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第119話 偶然の観察者

「桐野君、見ないのかね?君は。君にも興味のある光景だと思うよ。こんな光景を見られるとは私も運が良い。この偶然、東和に滞在していて本当に良かったと私は実感しているよ。まああの西園寺の姫君が司法局実働部隊に所属している以上、この界隈で彼等に出くわしたとしても少しも不思議なことが無いとはいえるのだがね」 

 東和の首都東都でも知られた格式高いホテルの一室から老人は階下の誠達を眺めていた。

 喜色満面で見つめてくる老人に桐野孫四郎は口元にゆがんだ笑みを浮かべた。それまでの無表情から老人の顔に笑顔が突発的に浮かんだ。

「神前誠ほどの有名人がこんなところで買い物とは。どうせ西園寺の姫君のお買い物に付き合わされての事なのだろうがね……なんなら君が彼の首を挙げてもいいんじゃないかね?衆人環視の下、『近藤事件』の英雄を斬殺する。君好みのシチュエーションだと思うのだが、どうだろうか?」 

 老人、ルドルフ・カーンはホテルの4階から見える神前誠とカウラ・ベルガー、二人の司法局の隊員を見下ろしながらコーヒーをすすっていた。

「それは俺の意思だけでできることじゃない。それにあんな若造の首に興味は無い。俺の興味があるのはあの若造の部隊の隊長の首だけだ」

 桐野はそう言うとグラスに注がれた冷えた日本酒を煽った。 

「彼の首を上げるには君の飼い主の許可がいることなんだね。なるほど、『廃帝』陛下もそれだけあの青年を買っているということか。それと言っておくと君では嵯峨君の首は取れないよ。剣の腕だけではあの男は倒せない。頭を使う必要がある。違うかね?」 

 そう言うとカーンはそのまま桐野が座っているソファーに向かって歩いてきた。それを不愉快に思っているのか、桐野は手にしたグラスに注がれた日本酒を一気に煽った。

「それよりあんたのほうが心配だな。東和に入国してもう一月あまり。嵯峨の茶坊主の情報網でもあなたの存在はつかめているはずだ。同じ戦争犯罪人として警告しておこう。これ以上ここに居るのはあんたには危険すぎる。とっととあの冷たいアステロイドベルトのアジトに帰った方が身の為なんじゃないですか?あなたは少し目立ちすぎる。こんな高級ホテルにばかり選んで宿を取っていればあの男にも嫌でも目につくはずだ」 

 静かに座っている桐野孫四郎の隣に立つと軽蔑するような冷酷な表情がカーンに浮かんだ。

 遼州系第四惑星のゲルパルトの『アーリア人民党』の影の支配者であるカーンの言葉に桐野は辟易したような表情を浮かべていた。

 先の『第二次遼州大戦』で反体制分子に対する苛烈な摘発活動の結果、カーンは地球や遼州系同盟国に追われる身だった。

「人の心配より自分の心配をするのだね。君は殺生が過ぎる。最近、辻斬りと称して何人の人を殺めたのかね?私も殺人を否定する権利は無いが君のそれはあまりに度が過ぎる。人には使い道がある。生きている人間は利用する価値があるから存在する。自分の快楽の為に簡単に殺してしまうなど愚の骨頂だよ」 

 カーンは桐野をとがめると静かにソファーに座り冷めたコーヒーをまずそうに飲んだ。

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