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第83話 遼帝国南北朝動乱

「近代史の知識ゼロの神前が知らねえのも無理はねー。だが、西園寺、オメーは知ってるな?西園寺家嫡男、西園寺孝基(たかもと)、通称『紅(べに)藤(とう)太(た)』の首を取ったのは他ならねえアタシだ。恨むんならいいぜ、いつでもこの首テメーにやる。アタシはあの軍人の鏡にもなるような立派な人間を殺した人殺しだ。いつ仇として殺されてもいー覚悟はできてんだ」

 ランはかなめに向けてそう言って笑いかけた。誠はランの言葉の意味が分からず呆然と席に座ったままかなめを見つめていた。

「そんな、遼帝国南北朝動乱の時の話を今更して楽しいんですかね、姐御。孝基叔父はアタシの中の英雄なのは確かだが、あの人も軍人として生きて軍人として姐御に討たれた。覚悟はしてたんじゃねえの」

 かなめは淡々とそう言った。訳の分からない誠は説明を求めてカウラに目を向けた。

「神前は歴史に疎いんだったな。近現代史でもやはり無理か。まあいい、説明してやろう」

 カウラはそう言うと誠の座っている端末に遼帝国の画像を転送してきた。その中央部に左右に一本の線が引かれた。

「三十三年前だ。遼帝国皇帝で、遼帝国中興の祖と呼ばれた女帝武帝がイスラム原理主義組織と思われる自爆テロにより暗殺された。おそらく法術が明らかになった今となってはパイロキネシストによる自爆発火攻撃だと思われるがな」

 カウラはそう言って遼帝国の西部地域に印をつけた。

「この地域は遼帝国でも『東モスレム』と呼ばれイスラム教徒が多く住む地域だ。隣接する西モスレムへの併合を求めるイスラム原理主義組織と遼帝国軍は常に緊張状態にあった。そこに軍の管理体制の視察に訪れた武帝をテロリストの自爆攻撃が襲ったことがすべての始まりだ」

 そしてカウラはポインターを遼帝国南部の中央の地域に向けた。

「ここが遼帝国の首都『央都』だ。武帝の死後、この地で武帝の嫡男霊帝が即位を宣言した。だが、これは実は大きな問題になった」

 カウラは淡々と歴史に疎い誠の脳に重い負担を掛けながら話を続けていた。

「なんでですか?嫡男と言うことは長男でしょ?帝位継承権一位じゃないですか?何も問題は無いでしょ」

 カウラの言葉に誠はそうツッコミを入れた。そこにそれまで黙って話を聞いていたかなめが視線を向けてきた。

「武帝の婆さんは皇太子に遼霊の嫡男遼献を指名していたんだ。暗愚で女にだらしのない遼霊を見限って、幼い時から利発で知られた孫の遼献に跡を継がせたかったんだよ。それで、遼霊の悪影響が及ぼされないようにこの遼帝国北部の保養地である兼州に離宮を作ってそこで帝王学を学ばせた。朱に交われば赤くなる。そう言うことわざもあるだろ?親父みたいな無能にしないためにそこで徹底的に自分好みの皇帝を作り上げようとしたんだ」

 かなめはまるで知り合いの出来事のような身近さでそう語った。

「確かに一国の皇帝が女ったらしって格好が悪いですもんね。それに名君が親政を行えば国が栄える。武帝と言う人は人を見る目が有ったんですね」

 誠はかなめの言葉の意味が良く分かってはいなかったがとりあえずそう答えた。

「しかし、霊帝の下には切り札があった。当時の遼帝国軍の最高司令官のガルシア・ゴンザレス元帥の支持、半独立状態にあった遼帝国南部地域の南都軍閥の支援。そして何より地球圏、特にアメリカの正統後継者としての認証と軍事支援が霊帝の即位を後押ししたわけだ」

 かなめはそう言うと画面の中の遼帝国の南北に分けられた線をもう一度なぞった。北の中央に兼州離宮。南に央都。二つの王朝が生まれたことを示していることは誠にも分かった。

「そしてその軍の最高司令官であるガルシア・ゴンザレス元帥の懐刀が他でもないクバルカの姐御ってわけだ。『汗(かん)血(けつ)馬(ば)の騎手(のりて)』と呼ばれて、どんな汚れ仕事でも平気で引き受ける姐御をガルシア・ゴンザレスは重用した。そして、霊帝の即位に反対する勢力をランの姐御を使ってすべて粛清していったんだ。あまりにも残酷で惨たらしいやり方でな」 

 かなめの最後の言葉を聞くと誠は機動部隊長席で黙って誠達の会話を聞いていたランの方に顔を向けた。

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