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第132話 真面目なカウラと誠の私室

「真面目で自信家……そう言えばカウラさんだもんなあ。でもこれまでの経験が足りていないんだ。それを与えてあげなきゃ。それがカウラさんの部下としての僕の務めなんだ」 

 誠は作業を進めながら自然とそんなことを口にしていた。

「私がどうかしたか?」 

 そんなところに突然カウラに声をかけられれば気の弱い誠が椅子からずり落ちるのは当然といえた。誠はすぐに立ち上がると反射的にカウラから絵が見えないように机に覆いかぶさった。

「危ないぞ、もう少し椅子から降りるときは……」 

「なんで僕の部屋にいるんですか!入る時はノックぐらいしてくださいよ!心臓に悪いじゃないですか!」 

 誠は思わず叫んでいたが、カウラは誠の言葉の意味が良くわからないようだった。

「ああ、悪かったな。次からはノックをしてから入ることにしよう。実は私の誕生日にはエルマは来れないそうなんだ。やはり辻斬り騒ぎで東都警察はクリスマスも正月もないらしい。私の誕生日とやらを祝ってくれる仲間が一人減ると言うのは寂しい感覚がするものだな」 

 悪気の無いところがいかにもカウラらしかった。誠はどうにか椅子に座りそのまま時計を見てみる。もうすでに部屋に入って一時間以上。逡巡と回想が誠の時間をあっという間に進めていたようだった。

「分かってる。神前はそのイラストで私を驚かそうというんだろ?見るつもりは無い」 

 誠が必死になって絵を隠そうとしている様を見たカウラはそう言ってそのまま入り口近くの柱に寄りかかった。

「別にそんなに秘密にしているわけでは……」 

 思わず照れながらも誠はできる限りカウラから自分の描いたイラストが見えないような体勢をとった。かなめもアメリアもさすがにあの女魔族のイラストをカウラに見せてからかうことはしない程度の常識は持ち合わせていてくれるようだった。カウラは明らかに誠のイラストに興味があるようにちらちらと誠の背後に視線を走らせていた。

「それにしてもいろんな漫画があるんだな。私はパチンコの台のテーマになってる原作の漫画はあまり読まないんだ。アニメはアメリアが無理やり見させてくるので見ることは見るが、確かに人気になるのが分かると言う程度の感想しか持てない。アメリアと違ってアニメにそれほど関心が持てないんだ」 

 停滞した空気を変えようというように、カウラが誠の部屋の本棚を眺めた。地球と違い遼州にはまだ豊かな自然が残されていた。その為、地球ではほとんどがデータ化されて端末で見ることが多い漫画も、遼州では紙の雑誌で見ることができた。おかげで遼州出身でそのまま地球でデビューする漫画家も多いことを誠も知っていた。その逆に紙の漫画を描きたいと言う理由で地球から亡命してくる漫画家が数名いたことも誠はよく知っていた。

「まあ趣味ですから。絵を描くのは好きですし、漫画を読むのも好きです。特に物語を作るなんて僕には出来ないので、すごく楽しんでます」 

 そんなことを言いながら誠は漫画を手に取るカウラを眺めていた。

「神前、貴様が中でも面白いと思うのはのはどれだ?私に勧めたいものが有ったら教えてくれ」 

 突然のカウラの言葉に誠は意表を突かれた。

「カウラさんが読むんですか?本当に?」

 誠は確認するようにカウラにそう言った。 

「他に誰が読むんだ?私はこれまで漫画を読む機会が少なかった。せっかくこんなに漫画のある環境に居るんだ。これを機に増やしたい。さあ、どれを呼んだら良いんだ?教えてくれ」 

 当たり前の話だったが意外な言葉に誠は驚いた。そしてアメリアの美少女ゲームの展開まで思い出して噴出しそうになった。魔王として生きることを選んで暗い設定に陥る以外のエンディングもアメリアは用意していた。

 普通の生活に興味を示した破壊しか知らない女魔族に普通に生きる喜びを与えて最後には結ばれるエンディング。それを思い出したとたん誠は恥ずかしさでいっぱいになりうつむいた。

「どうした、答えてくれてもいいんじゃないのか?」 

 カウラの問いに誠は嬉々として立ち上がって本棚の前のカウラに笑顔を向けた。

「どんなのがいいんですか?ヒーローものとかアクションとかドラマ系とか……ああ、パチンコが題材の青年誌向け劇画は無いですよ。あの劇画タッチは濃い展開が苦手なんで……」

 実際、カウラに何を最初に読んだらいいかと聞かれると誠は迷うしかなかった。カウラはパチンコと車以外ほとんどの事に興味がない。誠の漫画のコレクションにはパチンコと車を題材とした漫画は無かった。

「そうか、パチンコの漫画は無いのか。それじゃあ貴様の私に読ませたいもので」

 おずおずとカウラがつぶやいた。ただ誠としてはそう言われるとただ立ち尽くすしかなかった。

「どうだ……何かないのか?」

 聞かれると目は自然とカウラの青い瞳に向かった。緑がかった明るい青い瞳。誠はその瞳に見つめられたまま何も出来ないでいた。

「ああ、作業があるんだな。また次の機会にしよう。それまでにお勧めの漫画を教えてくれ」

 カウラはそう言うと部屋を去っていった。誠は純粋な瞳に見つめられた余韻に浸りながら目の前のデッサンのカウラに目をやった。

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