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第17話 こだわりの女達

 いかにもお役所らしく終業を知らせるチャイムが鳴った。

 それと同時に機動部隊詰め所のドアが開けられた。

「はい!お仕事はおしまい!行くわよ!飲みに!」

 そう言って入ってきたのは、紺色の長い髪と糸目が目印のアメリアその人だった。

 満面の笑みはこれかと言う表情がそのモデル体型の小さめの顔に浮かんでいる。そして誠はそんなアメリアの格好に衝撃を受けていた。

 明らかに場違いなショッキングピンクのTシャツに、デニムのタイトスカート。

 しかもTシャツには『浪花節(なにわぶし)』と毛筆体で書いてある。

 誠はこういう意味不明なTシャツが売られているのは知っていたが、こういう服を日常的に着ている人が目の前にいる。

「少佐……」

 唖然とする誠の前でアメリアは細い目をさらに細くしてほほ笑む。

「そんな階級で呼ぶのはダメ!そうねえ、これからはアメリアさんで行きましょう。私、誠ちゃんより年上だし。そうしましょう」

 アメリアは立て板に水でそう言うと機動部隊室の他の三人の女パイロットに目をやる。

 誠も振り返ってすっかり気の抜けた表情の三人の女上司達を眺めた。

「有志の歓迎会の前にやるんだろ?アタシは車があるから、飲めねーし、アタシの悪口でも言うんだろ?言いたきゃ言えば?アタシは聞きたくないから行かない」

 気の乗らない調子でランはそう言った。

 誠がこの部屋に戻ってきてから彼女がしていたのは将棋盤をじっと見つめて考え事をしていることだけで、仕事らしい仕事は何1つしていなかった。

「それにどうせオメー等が行くのは『月島屋』に決まってるよな。あそこならアタシのツケで飲める。なーに、勘定の方はアタシが払うってことにしときな。ただし、西園寺が飲んだ分は西園寺が払え。あれはアタシの管轄外だ」

 机に置かれた将棋盤を前にしてクバルカ・ラン中佐は手に銀将を持ちながらそう言った。

 誠はこんな出来た上司が実在するという事に感動すると同時にこの可愛らしい上司が結果的に一日中将棋しかしていないことに呆れた。

「まあ、あれはアタシの為だけに地球から密輸してキープしている酒だから。アタシが払うのが筋ってのは分かるよ。でも……せっかくの新人の歓迎会だぜ?五割くらいは……」

「びた一文だって出すもんか!馬鹿!」

 かなめの提案をピシャリと断るランにかなめは呆れたように両手を広げてみせると端末の電源を落として立ち上がった。

「グダグダ言っても仕方ないだろう」

 手を止めたカウラはそう言って立ち上がる。

「神前は本部の前でこの変な文字がプリントされたオバサンと一緒に待ってろ。アタシ等は着替えて裏道通ってカウラの車で二人を拾いに行く」

 かなめはそう言うと誠の脇を抜けて、ドアの前に立つアメリアに近づいていく。

「ちょっと……かなめちゃん。聞き違いでなければ『オバサン』とか言わなかった?」

 相変わらず、見えているのかどうかよくわからない細い目でアメリアはかなめをにらみつけた。

「アタシは28歳、オメエは30歳。アタシの年でも、そこら歩いてるガキには『オバサン』と呼ばれることがある。オメエは年上だから十分オバサンじゃん」

 そして、当然『カモ』となっている誠にその火の粉は降ってくる。

 かなめは誠に目を向けて指さして話を続ける。

「しかもこいつは現在23歳。つまり、オメエより7歳若いってこと!つまり、こいつはオメエを『オバサン』と言う権利があるわけだ。神前、この変なのをオバサンと言え。言わなきゃ射殺する。アタシが実弾入りのマガジンポーチを持ち歩いているのはこういう時に使うんだ。オバサンと言うか、死ぬか。選べ」

 そう言って愛銃を構えてにんまりと笑うかなめ。

 この人ならやりかねない。

 そう思いながら、たれ目のかなめの視線を外すタイミングを誠は探していた。

「神前、安心しろ。西園寺は撃たない……と思う。こういったケースはこれまでも日常的にあるが、今まで西園寺は撃ったことが無い。まあ、初めての被害者が神前の可能性は否定できないが」

