バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第14話 『駄作機』のレッテルを張られた機体と模擬戦と

「確かに……でも『先行試作』型ってことは、これをベースにいずれ東和陸軍あたりが使うために量産がされるんですか?」

 誠はそう言いながら隣の赤い機体と緑色の東和陸軍一般色であるオリーブドラブの色をした機体に目をやった。

「こいつは量産は……されねえんだ。こいつは数年前に行われた東和陸軍の次期主力シュツルム・パンツァーコンペに負けて余った機体だ。もったいねえからうちで引き取ったって訳だ。分かるか?」

 かなめは声のトーンを一段階落としてそう言った。

「05式の最大の特徴は……非常に『重装甲』だってところだ。『機動性』を『犠牲』にした結果、他の『シュツルム・パンツァー』には無い『重装甲』を実現した」

 05式についてかなめは語り始めた。余った機体とさっき自分で言った割にかなめの顔は誠には輝いて見えた。

「重装甲……でもコンペに負けて量産はされないんですよね?」

 戦車が好きな誠にとって『重装甲』と言う言葉は胸が躍るものに感じられた。

 かなめは面倒くさそうに話を続ける。

「そして、そのま腕部マニュピレーター……つまり『腕』だな。そこは結構器用で馬力があるから、かなりの火力の『重火器』が扱えるし、格闘戦の強さも売りの1つではある」

「それなのになんで量産されないんですか?なんでコンペに負けたんですか?」

 誠が気になっていた先ほどのかなめの言葉を繰り返した。

「まあ、聞け。採用されているメインエンジンには、今、遼州系ではやりの『位相転移式エンジン』と言うものを導入している。こいつは『瞬発力命』が特徴のエンジンで、当然『運動性』もぴか一だ」

「でも量産されないんですよね。コンペにも負けてるんですよね」

 誠はいいことづくめに聞こえるかなめの説明を少し違和感を感じながらそう言った。

「そして、腰についた高温式大型軍刀(ぐんとう)、通称『ダンビラ』が装備されていてかなり高度な格闘戦が出来る。つまり、その戦場にたどり着きさえすれば、ガチンコ最強の死角なしのまさに、『タイマン最強兵器』ってことなんだが……」

 そう言ってかなめは口を濁した。そしてそのまま長身の誠を見上げてため息をついた。

「なんですか?凄いじゃないですか!死角がないなんて!でも……量産はされないんですよね?コンペにも負けたんですよね」

 そう言って喜ぶ誠だが、かなめは頭を掻きながらつぶやいた。

 そして同時になぜこんな優れた機体が制式採用を見送られたのか不思議に思っていた。

「なんだよ!量産、量産って!そんなにコンペに勝った07式に乗りてえか?航続距離が長くて機動性命の機体にそんなに乗りてえか?戦争は機動戦だってロンメル将軍が言った言葉がそんなに気になるか?そんなだったらうちを出て行って07式を採用した東和陸軍に入れ!『運動性』は最高水準だが、『機動性』が……『致命的』に劣るんだよ!航続距離もメジャーな『シュツルム・パンツァー』の6割以下。大量導入なんて考える馬鹿な軍はどこもねえよ!戦場に着いたときは戦争が終わってるようなレベルの遅さなの!まあ、その原因は『位相転移式エンジン』のパワーの振り分けが間違ってるからそうなるんだけどな。そこんところは『機動性』に特化した07式が東和陸軍上層部のお眼鏡にかなったわけだ。オメエも東和陸軍の連中と一緒にこいつを『珍兵器』扱いしてりゃあいい!」

 どうやら『05式』は相当の『珍兵器』であるとかなめは言いたいようだ。そう思うと自然と誠を見る目も冷ややかになる。

「まあ巡航速度が著しく劣るだけで、空も飛べるし……宇宙戦も一応こなせるが……要するにこいつはオメーの好きな『タイガーⅠ』なんだ……あれも鉄道輸送できない場所に運べなかったからな……ソ連のT34みたいにあっちこっちに現れることができれば戦況も変わったろうに。05式もアタシが考える限り拠点防御なんかの機動戦が必要とされねえ戦いじゃあ07式の敵じゃねえんだ。連中は装甲と火力を軽く見て拠点防御時にその2つがどれほどの意味を持つのか分かっちゃいねえ。その点、05式は装甲も火力もそして運動性まで07式の上を行くんだ。そんな戦いじゃ最新鋭の07式に負ける気がしねえな」

