第104話 やはり話題は変な方向へ
「そんな昔話は止しましょう。それより、リンさんと言われましたよね。いくら副官とは言え、もう少しくつろいでいただいた方が私としては気が楽なんですけど」
薫は緊張した面持ちで正座を崩さないリンに声をかけた。
「いいえ、私はこういうプレイが好きなので」
リンはしびれた足に恍惚の表情を浮かべつつ薫に向けてそう言った。隣の部屋ではかなめ達がリンがつい口を滑らせて発した『プレイ』と言う言葉を聞いて待ちに待った瞬間が来たと歓喜しているところだった。
「プレイ?それはどういう意味でしょうか?しびれる正座をするのがなぜ楽しいんでしょうか?」
リンの思わず発した言葉に薫が反応した。かえでの顔は次第に青ざめていった。
「いや、リンは正座が好きなんですよ。彼女を遊郭から身請けした時、お茶やお花を教えた時も正座をするのが大好きで……その度にリンは気持ちよくなって僕に言い寄ってきて……」
慌てたようにかえではそう言ってリンを庇おうとした。それが明らかに逆効果で薫の表情を曇らせるような単語をかえでの口から吐かせるきっかけとなった。
「『遊郭』?『身請け』?かえでさん。あなたはそう言うところによく行かれるのですか?それではまるで惟基君じゃ無いですか?彼は根っからの遊び人で誠にはあのようにはなって欲しくないと常々心配していたところですから。どうなんです?そう言う悪所にはよく出かけるんですか?かえでさんは」
薫の笑顔はすでに消えていた。かえでは自分が墓穴を掘ったことに気付いてそのまま口をつぐんだ。
「ここは東和です。売春は犯罪ですし、人身売買も同様です。いつまでも甲武気分を引きずってここ東和で暮らすことはお勧めしませんよ」
薫は強い調子でかえでに向けてそう言った。
「確かにそうです。ですが、あの乱れた雰囲気が僕は好きで……この下町にも吉原が有るじゃ無いですか。あそこは風俗街ですが、あそこの雰囲気なども僕は好きなんです。こんな僕は……やっぱり薫様は『許婚』失格だとお考えでしょうか?」
かえでは腹を決めたのか本音を話し始めた。隣の部屋ではかえでの明らかな自爆発言にガッツポーズを作るかなめの姿があった。
「そうなのですか。まあ、この国は未婚率80パーセントで風俗街がやたら多いのは事実ですが、母親としてはあまり誠にそう言うところに通ってほしくは無いような気分にもなるんです。クバルカ中佐の言うようにちゃんとした『漢』になってクバルカ中佐の眼鏡にかなうお相手と見合い結婚をするものだと考えていたところに、康子さんからかえでさんを紹介されて……かえでさんは未来有望な上流貴族で、優秀な法術師で自慢の娘だと言われたものですから……クバルカ中佐と康子さん。どちらを優先すればよいのかしら……」
さすがに母親らしく薫は誠への教育方針をそう語った。そして友情熱い友である康子の言葉にも心動かされている自分の心境も吐露して見せた。
「そうですね。それは僕も同じです。誠さんには純粋無垢で僕を抱いてもらいたい。そんな気分です。そして、経験豊富な僕がありとあらゆるテクニックで女と言うものを教えて差し上げるつもりです」
またもや自爆するかえでに隣の部屋のアメリアは腹を抱えて必死になって声を出すのを押さえていた。
「女を教える?それはどういう意味ですか?」
薫はかえでの言うことが理解できないと言うようにそう尋ねた。
「僕はお姉さまに女の知る最上の喜びを教えていただきました。その喜びを誠さんからも与えていただきたい。そう言う意味です。そうすれば二人は深く結ばれます。きっと幸せな家庭が作れるでしょう」
かえでの脳内の思考が理解不能になって来た隣の部屋のカウラと誠はお互い顔を見合わせてため息をつくだけだった。