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第16話 認められた誠と新たな『敵』

「勝った……これも母さんのおかげかな……」

 誠は静かにシートに身を沈めていた。

 勝つはずのない模擬戦に勝った誠はただ何も言えずに押し黙っていた。

 シートに身を投げている誠の目の前で全天周囲モニターの隙間が広がった。

「すげえな!オメエ!あのメカねーちゃんに勝ちやがった!」

 満面笑みの島田の叫びがこだまし、ひよこの尊敬の念を含んだ笑顔が顔をのぞかせた。

「はっ……はっ……勝ちました……」

 二人の歓喜の視線に誠は薄ら笑いを浮かべて二人の賞賛に答えた。

 誠は伸ばしてきた島田の手につかまってそのまま地面に降り立った。

「糞ったれ!」

 かなめの絶叫がシミュレーター・ルームに響いた。

 明らかに不機嫌そうにシミュレータから這い出た彼女は誠の前に立って苦笑いを浮かべつつ、長身の誠を見上げた。

「オメエ……結構やるじゃん。あの一撃でアタシを仕留めなきゃ……」

「分かってます。あそこは攻め時でした」

 はっきりとした調子で言い切る誠にかなめは頭を掻きながら背を向けた。

「認めてやる。オメエはこれまでのカスとは違うタイプだ。気に入らねえが負けたのは事実だ。オメエの事……少しは認めてやる」

 そう言うとかなめはまっすぐに出口に向かった。

「西園寺さん!」

「タバコだよ……ちょっと熱くなったからな」

 誠の問いかけにそれだけ答えるとかなめは出て行った。

 気が付くと誠は整備班員や運航部の女子士官に囲まれていた。

「すごいわね。西園寺さんに勝つなんて!」

「下手だって聞いてたけど嘘じゃねえかよ」

「すげーよ!やっぱオメエはすげーよ!」

 数々の賞賛の声が室内に響いた。

 誠がシュツルム・パンツァーの操縦を褒められるのは初めての経験だった。

 これまで浴びてきた侮蔑と嘲笑の視線はそこには無かった。

 誠は久しぶりの自分をほめたたえる雰囲気に酔いながら照れて頭を掻いた。

「そんなこと無いですよ。偶然ですって偶然。格闘戦は偶然の要素が強いですから」

 照れ笑いを浮かべながら誠はそう言って周りを見渡した。

 その視線はかなめがどれほどの難敵だったのか、そして自分の勝利がどれほど奇跡的なものなのかを誠に知らしめた。

「そーだな。今回、勝てたのはハンデと偶然。それが分かってりゃー次も勝てるかも知れねーな」

 入り口の方でそんな厳しいランの寸評が響いた。

 ちっちゃな彼女の隣には長身のアメリアとエメラルドグリーンのポニーテールのカウラの姿があった。

「でも……あのなんだか壁みたいなのはなんなんですか?」

 誠は正気に戻るとそう言ってランに歩み寄った。

 不自然な『障壁』。あれが誠を守らなければ誠は明らかに負けていた。

 ただ、勝利のもたらす感傷に酔っている誠はランに深く質問するつもりは無かった。

「あれか?システムエラーじゃねーの?」

 そう言ってランはとぼけてみせた。

「エラーにしてはしっかり画面に再現されてましたね」

 真剣な表情の誠には下手さは分かっていたがプライドはそれなりにあった。

 そう言って真剣な表情でランの前に立った。

「じゃあ、オメーの使える超能力かも知れねーな」

「超能力?」

 あまりに突飛なランの言葉に誠は少し呆れながらそうつぶやいた。

「遼州人には地球人には無い能力がある。そんな噂がある。遼州人は地球人が誕生するはるか以前から『鉄』も作らずに『焼き畑農業』を続けていた民族だ。それ以上の文明を持たなかった理由がそこにあるんじゃねーかっていう学者もいる……第一400年前の独立戦争で小銃と石斧で近代兵器の地球軍を追い払う実力が遼州にあった説明はどうつける?遼州人には超能力がある。地球の連中はそう思ってる。その知識は遼帝国の中興の祖である女帝遼武の代まではただの不思議で済んでいた。でも今は違うんだ。アタシの愛機だった『|方天画戟《ほうてんがげき》』、そしてオメーの乗る『05式乙型』にはその力を生かすシステムが組み込まれている」

