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第15話 見知らぬシステムと意外な結末

 誠は指定されたシミュテータに乗り込んだ。そこには『神前誠専用』との張り紙が貼られていた。
 
 精神感応式オペレーションシステムとは違う精神負荷を感じながら、誠は全天周囲モニターの脇に奇妙なゲージがあることに気づいた。

 そのゲージは誠の搭乗と同時に一時的に跳ね上がり、そしてすぐに元に戻った。

「何このゲージ……東和宇宙軍のどの機体にも無かったゲージなんですけど……」
 
 明らかにおかしいこのゲージの存在が誠には気になってこれまで経験した乗機経験に無い緊張を強いられてならなかった。

「なんですか?このゲージ。僕がこれまで乗った機体には無かったですけど……05式には何か新式のシステムが入ってるんですか?それとどうしてこのシミュレータに誘導したんです?鈍い僕にだってわかりますよ。整備班の人達はこのシミュレータに僕が乗るように誘導しましたよね?乗り物酔いが強いとそんなに既存のシミュレータに乗らせるのが嫌なんですか?僕は要らない子なんですね、やっぱり」
 
 誠はそう言いながら全天周囲モニター中央に見慣れぬゲージを拡大して見せた。
 
『ああ、それは……そのシミュレータは今のところ誠ちゃん専用だから。かなめちゃんもカウラちゃんもそのシミュレータは使ってもしょうがないし意味が無いの。その理由は今のところ誠ちゃんには秘密なのよね……言いたいけど隊長がどうしても言うなって言うから仕方ないわ。私も隊長に逆らって|解雇《くび》にはなりたくないし』

 あっさりアメリアはそう言ってにっこりと笑う。

 彼女の糸目がなんともミステリアスな印象を誠に与えた。

「秘密って……軍事機密かなんかですか?なんで僕の機体に?」

 誠はそう聞いてみるが、彼よりはるかに上手のアメリアが秘密と言うものを漏らすはずも無かった。

『それより、誠ちゃん。勝算は……無いわよね。地上戦なら格闘戦が得意な誠ちゃんにも勝機は有ったと私は思うわ。かなめちゃんは射撃しか能が無いから。でも宇宙だと射撃戦がメインになるから誠ちゃんは苦手な宇宙戦ではこれまでの東和宇宙軍での訓練でも手を抜いてた。そんな事、東和宇宙軍からうちに送られてきたデータを見れば私にも分かるわよ』

 再びアメリアの少し残酷な言葉に誠はうなずくしかなかった。

 相手が人並みの腕であれば障害物の多い地上の遭遇戦などで格闘戦には自信のある誠にも勝機はある。

 しかし、あのかなめの態度から見て、彼女の射撃技術以外の操縦技術はそれなりに高いと見た方がいいくらいの予想はできた。

 格闘戦が得意な誠でも相手も互角に格闘戦に慣れているパイロットなら経験と宇宙を苦手として避けてきた誠の弱みから考えて勝ち目はまるで見えなかった。

「西園寺さんは凄腕のサイボーグでしょ?一番狙撃手でしょ?狙撃手だと言ってもあの態度だと格闘戦闘にも相当自信を持ってますよ。まともに行って勝てる相手じゃないですよ……それに……僕は地上戦で物陰から隠れて突撃かけて格闘戦を仕掛けるしか能の無い下手っぴだし」

 そんな誠の視界の中でアメリアの隣に新たな画面が開いた。

『勝算ならあるぜ』

 そこに映し出されたのはランとカウラの姿だった。

「本当ですか?」

 気の弱い誠にはどんな小さな勝機でも見逃すことができなかった。

 『人類最強』を自称するランの助言なら何とかなるんじゃないか、誠はそう思いながら彼女の画面に顔を向けた。

『基本的にアイツは接近戦は仕掛けねーからな。鉄砲があてにならずに格闘戦ばっかしてたオメーの方が格闘戦に関するノウハウの蓄積はあるわけだ。アイツが格闘戦にも神前より優れている?そんなもんアタシから言わせれば誤差だ。オメーが地上では物陰から飛び出しての奇襲の格闘戦が得意だってのも知ってる。宇宙だからってそのスキルが生かせないと言うことは言い切れねー』

