第18話 『特殊な部隊』の行きつけの店『月島屋』
「はい!到着!」
コインパーキングに車が止まるとアメリアがそう言ってシートベルトに手をかけた。
「ここは?」
東和ならどこでも見かける鄙びた商店街が窓の外に広がっていた。
「豊川の駅前商店街の外れだな。まあ、豊川の駅前には何でもあるから」
東都の下町育ちで活気あふれた商店街を見慣れた誠の問いにアメリアは笑顔で答える。
「豊川から三駅東都よりの
かなめはそう言うと助手席から伸びをしながら駐車場に降り立つ。
誠は後部座席で身を縮めて周りを見渡した。地方都市の繁華街の中の駐車場だった。
黒いタンクトップに半ズボンと言うスタイルのかなめは、周りを見回しながら伸びをした。
「新入り。いつまでそこで丸まってるんだ?」
誠は後部座席の奥で手足をひっこめて丸まりながら二人を眺めていた。
「この車はツードアだ。西園寺がシートを動かさなければ彼は降りられない。そんなことも気づかないのか?」
清楚な白いシャツ姿のカウラが噛んで含めるようにかなめに言った。
「すいません……」
誠は照れながら頭を下げる。
その姿を見たかなめはめんどくさそうにシートを動かして誠の出るスペースを作ってやった。
大柄な誠は体を大きくねじって車から降り立った。
カウラは作り物のような笑顔で自由になった手足を伸ばす誠の姿を見つめている。
一方、かなめはわざと誠から目を反らしてタバコに火をつけた。
「じゃあ、行くか?」
くわえタバコでかなめはそう言って先頭を切って歩き出した。
「はい!行きましょうね!」
そう言いながらかなめとアメリアは二人を連れて歩き出す。
「特別な歓迎会って……なんかうれしいですね!ありがとうございます」
無表情に鍵を閉めるカウラにそう話しかける。
ムッとするようなアスファルトにこもった熱が夏季勤務服姿の誠を熱してそのまま汗が全身から流れ出るのを感じた。
「それが隊長の意向だ。私はそれに従うだけだ」
そうは言うものの、カウラの口元には笑顔がある。
それを見て誠も笑顔を作ってみた。
「何二人の世界に入ってるんだよ!これからみんなで楽しくやろうって言うのに!」
「そうよ!カウラちゃんずるい!」
ランがかなめ達三人を『明るい奴』と言ったことを思い出して誠は笑顔を浮かべた。
かなめは笑顔の誠と目が合うと少し照れたように目を逸らして夕焼けの空を見上げた。
「それと……だ。まあこれから行く店は、うちの暇人達が入り浸ることになるたまり場みたいな場所だ。とりあえず顔つなぎぐらいしといた方が良いぜ。カウラ!ったくのろいなオメエは!」
急ぎ足のかなめに対し、カウラはゆっくりと歩いている。
誠はその中間で黙って立ち止まった。
「貴様のその短気なところ……いつか仇になるぞ?」
そう言うとカウラは見せ付けるように足を速めてかなめを追い抜いた。
「うるせー!」
かなめはそう言うと手を頭の後ろに組んで歩き始めた。
駐車場を出るとアーケードが続くひなびた繁華街がそこにあった。
誠は初めての町に目をやりながら一人で先を急ぐカウラとタバコをくわえながら渋々後に続くかなめの後を進んだ。
「肉屋とおもちゃ屋の隣に煙が上がってるのが見えるだろ?あそこの店だって。またあの糞餓鬼が待ってやがる」
二階建ての『月島屋』と看板の出ている小ぎれいな建物が誠の目に飛び込んできた。
その前に、箒を持ったかなめに似たおかっぱの紺色の制服姿の女子中学生が一人でかなめをにらみ付けていた。
「おい、外道!いつになったらこの前酔っ払ってぶち壊したカウンターの勘定済ませるつもりだ?」
夕方の赤い光が中学校の夏服の白いワイシャツ姿の少女を照らしている。
誠は少女と視線が合った。
少女はそれまでかなめに向けていた敵意で彩られた視線を切り替えて、歓迎モードで誠の顔を見つめる。
そしてカウラに目をやり、さらに店内を見つめ。ようやく納得が言ったように箒を立てかけて誠を見つめた。
「この人が『偉大なる中佐殿』が言っていた新しく入る隊員さんですか、アメリアの
少女は先ほどまでのかなめに対するのとは、うって変わった丁寧な調子でアメリアに話しかける。
「そうよ!彼が神前誠少尉候補生。小夏ちゃんも東和宇宙軍からうちに入るのが夢なんだったら後でいろいろと話を聞くといいんじゃない?」