「はあ、そんな噂は聞いたことがあるんですが……僕、歴史は苦手で。でも、パイロット課程に入ってからは初めて認められたような気がします。それにしても05式乙型って何です?『乙型』ってことは当然『甲型』も存在するんですよね?」

 ランの教養についていくには勉強不足なことは分かっているので誠は苦笑いを浮かべてそう言った。

「あるぞ『甲型』は。うちに有る三機は全て『甲型』だ。オメーの専用機になる『乙型』にはアタシの愛機だった『方天画戟』を参考にしたシステムを組み込んで『乙型』として現在隣の工場で調整中だ。到着まで楽しみに待て」

 いい笑顔を浮かべてランはそう言った。

 その表情にはこれ以上何を聞いて無駄だという笑顔が浮かんでいた。

「パイロットとしての技量だけならオメーはただの使い捨ての駒だ。ちゃんと自分で考えて行動する。そのために必要な知識を自ら得る努力をする。それが士官てーもんだ。少尉候補生だろ?」

 厳しいランの指摘に誠は何も言えずに立ち尽くした。

「まあいいじゃないですか!今日は暇か?」

 助け舟を出すという雰囲気で島田が誠に声をかけてきた。

「ええ、まあ……でも今日は僕はどこに泊まれば?」

「もう寮にオメエの部屋が用意してあんだ。さっき非番の奴に仮設ベッドと布団は用意させた。飲むぞ!」

『オー!』

 島田の叫びに合わせてシミュレーションルームになだれ込んできていた整備班員の男達が一斉に雄たけびを上げた。

「ちょっとまってね……」

 そこに水を差したのはアメリアだった。

 紺色の髪をかき上げながら感情の読めない糸目でじっと誠を見つめてくる。

『相変わらず何を考えてるか分からないオバサンだな』

 失礼とは思いながら誠は満面の笑みで自分を見つめてくるアメリアを見ながらそう思った。

「なんですか……」

「今日は私達と飲みましょう。私とカウラちゃんとかなめちゃん。以前来た補充パイロットの五人も一緒に呑んだのよ。まあ連中はいなくなったけど他のとは違って誠ちゃんはきっとうちに居つきたくなるから……ね?」

