父貴が出征したことを良いことに男を引っ張り込んで……あれを典型的な『悪女』って言うのかね。そう言えばアタシの隙仲女の歌手の代表曲にも『悪女』って曲があったな。アタシはギターで弾けるから今度歌ってやるよ」

 かなめは完全に他人事のようにそんな事を言うので誠は呆れるしかなかった。

「まあ、旦那さんがあんな『駄目人間』だから似た者同士だったんですね。それにそんな事情があったにしても西園寺さんは助かったんでしょ?それはそれでよかったじゃないですか」

 誠もかなめの果てしなく救いのないボケにそうツッコまざるを得なかった。

 誠はなぜどんな悲惨な話にも意地でも落ちをつけるのかと不思議に思いながら目の前のご令嬢であるかなめに目をやった。

 かなめはネギまを食べ終えると、悠然と葉巻をふかしラム酒を口にした。

「まあ、甲武、別名『大正ロマンの国』の政治家の最期なんてみんなそんなもんさ。オメエは日本史苦手だから知らねえだろうけど、日本の『大正時代』もテロと騒乱事件の歴史なんだぜ。何人首相が暗殺されたと思ってんだ。現職の首相が暗殺されなかっただけましだろうが。それにこんな機械の身体を押し付けられる運命を押し付けられた身にもなって見ろ……まあ、生身のオメエには無理か」

 そう強がるかなめの言葉にはどこかいつもの力が無かった。

「結局アタシは親父が大枚叩いてこんな体になった。三歳の時から見た目はおんなじで大人の姿。運命とは言え当時のアタシにはあまりに残酷過ぎた運命だ。親父がなれって言う政治家になるのを諦めさせるために軍に入ろうと義体を軍用にしたのは良いが……軍の前線任務はサイボーグは不可なんだと……ったくつまらねえ人生だよ。まあ、普通グレルわな。こんな無茶な体を押し付けられたら」

「今でもグレてますね。銃を抜き身で持ち歩いてるし」

 誠のさりげないツッコミにかなめはあきらめたような笑みを浮かべた。

「こんな平和なだけが自慢の東和共和国の庶民にはアタシの気持ちなんてわかんねえよ。いつ、オヤジの政敵である貴族主義の連中が首を取りにくるかわかんねえんだ。だから銃は手放せねえの。つまりこいつは護身用……まあ、マガジン入ってねえからいいだろ?」

「よくないですよ。銃は銃です」

 たしなめるようにそう言った誠を無視してかなめは銃を抜くとそのグリップの下を指さした。

 そこには弾丸を入れるマガジンが刺さっているところだがそこには何も入っていなかった。

「それと西園寺の場合、銃は一種の精神安定剤だ。甲武国は士族以上の身分のものには帯刀が許されている。その特権を見せびらかしたいんだろう」

 カウラはネギまを食べながら淡々とそう言った。

「アタシは公家だ!刀無しには生きていけねえ武家なんかと一緒にするな!」

 ラムのグラスを手にかなめは必死になって反論した。

「でも、帯刀は士族の『権利』でしょ?同盟機構の部長会議で甲武国の士族出身の人に会う機会もあるから知ってるけどかなめちゃんみたいに常に銃を持ち歩いてるのは甲武国でも異例だって聞いてるわよ」

 アメリアの何気ない一言にかなめは反論する言葉を失ってグラスのラムを喉に流し込んだ。


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