「僕は戦車は好きですけどナチの戦車は嫌いです」

「なんだかわかんねえこだわりだな……まったく」

 そう言ってかなめはランの専用機の隣の赤い機体の前に立った。

 いかにも専用機と言う赤く塗られた機体に誠は歓喜のため息を漏らした。

「これがアタシの機体だ」

「これも専用機ですか?」

 誠の問いにかなめは静かに頷いた。

「アタシはこんな体だからな。直接、コードを通して脳に連結して操縦する方法がとれる。まあ……だから普通の軍隊には居られないんだけどな」

「普通の軍隊には居られない?」

 かなめの言葉の意味が分からず誠は思わず聞き返した。

「国際戦争法規ぐらいは知ってるだろ?」

 かなめはそう言って誠の顔をたれ目で覗き見た。

「ええまあ……捕虜の扱いとか核は使うなとか……ある奴ですよね」

 正直、誠は法律の話は苦手だったのでお茶を濁す程度の知識で終わってくれることを望んでいた。

「その国際戦争法規でサイボーグは前線勤務が禁止されてるんだ。まあ、戦場が改造人間ばかりになったら人道的にどうかって話なんだろうけどな……」

「前線勤務が禁止されてるんですか?じゃあ、うちでも西園寺さんは後方支援とかしかできないんですか?」

 誠は法律の話になってからはあまり集中してかなめの話を聞いてはいなかった。

「うちは純粋な意味での『軍隊』じゃねえからな。むしろ『警察』に近い組織だ。サイボーグの警察や治安組織での使用に制限はねえからな。だからうちならアタシは好きに暴れてもいい」

 誠を見つめていたかなめの顔に薄気味悪い笑みが浮かぶ。

「でも……西園寺さんはここに来る前は……そうですよね、後方勤務ですよね。法律で禁止されているんですから」

 とりあえずかなめの過去が少し気になっていた誠は笑いかけてくるかなめにそう言った。

 誠のかなめに対する安心しきったような表情を見て急にかなめの顔から表情が消えた。

「知りてえか?アタシがここに来る前に何をしていたか……知ったらきっと汚いものを見るような目でアタシを見るようになるぜ……それでもアタシは別にかまわねえけどな」

 
挿絵


 かなめの口調は重く、静かなものに変わっていた。

 誠はここでかなめの不機嫌の原因を自分なりに探ってみた。

 そこで誠はランの『詮索屋は嫌われる』と言う言葉を思い出した。

「いいですよ。言わなくても」

 誠がそう言うとかなめはそのまま自分の機体に近づいていった。

「じゃあ言わねえよ」

 そう言うとかなめは少し寂しげに笑った。誠はその乾いた笑いの意味が分からず彼女をどこか遠い存在に感じている自分だけを認識していた。

「そうだ!模擬戦やるか?」

 不意に振り返ったかなめは誠にそう語りかけた。

 その突然の提案に誠は驚いた。

「模擬戦?」

 誠は突然のかなめの申し出に困惑しながら彼女のたれ目を見下ろした。

「そうだ……そこの!」

 かなめはいいことを思いついたというように倉庫の掃除をしていたつなぎの整備班員に声をかけた。その無精ひげの目立つ整備班員はいかにも面倒くさそうにモップを置いてかなめに歩み寄ってきた。

