【原神】からかい上手のナヒーダさん #29 - 謎のコンテスト(前編)【二次創作小説】
目を覚ますと、薄暗い洞窟内にも朝の気配が漂っていた。光源のない地下だというのに、不思議と「朝」を感じるのは、長年の冒険者としての勘だろうか。寝袋から身を起こして伸びをした。
「ん……よく眠れたな」
目の前で焚火の残り火が微かに燻っている。水筒を手に取り、一口飲む。冷たい水が喉を通り、すっかり覚醒した。
「おはよう、旅人。よく眠れた?」
ナヒーダの声に振り向くと、彼女はすでに身支度を整え、何かメモをとっているところだった。朝日のない洞窟内でも、彼女の白に近い淡い緑色の髪が不思議と輝いている。
「ああ、意外とぐっすりだったよ。ナヒーダはもう準備できてるのか?」
「ええ、少し早く目が覚めたから。あなたが寝ている間に周辺を調査してたの」
ナヒーダはそう言って小さなメモ帳をしまった。草神とはいえ、調査好きな一面は変わらない。
「そういえば、死域は本当にすべて浄化できたんだよな?……実は、まだ残っているとか無しだぞ?」
昨日の記憶を辿りながら、出発の準備をする。この洞窟での主な任務――スメールに残る死域の駆除は、どうやら無事に完了したはずだ。
「ええ、完璧よ。この洞窟の死域はすべて消えたわ。これでスメールの安全はより確かなものになったわ、後は帰るだけね」
ナヒーダは満足そうに頷いた。その表情には草神としての誇りと、任務を終えた安堵が混ざっている。
「それじゃあ、帰路につこうか。青空が恋しくなってきたよ」
「そうね。帰り道はそれなりに距離があるし、上り坂が多いから、ゆっくり行きましょう」
歩き始めると、足取りも自然と軽くなる。死域のために意識を割かなくていいし、魔物への警戒感も薄れているからだろう。
「ねぇ、旅人」
しばらく歩いていると、突然ナヒーダが声をかけてきた。その声色には何か企んでいるような色が見え隠れしている。
「なんだ?」
「あなたの旅で出会った女の子について聞きたいの」
唐突な質問に、思わず足を止めてしまった。
「な、何を急に…しかも女性限定!?」
ナヒーダは無邪気な表情で俺を見上げる。その目には純粋な好奇心と、どこか計算された色が混ざっている。
「知恵の神として、他の地域の人々のことをもっと知りたいなと思って。特に、あなたが旅の中で出会ってきた素晴らしい女性たちのことを」
それはもっともらしい理由だが、なぜか俺の警戒心は解けない。
「いきなり何だよ。そんなの、かなりの人数いるけど…あ、別に変な意味じゃないからな!」
「大丈夫よ。評価項目を決めるから」
ナヒーダはにっこりと笑顔を見せた。その笑顔には、どこか「逃がさないわよ」という雰囲気が漂っている。
「評価項目?」
「ええ。知識の整理には体系的なアプローチが必要でしょう? これは実験的な知識整理法なの」
ナヒーダは真面目な顔で言い切った。そして小さなメモ帳を取り出すと、何かをさらさらと書き始める。
「まずは基本的な項目として、『容姿』『性格』『戦闘能力』の三つを10点満点で評価してもらおうかしら」
「な、なんだそれ! 人を点数で評価するなんて失礼じゃないか?」
思わず声が上ずる。こんな会話をしているところを当人たちに聞かれたら、どんな目で見られるかと思うとゾッとする。
「あら、別に悪意があるわけじゃないわ。地上までひたすら歩くだけだから退屈なの。ただの会話のきっかけよ」
ナヒーダは軽くいなしてくる。
「それに、評価はあなたの主観的なものだから、私は口を挟まないわ。あなたの価値観を知りたいのよ」
そう言って、彼女は少し早足で前に進み始めた。俺もつられて歩き出す。地面は少し傾斜があり、所々に大きな石が転がっている。
「でも、そんな話を……うわっ!」
慌てて言いかけた時、足元の石につまずきそうになった。咄嗟にバランスを崩したその瞬間、ナヒーダが素早く振り返り、俺の手を掴んだ。