 ランは確信を込めて誠の弱気を補強して見せた。

「評価していただいてありがとうございます。でも、ここは宇宙ですよ……奇襲なんてやりようが有りませんよ」

 ランの明らかに誉め言葉になっていない言葉に誠は苦笑いを浮かべた。

『接近戦では経験よりは瞬時にどう判断ができるかが試されるわけだ。西園寺は確かに経験豊富だが頭に血が上るところがある。その点、オメーはそう言う接近戦での判断力は剣道場でお袋に鍛えられてんだろ?オメーがおびえたりしなければその点でも互角にやれる』

 ランの言葉に隣のカウラも静かにうなずいた。

 確かにかなめは初対面の誠からしても直情型の女性のように見えた。

『そして……いや、これは今は言わねー方がいいか。まあ、気づいているかもしれねーがオメーの機体にはそのオメーの機体にしかねーゲージがつくことになる。そのオメーが使うことになる『05(まるご)式乙型』を倒すのは結構手間なんだわ。正直アタシでも今乗ってる『紅兎』弱×54じゃ瞬殺って訳にも行かねえくらいなんだ。それだけは信じろ』

「はぁ?」

 誠は最後にランの言った言葉を理解できずにいた。

 ただ、どうやら全天周囲モニターに映る見慣れないゲージがランの言葉に関係しているだろうことだけは推測が付いた。

『おーい。準備できたか!』

 モニターにかなめのたれ目が映し出された。

「なんとか……」

 誠はそう答えつつ、操縦桿を握りしめた。

 かなめの赤い機体が望遠画面の正面に映し出される。

 距離は1000。

 もし飛び道具アリならばかなめの飛び道具で数秒で誠機は撃墜されているような距離だった。

『それじゃあ、西園寺かなめ対神前誠。模擬戦、スタート!』

 アメリアの合図で模擬戦は始まった。

 誠は全速力をかけて前進した。

 シミュレータは『位相転移式エンジン』の振動をリアルに再現するように、操縦桿を握る誠の両手を震えさせた。

「遅い……西園寺さんの言う通りこれを採用しなかった東和陸軍の偉い人の判断は正解だ。遅すぎる」

 先ほどかなめが指摘した通り、この機体05式の巡航速度はこれまで乗ってきた練習用シュツルム・パンツァーのどの機体より遅かった。

 巡航速度は02式の半分以下。確かにこれだけ遅ければ上層部が量産を見送るのも戦術などにはまるで興味のない誠にも理解できた。

「運動性は……」

 とりあえずすぐに撃墜されることはないだろうということで、誠は軽く機体を振り回してみた。

 サブエンジンの上々な吹きあがりで、機体は一気に回転する。確かにかなめの指摘通り反応速度は02式のそれをはるかに凌駕していた。

『早速05式の短所と長所に気付くとは大したものだな。05式は『運動性』は高いからな。うまく使え!』

 カウラがそう言って機動部隊の詰め所では見なかった笑顔を浮かべた。

 距離が500に近づいた。

「どこから攻める……」

 かなめ機のどこに回り込むか。誠は頭をフル回転させて考え始めた。

 正面から切り結べるような簡単な相手とは思えない。

 当然、背後に回れるほど05式の機動性は高くはない。

 そうなるとどの角度で切り込むかになる。

 誠は周りの宇宙空間に目をやった。

 戦艦の残骸が1つ浮かんでいるのが見えた。

 そこへの距離は誠の機体の方が近い。

『あそこに隠れよう』

 誠はそう思ってそのままその残骸の陰に機体を向けた。

『まあ、常識的な判断だな。だが、それが正解だ。神前が自分を知ってることの証だな。アタシは評価するよ』

 操縦を見守っていたランはそう言って静かに頷いた。

「でも、レーダーが効かないんだ……西園寺さんの機体の様子が……よくわからないな」

 誠はここで身を隠すことの不利益を理解することになった。

『さて、ここからだ。西園寺への距離は200。その間に障害物は無い。どのタイミングで西園寺が斬りこんでくると思う?そこからがオメーの課題だ。物陰から飛び出しての奇襲での格闘戦でしか生きる道を見いだせなかったパイロットの意地。見せてもらおーじゃねーか』

