【原神】からかい上手のナヒーダさん #28 - 能力の話 - 語らい【二次創作小説】
薄暗い洞窟内に、火の揺らめきが優しい光の輪を描いていた。死域駆除が一段落ついた後、俺たちは少し離れた温泉スポットで身体を休め、今は焚火を起こている。
ナヒーダは膝を抱え、じっと壁面の文様を眺めていた。その翠色の瞳には、知恵の神らしい好奇心と深い思索の色が宿っている。
ふと周りを見ると、洞窟の壁には古代の文様が刻まれ、焚火の光に照らされてその姿を浮かび上がらせている。
「なにか気になるものでもあるのか?」
話しかけると、ナヒーダは小さく首を振った。
「いいえ。ただ考えていたの。これらの壁画は彼らの戦いや能力について描いてあるわ。見て、これは大地を揺るがす者、これは嵐を呼ぶ者……」
彼女の細い指が壁の彫刻を一つひとつ指し示す。確かに俺にもそれらは力強い何かを操る姿に見えた。
「ところで旅人……あなたは、1つだけ特別な能力が得られるとしたら、どんな能力が欲しいと思う?」
突然の問いかけに、眉をひそめる。
「特別?ってことは、回復スキルや攻撃力アップスキルとか一般的な能力じゃなくて、か?」
「そうね、私の夢境に関する権能みたいに、あなただけの特別な能力」
ナヒーダはそう言って、少し身を乗り出してきた。焚火の光が彼女の顔を柔らかく照らし、その瞳に好奇心の輝きを与えている。
「そりゃ、いつでもどこでも妹に会える能力かな」
俺は迷うことなく答えた。ナヒーダの表情が少し柔らかくなる。
「ふふっ、あなたならそういうと思ったわ。家族思いなところがとても素敵よ」
彼女はそう言って、満足そうに頷いた。この状況でも一番に妹のことを考える俺に、何か特別な評価をしてくれたようで少し照れる。
「じゃあ、戦闘に関するスキルで考えてみて」
「戦闘スキルか……そうだなぁ…攻撃に特化していても、通じない魔物も出てくるだろうし、シールドを貫通してくる攻撃をしてくるやつもいたから…」
少し考え込んで、答えを探る。強さの形は様々だから、一概にどれがベストとも言えない。でも、万能に使える能力となると……
「ありきたりだけど『時を止める』能力かな、うん」
「誰もが一度は憧れるスキルね。でも、もしその能力が手に入ったら、具体的に何をするの?」
ナヒーダの問いに、まずは実践的な使い方が頭に浮かんだ。
「そりゃ、戦いなら相手の動きを止めて弱点を見極めるとか、危険な状況に陥ったときに逃げるとか……」
当たり前の答えを並べながらも、次第に別の考えが湧いてきた。
「でも、それだけじゃないな。時々、旅の途中で見かける美しい景色をもっとゆっくり味わいたいときもある。朝焼けや夕暮れ、満天の星空……そういうのは、あっという間に過ぎ去っちゃうからさ」
言いながら、自分でも意外な答えに少し照れる。ナヒーダの目が少し大きく見開かれた。
「それは意外ね。あなたにそんな繊細な一面があったなんて」
「お、おいおい、何だよそれ。俺だってたまには風景くらい楽しむさ」
思わず反論してしまったが、ナヒーダは笑うだけだった。
「冗談よ。でも、あなたが普段から自然の美しさに目を向けているのは知っていたわ。あなたが立ち止まって景色を眺めるとき、その表情は特別だもの」
なんだか見透かされているような気がして、少し居心地が悪くなる。意識的に火に当たる手を動かして、話題をそらそうとした。
「でもさ、そんな能力にも必ず限界があるんじゃないか? どんな神の力にも限度があるように」
ナヒーダが真剣な表情になった。
「そうね。例えば、時間を止められるのは一日にたった5分だけ、という制限があったとしたら?」
「5分か……それなら使い所を選ばないとな。無駄に使えないし、本当に必要なときのために取っておかなきゃ」
「それで、その貴重な5分を何に使う?」
まるで哲学の授業のような問いかけだ。少し考えてから答える。
「戦闘が無い日なら、忘れたくない瞬間をもう少しだけ長く味わうために使うかな。例えば……」
言いかけて詰まった。なぜかナヒーダとこうしている現状が一瞬頭に浮かんだからだ。そんな答えを口にしたら、絶対にからかわれる。
「例えば?」
ナヒーダの声には好奇心がにじんでいた。
「いや、なんでもない。とにかく大切な瞬間を長く味わえるってのは、価値があると思うんだ」
ナヒーダは少し残念そうに首を傾げたが、それ以上は追求せずに微笑んだ。
「時間の価値を知っているのは素晴らしいことよ。でも……」
