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第154話 思い出と見せたいもの

 カウラ達が来てからのにぎやかなここ数日の朝食が終わった。

「じゃあ私は点数稼ぎでもしようかしら」

 そう言ってしばらくは居間でお茶を片手にテレビを見て笑っていたアメリアが立ち上がった。

「点数稼ぎだ?」

「かなめちゃんには無理かな……お母さん、お手伝いしますよ!洗い物とか色々あるんじゃないですか?」

 アメリアはそう言って洗い物を始めた薫を手伝いに立ち上がった。

「新聞は……西園寺か。貴様は活字は読めないはずだからまた本国の国文学者をこき使って筆文字に起こさせて読んでいるのか。人の手間を考えてネットで我慢しろ」

 カウラが言うようにかなめは活字が読めないのでかなめがこうして活字の物を読んでいる時は本国の国文学者にかなめの目に映したものが送られてそれを専任の国文学者が筆文字に起こしてかなめに送り返すと言う作業が必要になった。

「なんだよ文句があるのか?それに連中はそれで飯が食えてるんだ。アタシは良い仕事を与えている良い主君なんだ。連中には感謝してもらいたいものだな」

 顔を出したカウラにかなめが因縁をつけるようにそう言った。そしてそのままコタツで伸びをしながら手にした新聞を振り上げた。アメリアがいなくなってカウラはようやくコタツに足を入れようとした。

「カウラちゃん。今日は誕生日だから特別に誠ちゃんを貸すわよ」 

 アメリアが振り向いてカウラにウィンクした。はじめ、その言葉の意味がわからず誠もかなめもただアメリアの顔をしばらくのぞき込むばかりだった。アメリアの呆れた顔にようやく意味がわかったと言うように、かなめが居間のテーブルの上に茶を置いて頷いた。

「まあ好きに弄り倒してもかまわねえよ……なんなら……」 

 そう言ってかなめは口を押さえていやらしい目で誠を見つめた。

「なんですか?それ」 

 誠の言葉にしばらく考えた後、カウラはコタツに入らずにそのまま立ち上がった。

「何時までに帰ればいいんだ?」 

 立ち上がったカウラは少し恥ずかしそうにそう言うと腕の時計を兼ねた端末をのぞき込んだ。アメリアはうれしそうに左手にはめた端末をのぞき込んでいた。

「今……8時……」 

「8時45分だろ?お前のはアナログか?」 

 かなめに怒鳴られてアメリアはおどけて舌を出した。誠は自分の意思とは関係なく話が進んでいく状況に困惑しながら座っていた。そのおろおろしている姿にかなめは大きくため息をついた。

「エスコートするくらいの気概は……って無理か」 

「無理ってひどいですよ!まあ、無理と言われてしまうとそうかもなあなんて思ってしまうんですけど」 

 誠は抗議するがだ黙ってじっとかなめに見つめられると次第に自信がなくなって行くのがわかりうつむいた。

「まああれよ。誠ちゃんの昔よく行った場所とか、遊んだ場所とか案内するだけで良いと思うわよ。私達みたいな人工人間には無縁なことだもの」 

 そう言ってアメリアは紺色の髪を掻きあげた。彼女の人造人間と言う宿命を思い出し誠は口を噤んだ。

「ああ、私も見たいな」 

 カウラの言葉に誠は彼女を見つめた。表情が乏しい彼女でも笑顔を浮かべることがある。そんなことを思い出させるような笑顔だった。

「大人の状態になるまで培養ポッドの中で育って知識も直接脳に焼き付けられたものしかない人間にはそう言う経験は貴重だから。目で見た者だけがリアル。ランちゃんがいつもそう言ってるじゃないの。そう言う経験、私達には本当に不足してるのよ」 

 アメリアにしては珍しく誠にもわかる助言をする。かなめが起き上がって感心した目でアメリアを見つめた。

「おい、アメリア……何か悪いものでも食べたのか?」 

「何言ってんのよ!今朝の朝食はかなめちゃんと同じもの食べたじゃないの!」 

 そう叫ぶアメリアの言葉に納得しながら誠は立ち上がった。カウラは少し頬を赤く染めながら誠を見上げていた。

「神前が良いなら私は……」 

 少しばかり動揺したようにカウラは目を伏せた。

「じゃあ、つまらない場所ですけど……」 

 そう言って誠は台所を覗き込んだ。うれしそうに鶏の腿肉をヨーグルトベースのタレに漬け込んでいる母、薫が振り返った。

「じゃあ行ってらっしゃい!」 

 誠は苦笑いを浮かべるとそのまま玄関に向かった。カウラも誠にひきつけられるように少し緊張しているような誠についていくことにした。

 誠が靴を履くのを見ながらカウラは庭を見つめていた。マキの生垣の上に広がるのは冬らしい空。風は昨日と同じく冷たかった。

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