 ランの問いに誠はじりじりと機体を残骸の板の上から顔を出しつつ考えた。

「西園寺さんは……西園寺さんは……西園寺さんは……」

 誠の考えはまとまらず、混乱したままだった。

 とりあえずかなめが近づいてきている。

 そして飛び道具は無い。

 この2つの条件以外がすべて誠の頭から消えていた。

 地上戦なら周囲の障害物の異変で敵の接近も気づけてその際に飛び出しての奇襲も仕掛けられるが宇宙ではそれが出来ない。

『神前!』

 誠はカウラの叫びを聞いて背後を振り向いた。

 そこにはすでにかなめが大型軍刀を抜いて誠機に斬りかかってくる様が見えた。

「なんで!まだ距離があるはず!」

 誠は何とか上段から斬り下ろしてくるかなめの一撃を避けてそのまま残骸の背後に逃げ延びた。

『手足を振って機動を制御すれば若干の距離は稼げるんだ。そんくらいシュツルム・パンツァー乗りなら常識だぞ』

 ランは冷たくそう言い放つ。誠は必死になってかなめと遭遇した地点から逃げ出そうとした。

 また正面に真っ赤なかなめ機が現れた。

『残骸を蹴って距離を稼ぐ。これも常識』

 ランの解説を聞きながら誠はさらに機体を反転させて逃げ始める。

『逃げてるだけじゃ勝てないわよ!敵の武器は05式の売りのダンビラじゃなくてショートダガー!かなめちゃんも慣れた得物を選んだってわけね』

 運航部の部屋では見られなかった真剣な調子のアメリアの声を聴きながら、誠は冷や汗を流しつつかなめ機におびえて残骸の中を進んだ。

「逃げてるだけじゃ……逃げてるだけじゃ……」

 誠は仕方なく軍刀を抜いて行き止まりの地点で機体を反転させた。

『あらら……行き止まり』

 誠は正面の戦艦の隔壁を見て機体を反転させ向って来るかなめを向き直った。

『結構見どころがあると思ったんだが……気のせいだったのかな……終わったな』

 アメリアとカウラは完全に勝負がついたというようにため息をついた。

「一応……僕にも意地があります!」

 誠はそう叫ぶとそのまま機体を前進させた。

「うわー!」

 むなしく叫ぶ誠。

 そこにかなめが狙いすましたようなショートダガーでの一撃を誠機の腹に放った。

 その刃先が腹に付き立つと思った瞬間、急にその接触面が光り始めた。

「なんだ!」

 誠は目の前に突き立てられようとするかなめ機のショートダガーが黒い空間に弾き飛ばされる光景を見て叫び声をあげた。

 そして誠はこの機体に乗る時に気になったゲージがこの瞬間に大きく跳ねあがっている事実を見逃さなかった。

『これはなんだ!』

 カウラも驚いたようにそれを見て目を見開いて驚いてみせた。

 しかし、アメリアとランはまるでそうなるのが分かっていたかのように黙ってその様子を眺めていた。

 誠が我に返ると、必殺の一撃を防がれて棒立ちのかなめ機が目に入った。

「そこだ!」

 
挿絵


 剣を振り上げた誠機の存在にかなめが気付いた時にはすでに勝負がついていた。

 シミュレーターの中で頭部を斬り落とされて火を噴くかなめ機の腹部に一撃を食らわせていた。

 それは母から教わった短刀で襲われた時に対抗する『神前一刀流』道場の一連の型が身に付いた誠には意識もせずに発揮できた瞬間だった。

 誠は剣をかなめの機体から引き抜き、一気に距離を取った。

 『位相転移式エンジン』が独特の爆縮を繰り返しながらかなめ機が墜落していく様が見えた。

 誠にはただ何が起きたかを再確認するためだけに何度となく瞬きを続けた。

 その心には自分の思いもかけない勝利とそれを引き出した母の教えへの感謝が有った。

「母さんの神前一刀流……無駄じゃなかったんだな」

 誠は幼い時に受けた母からの厳しい剣の稽古の事を思い出してそうつぶやいていた。

『糞ったれ!どうしてこんな下手っぴに負けなきゃいけねえんだよ!でもまあ……少しは使える奴が来た……そう言うことか』

 通信管制の解けたかなめからはそんな叫び声が誠のシミュレータのヘルメットにも響いてきた。

 『かなめちゃんの負けは予定通り……まあかなめちゃんも知ってたんじゃないの?射撃を封じられた時点で』

 アメリアの言葉が誠のヘルメットの中にも響いてきた。

 誠はアメリアやその背後で黙って立つランがなぜ誠の勝利を確信していたのかこの時は理解していなかった。



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