 身の回りの物でも入っているのだろう、ハンドバックを引き出しから取り出したカウラがそのまま二人の間を通って部屋を出ていった。

「さあて、神前。オバサンと言うか死ぬか。選びな」

 相変わらずかなめはそう言いながら銃を手にニヤニヤ笑っている。

「わかったわよ!私はオバサン!誠ちゃんの脳みそぶちまけるのを見たくないから!私が自分で言えば丸く収まるんでしょ!」

 そう叫んだアメリアは誠のそばまで行った。

「いろいろ、誠ちゃんに聞きたいことがあるの。仕事関係じゃなくて『趣味』のこと」

 誠の手を握ってアメリアはにっこりとほほ笑む。

「趣味だ?野球以外の趣味あるんだ。まあ、好きにしな。お先!」

 そう言うとかなめはドアを開けて出ていった。

「アメリアさん……」

 誠が名を呼ぶと。嬉しそうにアメリアは微笑む。

「お姉さんも色々多趣味だから。合うと良いなあなんて思ってるわけ、趣味が」

 年上の女性、しかも美人からこう言われてうれしいのは事実だが。

 ここの隊員は全員どこか規格外なので、どんな結末になるのやら。ただ、誠は深く考えず場当たり的に生きていくことの必要性を実感していた。


 
 部隊の本部棟の玄関前でアメリアと誠は雑談をしていた。

 誠はその中で自分の口にした発言を反芻(はんすう)しながら、これからしばらくお世話になることになる本部の入口の車止めの前にアメリアと並んで立っていた。

 好きなアニメ(30代の女性が好きなものジャンルでまずアニメが出てくるところからして異常なことだとは自覚した)。

 好きなゲーム(ここでも違和感を感じた。しかもメジャーな専用ゲーム機の話題が出るのかと思えばそんなものは1つも出ず、ひたすらアングラサイトで出回っている同人系エロゲームの話しかしなかった。しかも誠の好きな調教物過激シミュレーションエロゲについては自分達運航部でも作っているという意外な運航部の一面も知ることが出来た)のことについて話した。

 能弁に過ぎるアメリアに誠は明らかに警戒して思わず口をつぐんだ。結果、分かったことはアメリアの方が誠より多趣味だということだけだった。

 
挿絵


「来たみたいね」

 そう言ってアメリアは誠背後の誰かに向けて手を振る。誠はアメリアの視線の先を確認しようと振り向いた。

 アスファルト舗装された道を銀色の車が近づいてきていた。恐らくはかなめかカウラが運転している。

「初めて見る車ですね……なんだかレトロな車」

 その銀色のスポーツカー。運転席にはカウラ、隣の助手席にはかなめが座っている。

「そうよね。うちでフルスクラッチした車だからね。まあ、本物は地球の日本だっけ。この東和の元ネタの国で博物館にでもあるんじゃない。東和共和国の環境基準が二十世紀の地球並みにユルユルだからこうして走れるけど、地球じゃ今時ガソリン車なんて二酸化炭素規制で絶対走れないわね、公道は」

 アメリアの言葉の意味を考えながら悩んでいる誠の目の前で車は停まった。

 運転席の窓を開けたカウラが口を開く。

「乗れ……あと、アメリア……余計なことは言わなかったろうな?」

 そのカウラの目は鋭い視線を向けていた。

「言ってないって!誠ちゃんのゲームや映像の趣味に引っかかるものがあったら……その時はその時で考えるわよ」

 アメリアはそう言って後部座席のドアを開けた。

「じゃあ、王子様。どうぞ」

 そう言ってアメリアは開けたドアの前で手招きする。

 隊の皆に受け入れられて少しいい気分になっている誠はそう広くはない後部座席に体をねじ込んだ。

 180センチ以上なのはわかるアメリアがその隣に座る。

 当然後部座席は大柄の二人が座るのには狭すぎるという事だけは誠にもわかった。

「出すぞ」

 そう言うとカウラは自動車を発進させた。

「エンジン音……ガソリンエンジン車。……フルスクラッチしたって誰が作ったんですか?」

 誠は変わった車に乗っている以上、それについては普通の反応が期待できると思ってそう言った。

「島田の趣味なんだと。有名な旧車で気に入ったの作ってやるって奴が言ったらこれが候補の中に入ってた。そして部品とかの都合がついて、島田が作れると言ってきた中のうち、この緑髪の選んだのがこの『スカイラインGTR』だ」

 かなめは進行方向を向いてそう言った。

「島田先輩が作ったんですか?って一人で?」

 誠は島田が自動車を作れるという技術を持っていることに驚きつつそう言った。

「なんでも、暇なんで兵隊の技術維持のために毎回そんな趣味的な車を作るんだよ、島田は。こいつがその三台目。一台目はマニアしか知らないような日本車で運用艦の操舵手の常にマスクをしている姉ちゃんが乗ってる。二台目はイタリア車で、オークションに出したら、地球の大金持ちがとんでもない金額で落札して大変な騒ぎになった。その後がこれ。通称『スカイラインGTR』」

 そう言うかなめは一切誠には目を向けず、誠に見えるのはかなめのおかっぱ頭だった。

 車はゲートを抜け、工場内を出口に向かう道路を進んだ。

「『スカイラインGTR』正式名称ですか」

 ちょっと話題が盛り上がりそうなので、誠はそう言ってみた。

「正式名称は『日産スカイラインBRN32』。まあ内装とかは現代の最新型だ。エンジンも設計図を元に最高のスペックが出せるように島田がチューンした特別製で800馬力出る。当然、ブレーキ、ハンドリングもそれに合わせての島田カスタム。まあ、兵隊が島田が満足するものができるまで、不眠不休で作り上げた血と汗と涙が篭っているものだ。私はそれにふさわしいように大事に乗っている」