「危ないわね。ちゃんと足元を見て」
彼女の手は小さいのに、しっかりとした力強さがある。一瞬の接触に、なぜか心拍数が上がるのを感じた。
「あ、ああ…ありがとう」
バランスを取り戻し、手を離す。なんだか急に気まずい空気が流れる。
「それで、順番にモンドの人から始める?」
ナヒーダは何事もなかったかのように話を続ける。この調子では逃げられそうにない。…まあ、ただの会話なら悪くないか。何より、このまま沈黙が続くよりはマシかもしれない。
「わかったよ、話すよ」
降参の意を示すと、ナヒーダの顔が少し明るくなった。
「じゃあ、モンドの騎士団の代理団長から始めましょうか。ジン・グンヒルド」
ナヒーダはペンを構え、真剣な表情で俺を見つめている。どうやってこの状況に追い込まれたのか自分でも不思議だが、逆らうよりは流れに乗るのが楽だろう。
「ジン団長か…てか、下の名前がグンヒルドってことまで知っているのはさすがだな…まず容姿は、うーん…8点かな」
「へぇ、高評価ね」
ナヒーダは興味深そうにメモを取る。
「それは当然だろ。凛とした美しさがあるし、あの金髪と碧眼の組み合わせは本当に…」
言いかけて、急に我に返る。なんてことを真顔で言っているんだ、俺は。
「なるほど、あなたは金髪が好みなのかしら?」
「いや、そういうわけじゃ…」
ナヒーダの鋭い質問に戸惑う。彼女は楽しそうに笑いながら、さらに質問を続けた。
「性格の評価は?」
「性格は7点だな。責任感が強くて、常にモンドの民のことを第一に考えている。その献身的な姿勢は本当に尊敬できるが、一人でなんでもやろうとして、時々無理しすぎるんだ」
「戦闘能力は?」
「8点かな。風の力を使いこなす剣の技術は見事だし、その場の状況を冷静に判断する戦略眼もある」
「それにジンが攻撃するだけで、周囲のメンバーは少しずつ回復していくんだ、急を要する状況であれば元素爆発でさらに…」
話し始めると意外と言葉が出てくる。ナヒーダはうんうんと頷きながら、真剣にメモを取っている。
「次はアンバーよね。モンドの偵察騎士」
「アンバーは──」
次々と、各項目を答えていく。
「ふむふむ、性格の評価が高いのね」
「アンバーはいつも前向きで、人の役に立ちたいという気持ちが強い。少々抜けてるところもあるけど、その純粋さが楽しくて魅力的なんだ」
ナヒーダは何かを思いついたように、一瞬顔を輝かせた。
「彼女の一番好きな特徴は?」
「うーん…笑顔かな。どんな困難な状況でも前向きに頑張ったり、笑うところ。あれを見ていると、こっちまで元気になる」
そう言って、ふと懐かしい記憶が蘇る。モンドで最初に出会った彼女の明るさは、異世界に来たばかりの俺にとって大きな支えだった。
「次はノエルはどう?」
「ノエルは──」
次々と、各項目を答えていく。
「性格がまた高いわね」
「ノエルは本当に献身的で、人の役に立つことに喜びを感じる人だから。時々無理しすぎるのが心配だけど、その純粋さは本物だ」
言いながら、自分の評価の傾向に気づいた。どうやら俺は、外見よりも内面を重視する傾向があるらしい。
こうして、バーバラ、リサ、ロサリア、スクロース…とモンドの女性たちの名前が次々と挙がる。なぜかクレーは入っていなかった。最初は照れながらも、次第に真面目に評価を語る自分がいる。ナヒーダは終始興味深そうにメモを取り続けていた。
「モンドの人たちへの評価を聞いていると、あなたは『献身さ』と『誠実さ』を重視する傾向があるわね」
ナヒーダの鋭い観察に、少し驚く。確かに、自分でも気づかなかったが、そういう傾向があるのかもしれない。
「さて、次は璃月の人たちね」
ナヒーダが新しいページを開き、璃月の文字を書き込む。
「まずは七星の凝光から始めましょうか」
次々と、各項目を答えていく。