 誠と同じくらいの185センチ前後の長身のアメリアはそう言ってにっこり笑った。

「そんな……今日はこいつを祝って、吐くまで飲ませるつもりだったのに……」

 強気そうな島田がおずおずとアメリアに申し出る。

「シャラップ!これはうちの新人パイロット教育の一環なの。二人の先輩パイロットと運用艦の艦長のアタシ。新人を仕込むにはいいメンツでしょ?」

 アメリアの言うことがあまりにもっともなので、島田達も何も言えずに黙り込むしかなかった。

「じゃあ、とりあえず機動部隊の詰め所で終業時間まで潰したらカウラちゃんの車で出発ね」

 笑っているような顔の作りのアメリアはそう言ってシミュレータ・ルームを去っていった。

 アメリアを見送った誠の視線にカウラのエメラルドグリーンの髪が飛び込んできた。誠が見下ろすと、真面目そうなカウラの瞳が誠を捉えた。

「貴様。なかなか面白い奴だな」

 誠を見上げるカウラの瞳は深い緑色で誠は思わず飲み込まれそうな感覚にとらわれた。

「最初に言った言葉は訂正する。これまでの連中とは違って貴様にはここに残って欲しい……これは私の個人的な意見だが」

 そう言うとカウラはアメリアが去っていったのと同じようにまっすぐにシミュレータ・ルームを出て行った。

「残って……いいのかな?」

 誠は不安ばかりだった心の中に希望の灯がともっていることに気づきながらカウラの後姿を見送っていた。



 シミュレータでの勝利で誠の扱いは司法局実働部隊機動部隊の詰め所では一変していた。

「オメエ野球やってたらしいじゃねえか」

 銃を左脇のホルスターに突っ込んだままの上機嫌のかなめがそう言って誠に話しかけてくる。

 そこにはさっぱりとした笑顔があった。

「ええ、まあ。うちは都立の進学実験校だったんで部活はほとんど無くて……。でも一応、夏の大会だけは出ないといけない雰囲気があったんで」

「でも地方大会とは言え都の3回戦まで行ったんだろ?すげえじゃねえか」

 笑顔のかなめに褒められて、誠はいい気持ちでカウラに目をやった。

 頬杖をついてほほ笑みながら二人の話を聞いているカウラに少し頬を染めながら誠は咳ばらいをした。

「1回戦も2回戦も相手がうちと同じ出ると負けのチームだったからですよ……まあ、僕は体力には自信がありましたけど」

 いい調子でおしゃべりを続ける自分の背後に人の気配がして誠は振り返った。

 そこには角刈りのこわもての下士官がビニール袋と箱を手に突っ立っていた。

 その表情には明らかに不機嫌と怒りの感情が満ち溢れていた。

 『嫉妬』

 その言葉を具現化した不機嫌そうな表情を浮かべた目つきの鋭い四角い顔の小男は、誠に向けてずかずかと歩み寄ってきた。

「良いご身分だな。管理部には挨拶も無しか?島田のアホに管理部の悪口でも吹き込まれたんだろ……ああ、ベルガー大尉はいいんですよ、俺が用があるのはこいつだけですから。ほら、これが土産だ。受け取れ」

 男はそう言うとそのまま誠の座っていたお誕生日席のような位置の机にビニール袋を置いた。

「すみません……後で挨拶には行こうとは思ってたんですけど……」

 威嚇するような男の表情に少し緊張しながら誠はビニール袋を手に取る。そこには東和警察と同じ規格の『特殊な部隊』の制服と小さな冊子が入っていた。

「あのー……」

 誠は久しぶりに受ける一方的な敵意に動揺していた。

「あと、この冊子がここの電話の子機。使い方は西園寺さんに聞け。パイロットの連中は何時だってバックアップの連中への気遣いなんて無いんだ。お前もそんなパイロット候補生の一人なんだろ?」

 男は不機嫌そうにそれだけ言うとそのままその場を立ち去ろうとした。

 かなめに勝った自信が誠をその小男の背中をにらみつけるという、いつもの誠なら考えられない行動を取らせていた。

「ああ、私が教えよう」

 カウラはそう言って立ち上がる。それを見た男は慌てて彼女のそばに走り寄った。

「いやいやいや!ベルガー大尉ほどの方のお手を(わずら)わせるようなことはしませんよ。それにしてもベルガー大尉はいつものことながらお美しい……じゃあ、西園寺さん……」

 男はそう言うと明らかに嫌そうな顔をしているかなめに目を向けた。

 誠はカウラとかなめで明らかに態度が違う男にどこか歪んだカウラに対する好意を感じながらかなめに視線を向けた。

「カウラが教えてえって言ってんだからそうすりゃいいじゃん。『ヒンヌー教徒』の教祖様はこれだから付き合いきれねえ」

 投げやりなかなめの態度に、小男は明らかに怒りの表情を浮かべて誠をにらみつけた。

「あのー……僕なにか悪いことをしましたか?」

 誠の気弱な態度に小男は憤慨したように鼻息を荒げてにらみつける。

「言っとく!貴様は新人だ!新米だ!とりあえずここに配属になったが、それは単なる偶然だ!パイロットだからって調子に乗るな!貴様らの機体も我ら管理部の予算が有って初めて起動状態に持ち込めるんだ!そこのところを忘れるな!」