彼女は一瞬だけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もしかして、その能力で私の寝顔をじっくり観察したりしないでしょうね?」
「へ?」
突然の言葉に、思わず声が上ずった。
「そ、そんなことするわけないだろ! 何言ってるんだよ!」
慌てて否定しながら、顔が急速に熱くなるのを感じる。ナヒーダはくすくすと笑い声を漏らした。
「ふふっ、冗談よ。でも、そんなに慌てるなんて、少し考えたでしょう?」
「考えてないって!」
必死に否定するが、彼女の笑顔はますます明るくなるばかりだ。
「時間を止める能力……確かに便利ね。でも、私なら別の能力を選ぶわ」
ナヒーダは話題を変え、焚火を見つめた。その表情が少し陰りを帯びる。
「じゃあ、ナヒーダは何を選ぶんだ?」
彼女は少し間を置いて、静かに答えた。
「記憶を消す能力を選ぶわ」
予想外の答えに、思わず身を乗り出した。
「記憶を消す? 知恵の神様が? それって逆じゃないのか?」
ナヒーダは微笑んだが、その笑みには何か切ないものが混じっていた。
「知恵の神だからこそよ。知り過ぎることの苦しみもあるの」
彼女の言葉に、俺は言葉を失った。確かに彼女は「知恵の主」として、数え切れないほどの知識を持っている。それは時に重荷にもなるのだろう。
「五百年もの間、私は囚われ、知識だけが増え続けた。喜びも悲しみも、実際に体験したわけじゃない記憶ばかり……時々、それらを忘れられたらと思うことがあるの」
ナヒーダの声は小さく、でも確かな強さがあった。
「知らないことを知るのは楽しいけれど、知ってしまったことを忘れるのも、時には必要なこと。それができれば、また新しい気持ちで世界と向き合えるかもしれないわ」
彼女の言葉に、胸が締め付けられる感覚があった。草神という存在の孤独を、初めて垣間見た気がした。
「でも、記憶を消したら、俺たちのことも忘れちゃうんじゃないか?」
思わず口にした言葉に、ナヒーダは優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。あなたとの思い出は、決して消したくないもの。忘れたいのは、重く苦しい知識だけ」
その答えに、なぜか安堵した。
「そんな哲学的な話はさておいて、もっと現実的な話をしましょう」
ナヒーダは明るい声に戻した。
「今の私たちが持っている能力や性格で、お互いに羨ましいと思うものはある?」
これは答えやすい質問だ。
「俺はナヒーダの、どんな困難な状況でも冷静さを保つ能力かな。いつも的確に判断して、最善の道を見つける。すごいと思う」
素直に答えると、ナヒーダは少し照れたように目を伏せた。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。でも、私はあなたのどんな相手とも打ち解ける能力が羨ましいの。国境も種族も越えて絆を作るあなたの力は、俗世の七執政よりも尊いものだと思う」
今度は俺が照れる番だ。そんなに大袈裟なものじゃないのに、彼女が言うと特別なことのように聞こえる。
「世界中を旅して、様々な出会いと別れを繰り返しながらも、心を閉ざさないでいられること。それはとても貴重な能力だわ」
その言葉に、なんとなく恥ずかしくなって視線を逸らした。焚火が小さくなっている。
「今日の会話は、特別な能力より価値があったわ」
俺も素直にそう思った。洞窟の中で、草神と旅人という不思議な組み合わせの二人が、能力について語り合うなんて、誰が想像しただろう。
「確かに。こうして話せる時間そのものが、特別な能力より大切かもな」
ナヒーダは、じっとこちらを見つめている。
彼女の表情には何か特別な温かさが浮かんでいた。焚火の炎が小さく揺れて、二人の間に心地よい沈黙が流れる。
「もう遅いわね。服もすっかり乾いてきたし、そろそろ休みましょうか」
「ああ、そうだな」
焚火の残り火が、かすかに洞窟内を照らしている。その光に照らされたナヒーダの横顔が、いつも以上に美しく見えた。
「おやすみなさい、旅人。素敵な能力の話をありがとう」
「ああ、おやすみ、ナヒーダ」
もし本当に時間を止める能力があったとして、止めたい瞬間——それは確かに、今のような穏やかな時間かもしれない。
しかしずっと洞窟に留まっていてはならない。明日で洞窟から上がり、任務は終わりになるだろう。
そして新たな旅が始まる……そんな考えに浸りながら、目を閉じる。