バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第147話 要領のいい運航部長

「ヤッホー!元気そうじゃない。規則違反で絞られてもっとしおれてるかと思ってたのに」 

 銀色のカウラの愛車『スカイラインGTR』に乗って颯爽と現れたのは他でもないアメリアだった。

「来たよ裏切り者が。肝心なところで全責任をアタシ等に押し付けて消えやがった。全くどんな魔法を使ったんだ?」 

 デパートで人質が救急車に乗せられていくのを三人が見守ったときには、すでに野菜の袋を手にしたアメリアの姿は無かった。面倒なときにはいつも要領よく逃げおおせる。それはアメリアの十八番とも言えた。さすがに東都警察の尋問に疲れていた誠もそのあまりにちゃっかりしたアメリアの態度には怒りを覚えていた。

「だって食材が無いと料理が出来ないじゃない。野菜は新鮮さが命なのよ。誰かがそれを家に運ぶと言うそれはそれは重要なお仕事を引き受けないといけないわけよ。かなめちゃんもおいしいご飯を食べたかったらそう言う気の回る私に感謝してもらいたいものね」 

 開き直るようなアメリアの言葉を無視するように、黙ったままカウラは自分の車の助手席のドアを開いて乗り込んだ。そして当然のようにかなめも後部座席に滑り込んだ。さらにかなめの手に引きずられるように誠も助手席の後ろに腰を下ろした。

「帰るぞ。ここに居ても不愉快になるだけだ。まったく無能ぞろいの東都警察の尻拭いはこれ以上沢山だ」 

 かなめは不機嫌そうにそう言うと腹立ちまぎれにアメリアの後頭部を小突いた。アメリアは参ったと言うような顔をするとそのまま車を発進させた。

「でもまあ今回の殺人及び立てこもり事件は無事解決した。とは行きそうに無いみたいよ実のところ」 

 アメリアの突然声色が真面目なときの彼女のものに変わった。かなめとカウラの表情はすぐに曇った。

「それが茜ちゃんが容疑者に直接会って聴取したんだけど、犯人にはかなめちゃんに撃たれるまでの記憶が無いんだって。銃も凶器の山刀の入手先も知らないの一点張り。しかもそう言う病気かと思って調べてみたら、精神科医の診療記録も無い。脳を調べても何の異常もない。まるで誰かに犯行の時間だけ身体を乗っ取られていたとしか思えないらしいのよ」

 アメリアは情報通らしく東都警察が秘密にしそうな捜査の情報をペラペラとしゃべった。 

「それはあれだけの事件を起こしたんだ。刑が軽くなるためにわざと言い逃れをしようというところじゃないのか?初めのうちは犯行を否定してもしばらく聴取を進めると犯行について詳細に話し出すような輩は世の中に五万(ごまん)といるぞ」 

 そんなカウラの言葉にアメリアは大きく首を横に振った。

「それがそうでもないみたいなのよ。人質に対してただ銃を向けるだけで薬物をやってる人間が良く見せるような異常な行動を取って無かったのは二人も見たでしょ?薬でもない、精神異常でもない、ましてや脳の異常でもない。そうなれば結論は一つに決まってくるわよね」 

 アメリアの言葉にカウラは黙り込んだ。かなめも難しい表情を浮かべて腕組みを続けていた。

「法術……か?『演操術』……確か、そう言う法術があったのは聞いた事が有るぞ」 

 そのかなめの言葉にアメリアは大きく頷いた。

 アメリアは滞り気味に流れる上を高速道路が走る大通りからハンドルを切り、誠の家の前の路地に車を進めた。そして車を道場の門の手前でいったん止めて話を続けた。

「この前の厚生局の非合法法術研究の際に正義の味方が都心で大暴れした法術暴走した個体を突然現れた謎の正義の味方の法術師三人が撃退した時、その個体の動きを制御していた法術を使っていた反応が東都警察の法術武装隊のデータの中にあったのよ。恐らくあの三人の正体不明の法術師の中の一人に演操術の使い手が居る。そう考えて間違いないわね」 

「へー」 

 関心が無いように装うかなめの言葉には逆に彼女の関心の色が見えた。アメリアはあきらめたように大きくため息をついた。

「ずいぶんと余裕なのね。西園寺のお姫様」 

 アメリアの挑発にかなめは乗る様子も無く黙り込む。仕方なくカウラはアメリアの言いたいことを話し始めた。

「元々精神波動の異常を脳下垂体の特殊な器官で発生させる法術では、一番初歩的に発動可能な能力が精神介入能力なのよね。炎熱系の法術がマルチタスクが一番難しい法術なのに対して、演操術は高度な法術を展開しつつ相手に対して効果的にダメージを与えるために使用することが簡単にできる。ああ、誠ちゃんに期待してもだめよ。誠ちゃんには演操術の能力はゼロだから」

 アメリアの言葉に自分の可能性を一瞬期待した誠は完全に馬鹿を見る結果となった。 

「なるほど、この街にまだあの三人はいる訳か。隊長が言っていたようにあれがあの三人の法術師を売りつけるためのデモンストレーションと考えれば、あの三人を買った人間もまだこの街に潜伏していると考えるのが自然だな」 

 珍しく真剣なかなめの言葉に隣のカウラが静かに頷いて同意した。

「法術研究の専門家のひよこに言わせると、精神介入能力は一番初歩的でしかも不安定なんだって。他者の意識に介入するんだもの。下手をすれば自我崩壊すら起こしかねないわよ。それに、もしかなめちゃんの言うパトロンのことを法術師が気に入らないと思えばパトロンの意識に介入して自分を解放させるくらいのことは考えるんじゃないの?ねえ、誠ちゃん」 

 アメリアの言葉に誠ははじめてのシュツルム・パンツァーでの実戦を経験した『近藤事件』を思い出した。死んでいく敵兵の意識が誠の脳裏に張り付いたあの瞬間。誠はその嫌な感覚を思い出してうつむいた。

「つまりあの事件から今日までの間で十分躾を施してから今回の悪趣味な実験を行ったって言うわけだな?そして、その演操術の使い手は完全に買い手の手駒になった。そしてその牙は次にどこに向くかは買い手が決める事か」 

 自分の言葉を一語一語確かめるようにしてカウラはつぶやいた。彼女の言葉に大きく頷いた後、アメリアは再び車を動かした。ゆっくりと道場の門をくぐった。その中庭には一台のマイクロバスが停まっていた。

「そうか。今、三人の覚醒した法術師をお買い上げになった金持ちの話をしても仕方がないわけだ。で、あのバスは?」

 かなめの怪訝な表情を浮かべながらそうたずねた。アメリアは満面の笑みを浮かべて目の前のバスの隣に車を停めた。

しおり