「そうか?こいつをうちに引っ張っるのにオメエも協力したじゃん。『こいつはロリコン犯罪者に仕立てましょうよ』って言いだしたのはテメエだったよな?菰田」

 荒ぶる小男の神経を逆なでするようにかなめはぽつりとつぶやく。

 かなめをひとたびにらみつけた後、小男は咳払いをして椅子に座っている誠の顔を怒りを込めた視線でにらみつけた。

「ともかく、お美しいベルガー大尉の邪魔になるようなことをするな!ベルガー大尉は立派なお方だ!貴様のような軟弱モノに汚されていいような存在ではない!今は笑いの少ないベルガー大尉だが、俺がきっと笑顔で一杯のベルガー大尉にして見せる!神前!貴様に入り込む隙間など無いんだ!」

 菰田は敵意むき出しに誠に向けてそう言い放った。

「さすがヒンヌー教徒。そんなにぺったん胸が好きなのか?カウラに気があるのがバレバレだな。まあ、結論から言うとカウラはオメエのこと嫌いだって」

 かなめの茶化すような言葉を受けると、男は顔を真っ赤に染めて実働部隊の詰め所の出口に歩いていく。

「いいか!貴様を認めんからな!俺は!」

 小男はそれだけ叫ぶと実働部隊の詰め所を出て行った。

「なんです?あの人」

 誠は困惑しながら無表情で状況を見守っていたカウラに尋ねた。

菰田邦弘(こもだくにひろ)主計曹長。管理部の部長代行だ。総務とか経理の仕事を担当している……まあ島田のから聞いてるだろうけど部下の全員がパートのおばちゃん達だけどな……それと……」

 カウラはそこまで言うと静かにうつむいた。

「それと……何かあるんですか?」

 不可解なカウラの動きに誠は心配そうにそう尋ねた。

 言葉を口にするのも不愉快だと言うようにカウラは黙り込んだ。

「ペッたん胸愛好者の集まりのカウラファンクラブの会長だ。『ヒンヌー教団』ってアタシ等は呼んでる」

 黙り込んだカウラの代わりに銃をいじりながらかなめは面白そうにそうつぶやいた。

「『ヒンヌー教団』?それって何ですか?」

 誠ははじめカウラに尋ねようとしたが顔を真っ赤にしてうつむく彼女を見て視線をニヤニヤ笑っているかなめの方に向けた。

「あの変態主計曹長殿とゆかいな仲間達はツルペタおっぱいが好きなんだと。だからうちで一番胸が無いカウラを神とあがめていやがる……まあ、あのめんどくさい角刈り頭がアタシの豊満な胸に興味を示さないでいてくれるのは結構な話ではあるんだがな」

 かなめはそう言ってうつむいたままのカウラを興味深そうに眺めた。

「迷惑な話だ……そうだ、仕事だ」

 カウラはそう言いながら箱から電話の子機を取り出して誠の机のジャックに差し込んで設定を始めた。

「なんだか怖そうな人ですね」

 明らかに誠に明らかに誠に敵意を持っているような菰田の態度に誠はそう言って頭を掻いた。

「オメエが今日帰る寮の副寮長でもあるからな。年中顔を合わせることになるぞ……まあ、あいつは色々と面倒な奴だからうまくやれよ」

 かなめは無責任にそう言ってにやりと笑う。

 どうやら、初日から厄介な敵を作ってしまったようだ。

 誠は先ほどの角刈りを思い出してそうはっきりと自覚した。

「じゃあ子機の使い方だが……」

 カウラは何事も無かったかのように電話の子機を手に取る。誠は苦笑いを浮かべながらカウラの作業を見守っていた。


しおり