第84話 鬼より怖い『紅藤太』
「支援する勢力の力から考えて、どこの支援も受けていない北朝に勝ち目は無かった。遼献は当時十三歳。付き従う家臣は少なく、兵も足りなかった。それでも一人の傭兵がその北朝陣営に馳せ参じた。アタシは思ったね、敵ながらあっぱれな奴。アタシが討ち果たしてやると」
ランはそう言って笑った。そしてランは視線をかなめに向けた。
「西園寺孝基中佐。当時、二十六歳。実際、傭兵に階級なんて意味ねえが、当時はそう名乗っていた。ベルルカン大陸は当時も荒れてて孝基伯父は二十歳で陸軍士官学校を中退すると軍を辞めて傭兵になったんだ。そしてベルルカン大陸の平和を目指して戦うことを決めたんだ」
憧れを込めた表情を浮かべるかなめを誠は初めて見た。そして、かなめは西園寺孝基の活躍について語り始めた。
「たとえ、一円の利益にならなくとも、助けが有れば駆けつける『義』の集団。その飛行戦車隊をベルルカン大陸の失敗国家の独裁政治で軍ばかりが力を持って暴れまわる世界で庶民は待ち続けた。そして孝基叔父とその仲間達はそんな腐った軍隊相手に事実勝ち続けた。そしてついたあだ名が『紅(べに)藤(とう)太(た)』。真っ赤に塗った飛行戦車を駆って戦場を駆け抜ける鬼と呼ばれた。そんな男が負けの決まった北朝についたんだ」
かなめの言葉には興奮の色が帯びていた。
「立派な人だったんですね。西園寺さんのお父さんのお兄さんは」
立派な人に恵まれているかなめに憧れるように誠はそう言った。
「神前、オメーが孝基に憧れるのはそれくらいにしておけ。アイツはアタシに殺された。アイツは献帝を亡命させるために囮となって戦った。結果、敗れた北朝は崩壊し、霊帝を傀儡とするガルシア・ゴンザレス元帥の独裁政治が始まったんだ。独裁を始めるとゴンザレスは支援してくれたアメリカを見限り、甲武とゲルパルトに支援を求めた。そしてそのまま『祖国連合』を結成して前の大戦に突入していったわけだ。これくらい近現代史の基本だぞ?神前、軍人ならそのくらい覚えておけ」
歴史の登場人物の一人としてのランの言葉には説得力があった。そして、誠も二十年前の大きな戦争に東和だけが遼州で巻き込まれなかった事実を思い出し、それらのすべてがまるで他人事のように感じられている自分を思っていた。
そんなランを置いてカウラは自分の席に着いた。誠もさすがにいつまでも手の届かない幹部の人事の話に付き合うつもりは無いので自分の席に着く。かなめは興味深げにランの端末の画面を見つめながら小声でランと話をしていた。
「そう言えばどうするんですか?クリスマス。こんな化け物の搬入が有るんならうちも待機になるんじゃないですか?やっぱり中止ですか?」
誠はそう言ってカウラを見つめた。
「仕事中だぞ、後にしろ」
そうは言っては見たものの、カウラに急ぎの仕事が無いのは誠も知っていた。
「ああ、アメリアが任せろって言ってたな。それとこいつのお袋が……」
そう言ってかなめが誠の隣まで来ると誠の髪の毛を左手でぐしゃぐしゃにした。
「止めてくださいよ、まったく」
誠は何とか手ぐしで元の髪型に戻した。