その説明を聞くと、店の前にたどり着いた誠を憧れに満ちた瞳で眺めた後、小夏は敬礼をした。
「了解しました。神前少尉!あたしが家村小夏というけちな女でございやす。お見知りおきを!ささっ!どうぞ」
掃除のことをすっかり忘れて、無駄にテンションを上げた小夏に引き連れられて、四人は月島屋の暖簾をくぐった。
外のムッとする熱波に当てられていた誠には、店内のエアコンの冷気がたまらないご馳走に感じられた。
「いらっしゃーい!あら、また新人さんの試験をしに来たの?」
入ってすぐわかる焼鳥屋のカウンターで和服姿の三十代半ばと言うどこか陰のある色気を感じる女性が誠達を笑顔で迎えた。
「女将さん、試験だなんて……」
かなめはそう言いながら女将さんに頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
「試験みたいなもんじゃないの。結局、ここでの飲み会がきっかけでみんな辞めちゃったんでしょ?」
女将はそう言うと三人の顔を見回した。
「まあ、遅かれ早かれあの五人はうちを出ていく運命だったでしょうからね……女将さん、私達は悪くないわよ」
そう答えるとアメリアは奥のカウンターに腰かけた。
「本当にそう?私が見てる感じじゃアメリアさんとかなめさんで新人君を虐め倒してるように見えたけど」
「いやー何のことかしら?さ!誠ちゃんも遠慮せずに!」
明るい笑顔でアメリアを茶化す女将の色気のある瞳に見つめられて誠は照れながら頭を下げた。
「よろしくお願いします」
素直に頭を下げる誠に向けて影のある女将はどこか含みのあるような笑みを浮かべてかえした。
「新人さん……お名前は?」
カウンターに座る誠達の正面に箸と突き出しを並べながら女将は誠に尋ねた。
「|神前《しんぜん》……誠です」
誠は少し女将の色気に当てられながら控えめにそう言った。
「『シンゼン』……ひよこちゃんと同じ苗字なのね。私は
妖艶な笑顔を浮かべる春子に目が行く誠をアメリアとかなめが両脇からどついた。
「ゲフ」
誠のうめき声を全く聞いていないカウラは店の奥に書かれたメニューを眺めている。
「どうせまずは焼鳥盛り合わせだろ?アタシはキープしてある奴出して!」
カウラの背後からかなめがそう言って冷やかした。
「アメリアさんと誠さんは飲み物は生中でいいかしら?カウラさんは烏龍茶ね」
「やっぱり春子さんは分かってらっしゃる!」
春子とアメリアの絶妙な息の合い方を見て、誠はもし部隊に残ればこの店に入り浸ることになるであろうことを予想してなんだかうれしい気分になった。
カウンターの向こうの厨房では、焼き鳥の焼ける香ばしい香りがカウンターの中まで流れてくる。
「なんだかいい店ですね」
焼鳥の煙の漂う店内で春子と小夏が手分けして運んで来たグラスを受け取りながら誠はそう言って笑った。
「良い店よ、ここは……なんと言うか、落ち着くし」
アメリアは笑顔でそう言った。そして小夏が苦い顔をしてかなめの前に誠が初めて見るような酒瓶を置いた。
「なんですか?そのお酒」
誠は好奇心に駆られて尋ねる。
「ラムだよ。レモンハート。こいつに出会ったのは……あれはベルルカンのダウンタウンの酒場だった……細かい街の名前とかは軍事機密だから教えられねえがな」
「長くなるんでしょ?かなめちゃんのそのうんちく」
かなめがうんちくを傾けようとしたとき、アメリアが手をかざしてそれを抑えた。
しかたなくかなめはグラスにラムを注いで苦笑いを浮かべる。
『カンパーイ!』
四人は元気よくそう叫んだ。
一人はピンクのTシャツに『浪花節』と書いてある長身の紺色の長い髪の美女は、ジョッキのビールを一口飲んでテーブルに置いた。
そして、真剣な表情でウーロン茶を飲んでいる緑の髪のポニーテールの美女はそのグラスを手に周りの三人の様子を見守っている。周りの客が次々と勘定を済ませて帰っているのはこの中のボブカットの美女の脇にあるものがぶら下がっているからだった。
「かなめさん。拳銃はちゃんとお客さんに見えないようにしてね」
春子はカウンターから出て、かなめの隣に立った。
