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第42話 誰も帰らない部隊

 終業のベルを聞いてもゲートには人影が無かった。定時帰りの多い運航部の女子隊員今日はアメリアの無茶に付き合わされて不在、年末で管理部は火のついたような忙しさ。当然定時にゲートを通ろうとする人影は無かった。

 出動の無いときの運行部は比較的暇なのはゆっくりみかんを食べているアメリアを見れば誠にもわかった。それでもいつも更衣室でおしゃべりに夢中になっていることが多いらしく、報告書の作成の為に残業した誠よりも帰りが遅いようなときもあるくらいだった。

「みかんウマー!」 

 全く動く気配が無いアメリアがみかんを食べていた。隣のカウラも同じようにみかんを食べていた。

「しかし……退屈だな。整備班の連中、輪番とは言えよくこんなことできるもんだな。退屈もここまで来ると拷問だぞ。アイツ等には手当の一つも出してやれば良いのに」 

 元々退屈に弱いかなめは湯飲みを転がすのに飽きて夕暮れの空が見える窓を眺めていた。

「話題を戻すが誕生日ねえ……アタシの家は個人主義だからそれぞれ勝手にやってたからな。アタシの場合は親にそんなもん祝ってもらった覚えはねえな」

 かなめはあっさりとそうつぶやいた。 

「ああ、かなめちゃんって誕生日はいつ?」 

 突然アメリアが気がついたように発した言葉にかなめの動きが止まった。しばらく難しい表情をしてコタツの上のみかんにかなめは目をやった。そして何回か首をひねった後でようやくアメリアの目を見た。

「誕生日?そんなもん知ってどうすんだよ。祝ってくれるのか?」 

「そう誕生日。ただの好奇心だからお祝いは期待しないで」 

 アメリアとかなめが見詰め合った。カウラは関わるまいと丁寧にみかんの筋を抜く作業に取り掛かり始めた。誠は相変わらずコタツに入れずに二人の間にある微妙な空気の変動に神経を尖らせていた。

「そんなの知ってどうすんだよ。それにそんなもんを祝う習慣はアタシにはねえっていったじゃねえか。それに隊の名簿に載ってるんじゃねえのか?そんなもん」 

 投げやりにそう言うとかなめはみかんに手を伸ばした。

「そうね。聞くだけ無駄だったみたいね。かなめちゃんにはそう言う特別な日とか言う感覚無さそうだもの。それに貴族のお祝いとなったら私の給料じゃ無理。かえでちゃんに身体を売らないとそんなお金手に入らないわ」 

 そう言うとアメリアは端末に目をやった。かなめが貧乏ゆすりをやめたのは恐らく電脳で外部記憶と接続して誠の誕生日を調べているんだろう。そう思うと少し誠は恐怖を感じた。

「八月なの?ふーん」 

「悪いか?神前だってそうだろ?」 

 かなめはそう言って話題を誠に振った。アメリア、カウラの視線も自然と誠へと向かった。

「え?僕ですか?確かにそうですけど……夏休みなので誕生日会をやっても誰も来ないので母と二人で過ごしました」 

 誠は突然話を振られて頭を掻いた。その時背中で金属の板を叩くような音が聞こえて振り返った。

「皆さんお揃いで……」 

 そこにいたのは医療担当の神前ひよこ軍曹だった。看護師である彼女は正直健康優良児ぞろいの司法局実働部隊では暇人にカテゴライズされる存在である。

「ああ、ひよこちゃん。今日も定時で帰れるのね」 

 アメリアの言葉にひよこはつぶらな瞳を光らせた。

「暇そうですね、皆さん」

 比較的手の空いていることの多い医務室の住人、ひよこから見てもこの警備室の中の四人の状況は暇そのものだった。

「暇と言うより今は色々考えてるの!色々年末だから予定とかあるでしょ!それをみんなで考えてるのよ」

 アメリアは半分やけになってそう答えた。 

「そうなんですか……それよりあれ、ゲートなんですけど……」 

 ひこよはそう言うとゲートを指差した。ゲートは閉じていた。その前にはポップな軽自動車がその前に止まっていた。

「ゲート開けといてもいいんですよ。今の時間帯はいつも開いてますよ?知らなかったんですか?」 

「へ?」 

 誠はひよこの一言に驚いた。一応は司法特別部隊という名目だが、その装備は軍の特殊部隊に比類するような強力な兵器を保有する司法局実働部隊である。誠の常識からすればそんな部隊の警備体制が先ほどまでも誠達の状況ですらなり緊張感に欠けると叱責されても仕方の無いことと思っていた。

 だが目の前のひよこは常にこのゲートがこの時間は開いていたと言うような顔をしている。

「あのー、開けといたらゲートの意味が無いような……」 

 ひざ立ちでずるずるひよこのところに向かう誠をひよこは冷めた目で見つめてきた。

「まあ、そうなんですけど。どうせうちに用のある人なんて居ないんですから、島田先輩が『盗まれたら盗み返せばいいから開けておけ』って方針で開けっ放しにしているみたいですよ」 

 さすがにその言葉の意味が分かったというようにひよこは苦笑した。彼女もまた東和共和国陸軍からの出向である。この異常にルーズな体制には彼もはじめは戸惑ったに違いないことは誠にも分かった。

「ああ、アタシ等はいつも残業があるからねえ。それに今はシーズンオフだがリーグが始まれば野球部の練習もある。まったく定時に帰れる人はうらやましいや!」 

 みかんを手にしながらのかなめの一言にひよこの顔が曇った。とりあえず話題が変わってほっとするが間に立つ誠は二人の間でおろおろするしかなかった。

「でもそれでいいならそうすれば。誠ちゃん」 

 アメリアのその一言で誠はゲートを上げた状態で止まるように操作した。

「じゃあ失礼しまーす」 

 そう言うとひよこは足早に車に乗り込み消えていった。

「それにしても……たるんでやしないか?最近。肝心な時に頼りにしているひよこまであんな調子だといざと言う時にうちは役に立たねえぞ」

 かなめのつぶやきにアメリアは笑みを浮かべる。

「いいんじゃないの?『ヒーリング能力』を持つひよこちゃんが暇なのは何よりも平和な証拠よ」

 そう言いながら5個目のミカンに手を伸ばすアメリアだった。

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