「島田と中佐を呼んで来い!こいつとシミュレータを使ってタイマン勝負をやる!早くしろ!」

「はっはい!」

 つなぎを着た整備班員はかなめの自分勝手さと怖さを分かっているようで、そのまま急ぎ足でシュツルム・パンツァー倉庫を飛び出していった。

 その姿を見て誠の暴力性がこの部隊でも恐怖の的になっていることは鈍い誠にも分かった。

「隣にシミュレータが置いてあるんだ。そこ行くぞ」

 かなめは足早に整備班員が消えていった扉の方へ向かった。

 誠は強引なかなめの提案に唖然としながら、かなめに続いて倉庫の出口へと足を向けた。

「なんすか……西園寺さん。あれは結構電力食いますから……管理部の菰田の野郎にぐちぐち嫌味を言われるのは御免ですよ」

 先ほどの整備班員に呼ばれたのか、島田が頭を掻きながら近づいてきた。

「こいつが下手っていうがどのくらい下手なのか見てやろうってんだよ。万が一残るって時にアタシがどうフォローすればいいか分かるってもんだろ」

 かなめはいかにもいい考えが浮かんだというように胸を張って廊下を進んだ。

 運航部の部屋からはピンク色と水色の髪の毛の女性士官が部屋の扉から顔をのぞかせて、物珍しそうに誠達を眺めていた。

「おう、珍しいな。初日から模擬戦か?」

 ちっちゃい上司、クバルカ・ラン中佐が悠然と階段を降りてくるところに行き当たった。その後ろには明らかに迷惑そうな表情のカウラが誠とかなめを見つめている。

「まあ、格闘戦『だけ』は人並みってのの実力を見てやろうと思ったんですけどね。なんでも、こいつの実家は剣道場だって話じゃねえですか。だったら……それなりに楽しめるかと思って」

 ランに向かってかなめは自信満々にそう言って笑って見せた。

 誠には勝つことが当然というかなめの態度は頭にきたが、自分の操縦技術の未熟を誰よりも知っている誠には何も言うことが出来なかった。

 少しばかりこれまでの部屋とは趣が違ったセキュリティーの高そうな扉がランとかなめの前に立ちはだかった。

「おー、そうか。ならオメーも飛び道具無しでやったらどうだ?」

 ランはそう言うとポケットからカードを取り出して扉の脇のスロットに差し込んだ。重そうな扉が開き、内部の消えていた電気がついた。

 誠が中に入ると、ゲームセンターのパイロットシミュレーターを想像させる銀色の筐体が並んでいるのが目に入った。

「飛び道具無し?」

 その一番手前のものに手をかけながらかなめが苦笑いを浮かべつつこたえる。

「射撃ド下手相手にハンデぐらいあげてもいーだろーが。勝てるからそこまで神前を使えねー扱いするんだろ?」

 ランはそう言って明らかに強気なかなめを挑発した。

「おい!新入り!」

 シミュレータに手をかけながらかなめは誠を指さして叫んだ。

「姐御の提案通り飛び道具無しでやってやるが、勝っても自慢になんねえからな!」

「多分勝てないですよ……」

 かなめの隣の筐体に体を沈めながら誠はそう返した。

『相手はサイボーグ。確かに格闘戦には人並だって自信はあるけど……そんなの反応速度で勝てるわけがないじゃないか……』

 心の中でそんなことを思いながら誠はシミュレータの筐体に身を沈めた。誠はとりあえずシミュレータのスイッチを入れた。

 全天周囲モニターが光り始めて、周りが宇宙空間であることが分かってきた。多少デブリが有って隠れるところはあるが、誠がまともに得意の格闘戦闘が出来る地上とはまるで違った。

「宇宙戦は苦手なんだよな……無重力になると吐くし」

『東和宇宙軍出身者が宇宙戦が苦手なの?じゃあどこが得意なのよ』

 モニターの端に長い紺色の髪の女性が映し出された。

 運航部部長、アメリア・クラウゼ少佐の姿に誠は当惑しながら目を向けた。

「あの……いつの間に?」

 誠はそう言いながらシュツルム・パンツァーの搭乗手順に基づいてベルトを締め、精神感応式オペレーションシステムの主電源を入れた。

『あんだけ大騒ぎしてたら誰でも気づくわよ。まあ、一応私が運用艦『ふさ』の艦長だから、ナビゲーションくらいは手伝ってあげようかと思って』

「そうですか……ありがとうございます」

 誠はアメリアの言葉を片耳で聞きながら起動動作を続けていた。

 そして自分の模擬戦になぜランやアメリアが入れ込むのか理解できずにいた。

しおり