第121話 調律された法術師の扱い
「所詮、養殖モノの法術師は駄目なんすよ。あいつなんてましなほうだ。他の二人にいたっては怖くて隣の部屋から出せませんよ。潜在的に法術師の能力を持っているものを無理に覚醒させたことの反動って奴ですか?自然覚醒した俺みたいな天然モノじゃないと戦力としてはねえ……まあ、買い手がそれで良いって言うんだからそれで良いんでしょうけど。そのお客様。アンタはどう思うかな?」
ひとごこちついたと言うように北川は缶をテーブルに置いた。視線は自然とカーンに向かった。
「むしろ私としては日常生活で我々力なき元地球人に依存してくれた方が扱いやすくて好都合だがね。君達のような身勝手な野良犬の飼い主になる自信はないよ。自分の事は自分でできるのは良いが、いつ飼い主の首元に嚙みついてくるか分かったものでは無い。あまりにリスクが高すぎるよ」
「人を犬って!さすがブルジョアは労働者を見下すのがお好きなようで」
北川が立ち上がろうとするのを桐野は日本刀で止める。黒い鞘の怪しい光を見てもカーンの表情は変わらない。
「確かにあなたから見たら……と言うかほとんどの地球人から見れば遼州原住民は忌むべき不気味な存在だ。いっそのこと洗脳するか根絶するかしたい存在なのは分かってますよ。それまでの地球人が思いもつかない力を持った生き物が闊歩している。どう見たってフェアーとは言えませんからねえ」
ビールを一口飲んだ北川はそう言って笑った。三人の間に走る緊張。だが、桐野はすぐに剣を引き、再びソファーに座りなおした。その様子を見て立ち尽くす女性の表情に一瞬浮かんだ殺気が消えた。
「君達と人道について語る必要は私には無い。あくまでも利害が一致したからここに居る。そうなんだろ?」
カーンはそう言うと女性に手招きした。桐野達を無視して表情が死んでいるような女性はそのままカーンからコーヒーカップを受け取った。彼女はそのまま流しのところまで行って半分ほど入っていたコーヒーを捨てた。
「こいつ等には俺等の再教育など必要無いんじゃないですか?……いっそのこと爺さんのオムツでも代える仕事が向いてるよ。なああんた!」
北川が声を掛けるが女性は反応を示さない。その様子を見ていた桐野の表情がこわばった。
「確かに彼女を介護士として養成するなら地球人にでも教育できそうだ。だがそれでは私が君達の飼い主に払った金が無駄になるな」
カーンの言葉には桐野も北川も黙り込むしかなかった。いつまでとは指示は無かった。とにかくゲルパルトのアーリア人民党残党勢力の手元にある調整済み法術師を一般市民に混ざってもわからない程度の常識を教え込む。それが桐野達に与えられた指示だった。
「こいつ等が社会に出ても人ごみに紛れられるように調教するように躾ける仕事はする。ただその結果、自分の面倒を見られるようになった飼い犬に手を噛まれないように気を付けた方が良いな」
それだけ言うと桐野は再び大げさにグラスの酒を煽った。
「まったく面倒な仕事を押し付けられたもんだな。まあ、あと二週間でどうにかしましょう。普通の精神異常者程度のレベルにまでは持っていけると思いますよ。それ以上の教育は今見ても無理だってことは精神医学を専門にしてない俺から見ても分かる」
北川はそう言うとビールを飲み干し、苦笑いを浮かべつつカーンをにらみつけた。