「そういえば、もう少し項目を増やしてもいいかしら?」
ナヒーダが突然言い出した。
「え? まだあるのか?」
「ええ、『社会性』と『家庭関連』の項目も追加しましょう」
「なんでどんどん項目が増えるんだよ!」
思わず抗議してしまう。しかしナヒーダは意に介さない様子で、新しい項目をメモ帳に書き加えていた。
「より科学的な分析のためよ。知恵の神として、データは多いほど正確な結論が得られるもの」
そんな屁理屈に説得力があるはずもないのだが、彼女の真剣な表情に渋々従うことにした。
「社会性って何を評価すればいいんだ?」
「その人が社会でどう振る舞い、どんな関係性を築いているかという観点よ。例えば、コミュニケーション能力や信頼関係の構築力など」
「家庭関連は?」
「家庭を大切にしているか、料理や家事のスキル、将来的な家庭観などを総合的に」
これはもはや恋人候補の評価じゃないか…そんな疑念が頭をよぎるが、口にはしなかった。別にナヒーダが何か企んでいるわけではないだろう。彼女はただ、知識欲の強い神様なのだ。
「では改めて、凝光さんの社会性と家庭関連は?」
正直に答えていくと、ナヒーダはうんうんと頷きながらメモを取る。
「次は香菱ね」
香菱は家庭関連が10点だった
「家庭関連が満点なのね」
「当然だろ。あれだけの料理の腕前があれば、家庭では最強だよ。万民堂の看板娘だし、創意工夫に富んだ料理は絶品なんだ」
思わず熱が入る。香菱の料理の記憶が鮮明に蘇ってくる。
「あなた、パイモンと同じで、食べ物には目がないのね」
ナヒーダが楽しそうに笑う。その表情には何か企みがあるようにも見えるが、気のせいだろうか。
「それは否定しないよ。旅をしていると、美味しいものに出会うのは大きな楽しみだからな」
そうして甘雨、煙緋、北斗、胡桃など、璃月の女性たちの評価も一通り語った。七七やヨーヨォは入っていないことからして、どうやら子供は対象外らしい。
改めて思い返すと、旅の中でこんなにも多くの素晴らしい人々と出会ってきたのだと実感する。
洞窟内の光がさらに明るくなり、道も少し広くなってきた。しばらく歩いていると、小さな空洞に出た。
「ここで少し休憩しましょうか」
ナヒーダが提案してきた。確かに少し歩き疲れていたので、俺も頷いた。
「そうだな、ちょっと一息つこう」
二人で岩に腰掛ける。この場所は、暗い洞窟内で見つけた小さなオアシスのようだ。
「ここまでで、モンドと璃月の話を聞けて面白かったわ」
ナヒーダは満足そうにメモ帳を眺めている。
「なんだか俺、変な趣味の人みたいになってないか?」
ふと不安になって尋ねてみる。
「そんなことないわ。これは大切な学術データよ」
ナヒーダは真顔で言い切った。その表情に、思わず苦笑してしまう。
「次は稲妻の人たちね」
彼女の言葉に、少しだけ緊張が走る。稲妻には特に印象深い出会いが多かった。雷電将軍との決闘も経験した場所だ。
「あなたの評価を聞いていると、人柄の良さや内面の美しさを重視する傾向があるわね」
ナヒーダの観察に、少し驚く。確かにそうかもしれない。実際、旅の中で出会う人々の外見よりも、その人の生き方や考え方に惹かれることが多かった。
休憩をしながら、ここまでのデータを整理するナヒーダ。その真剣な表情を見ていると、本当に学術的な興味だけなのだろうかという疑問が湧いてくる。だが、彼女はただ知識を求める知恵の神なのだろう。
岩に腰掛け、頭上を見上げる。こんな会話をしながらも、なぜか心地よい時間が流れていることに気づく。ナヒーダと二人きりの洞窟内での「恋バナ」とも言える会話。もし誰かに聞かれたら恥ずかしいが、不思議と居心地は悪くない。
「さて、続きを聞かせてくれるかしら?」
「わかったよ。じゃあ稲妻の話をするか」
これから先、どんな会話が待っているのか、少し期待と不安が入り混じる気持ちで、俺は次の話題に備えていた。