 カウラは上手な運転の見本のような運転をしながらそう言った。

「そうですか……こだわってますね……」

 誠は感心したようにカーナビの無い車のコンソールに目をやった。

「そして、ちゃんとカセットデッキまで内蔵している。今時、カセットなんてと思うが甲武じゃカセットデッキは貴族の最新メディアだからな。西園寺、いつもの曲をかけるのか?」

「当たりめえだろ?」

 かなめはそう言うとダッシュボードからカセットを取り出して誠の見慣れないコンソールのスリットに差し込んだ。

 低いドラムの音がしばらく続いた後、語り掛けるような女性のボーカルが響く。

「西園寺さん……この曲は……」

 誠はアニソンしか聞かないので、切々と語り掛けるように歌う女性ボーカルの歌声に少し違和感を感じた。

「地球の日本の歌だ。昭和から平成、令和にかけて活躍した歌手『中島みゆき』の曲だ。ああ、日本と言う国は21世紀半ばの東アジア限定核戦争で滅んだんだったよな。今のアメリカ信託領ジャパンのこと。そこで20世紀に流行った歌だ」

「へー……」

 そのかなめの独特な歌の趣味に感心しながら、誠は歌に聞き入った。

 アメリアはアニメとエロゲーム、カウラは車、かなめは歌にこだわりを持っている。

 どうやらこの三人の女性は何かに『こだわる』ところがあるらしい。

 誠はカウラの運転とこの車への島田の真っ直ぐな思いに感心しながら黙って車に揺られていた。

 車は工場のゲートを抜けた。

「これからオメエを連れていく店は男子下士官寮の近くなんだわ、……まあこれまでの五人もそこに連れて行ったが、基本的にオメエはこれまでの『乙型』の能力を引き出せねえ連中とは違う扱いをしろって叔父貴に言われてるが……同じ店でも飲み方を変えれば問題ねえだろ」

「違う扱い?」

 かなめの言葉に誠はどこか引っかかるものを感じていた。

「そう、誠ちゃんは特別なの……今は今度うちに搬入される予定の『乙型』の能力を引き出せるより他は理由は言えないけど」

 そう言ってアメリアはその糸のような目をさらに細めた。

「|嵌《は》めたからですか?みんなで寄ってたかってここに来るしかないように仕向けたから……」

「それもあるけどそうしなければならなかった理由もあるのよ。そこが他の五人とは違う所。他の五人はうちがあまりに『特殊』だから同盟司法局の偉いさんが監視のために差し向けた……まあ『招かれざる客』ってところかしら……それにその五人にはどう頑張っても『乙型』の能力は引き出せない。誠ちゃんじゃ無きゃ駄目なことにはちゃんとした理由があるの。今は言えないけど」

 アメリアはそう言って笑った。

「僕は歓迎されているんですか?それとそんなに強いんですか?『|05《まるご》式特戦乙型』って」

 誠は嬉しさと同時に『乙型』のヤバさを直感した。

「歓迎してるよ……まあ、初対面の時にぶっきらぼうだったのは悪かったけど……貴重な『ツッコミ』がいないとうちは旨く回らないんだ。それと『乙型』についてはこれ以上話すな。あれは本当に軍事機密を超えた宇宙全体の秘密が詰まってる機体だ」

 かなめはそう言って自分の後ろに座る誠を見ていたずらっぽく笑う。

「もしかして僕の才能って『ツッコミ』じゃないですよね……僕と他の人と何が違うんです?他の人でもあそこに座れば……」

 誠は戸惑いの色を浮かべながらかなめを見つめた。

「とりあえず誠ちゃんは特別なの……確かに他の五人にツッコミの役割は期待してなかったし、誠ちゃんなら見事にツッコミを入れてくれそうだし」

 そう言ってアメリアは笑った。

「僕は特別……どうしてですか?」

 誠は笑顔を浮かべつつ、これまで去っていった過去に去っていったパイロット候補生たちに思いをはせながらそう尋ねた。

「だから言えねえって言ってんだろうが!頭の固い野郎だな」

 薄ら笑いの誠の表情が気に入らないらしく、助手席のかなめがそう言って後部座席の誠に振り返った。

「言えないんですか?何かいけない理由でも……」

「誠ちゃん。今は言えないの。今、誠ちゃんはうちに残るかどうか迷ってるでしょ?そのうち時が来れば言えるようになるわ」

 戸惑う誠にアメリアは優しく話しかける。

「時が来ればですか……」

 誠は今1つ事情を呑み込めずにそうつぶやいた。

「そうだ、時が来れば嫌でも思い知らされる」

 運転席のカウラは静かにそう言うと右に大きくハンドルを切った。



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