「アタシ等は『武装警察』なんだ。銃ぐらい持ってて当たり前だし、許可は取ってあるぜ。ビビる腰抜けは勝手にビビらしとけ。それに減った売り上げも、今日はアタシがこれを一本空けるからちゃら。しかもアタシのキープしてあるボトルはちっこい姐御のツケでなく現金で払うわけ。それなら文句ないんじゃないですか?春子さん」
そう言って、焼き鳥屋に何故か置いてあるラムの高級銘柄として知られる『レモンハート』の注がれたグラスを傾けて一人ニヤリと笑った。
困惑する誠にアメリアが耳を貸すように合図した。
「かなめちゃんはね、ここを二十世紀末のヨハネスブルグやモガディシュと思い込みたいのよ。確かに、うちは法的に銃を持ち歩いてもいいことになってるけど、日常的に持ち歩いてるのはこの娘だけ」
そんなとんでもないかなめの思考回路を『浪花節』と白抜きされたピンクのTシャツを着たアメリアに言われて誠はただおびえる視線で武装しているかなめに目を向けた。
「全部聞こえてんぜ、アメリア。アタシは常在戦場が身上なの。安心しな。最近はやりの反同盟主義とか、新なんたら主義とかのセクト共は見つけ次第射殺する。その為に銃を持ち歩いてるんだ」
そう言ってかなめはホルスターの中の銃を見せつけるように右手で軽く叩く。
「うちはいわゆる『殺人許可書』の出る部隊だから。射殺した後で、それが合理的であれば、職務を執行したという事でボーナスが出る。まあ、今のところそんなことを信じて日常的に銃を持ち歩いているのはこいつだけだが」
そう言ってカウラはお通しの青菜の味噌和えを噛みしめていた。
「『殺人許可書』……のある部隊なんですか?やっぱりうちは『特殊な部隊』なんですね」
誠は恐怖に震えながら三人の美女を見渡す。
その時は三人に悪い笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。今のところはうちでトラブルなんてないもの。部隊が駐屯する前の三年前まではこの通りは夜は危ないことで知られてたらしいけど、かなめさんが時々武装して現れるおかげで、もめ事とかなくなったって聞いてるし」
春子はあっけらかんとそう言った。
誠は助けを求めるべき女将がこの非日常をあっさりと受け入れている事実を知り退路を断たれた気分で店内を見渡した。
さすがに粘っていた最後の客もレジで精算を済ませていた。
つまり、店内には四人の他にレジを操作していた中学生の制服を着た小夏と串焼きを焼いている老人だけになった。
そして、アメリアがごそごそ手にしていた小さなバッグから何かを取り出そうとしている。
「アメリアさん……銃ですか?」
誠はもうすでに人間不信になっていた。しかし、アメリアは静かに通話が可能なタブレット端末を取り出す。
「ちょっと連絡するからね」
そう言って携帯端末の画面を押すアメリア。誠はそれが何かの起爆スイッチに違いないと、逃げる用意だけしながらアメリアを見つめた。
「占拠完了……オーバー」
それだけ言うとまた微笑みながらアメリアはタブレットをバッグに戻す。
「あなた達。普通に予約するってことできないの!」
小夏が叫んだ。誠は、三人が毎回こんなふうに店を占拠していることを察した。
「要するにお遊びなんですね……僕はおもちゃにされてるんですね……」
誠は自分がいいおもちゃにされているに違いないという事実に気づいた。
「見事にガラガラ……」
「アタシ達もいつもの!」
引き戸を開けて次々と男女の若者が流れ込んでくる。先程の会話から推測すると全員が『特殊な部隊』の隊員であることはこんなことが初めての誠でもわかる。
「つまりこれが、うち流の新入隊員歓迎会。びっくりしたでしょ?そう言えば、島田君とひよこちゃんは?」
アメリアは再びハメられて唖然としている誠の顔をつまみにビールをあおった。
「ああ、班長ならバイクのエンジンの吹きあがりが気に食わないから今日はキャンセルだそうです。それとひよこは定例の詩の発表会があるとかで……」
「ちっちゃい姐御の金でタダで酒が飲めるのにもったいないねえ……俺達も焼き鳥盛り合わせ!」

「生中も!」
あっという間に狭い店内は一杯になり、男女の隊員の叫び声が店内に響いた。
「はいはーい!」
さっきまでのふくれっ面はどこへやら、小夏が店内を元気に走り回った。