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24話 エリザと甘いもの

 ルディオと待っていると、ほどなくしてジークハルトがやって来た。

 茶会は無事に終えたようだ。途中でフィリサリウスのお供をハロルドと入れ替わり、ご褒美のケーキを食べるために迎えに来たのだと言った。

 なぜただの治療係を、彼自身が迎えに来るのだろうか?

「伝言でもくだされば、ルディオと一緒に向かいましたよ?」
「エリオは僕の治療係でしょう?」

(……うん、だから?)

 エリザは、わけが分からなかった。

 とりあえず、ルディオと共に立ち上がりジークハルトと移動する。

「実はフィーも参加することになったんです」
「えっ、殿下も?」
「はい。なので場所が少し変更に――エリオは分からないでしょうから、僕の後ろをしっかりついてきてくださいね」
「はい、わかりました」

 頷いて見せると、先頭を歩くグートハルトが褒めるみたいに笑った。

 彼は治療にかなり前向きになっているのか、王宮の移動に関しても、積極的に自分から出てエリザを連れる。

 付いていてくれると安心できるそうだ。

 彼の中で治療係という存在が、尊敬する教師みたいになっている気がする。

 舞踏会の時、父のラドフォード公爵に聞かされて『あなたが守ってくれるので安心です』と彼は言っていた。

(私、守れてはいない気がするけどな)

 自分で言うのもなんだが、結構、スパルタだ。

 事実、舞踏会ではフィサリウスの話しに付き合ってジークハルトを放置してしまった。その結果、泣き付かれた。

 その時、エリザは彼の短い悲鳴を聞いて我に返った。

 直後、ローブの背中を両手で握られて、ぐんっと重心がかかる。

「……おいおいジーク」

 ルディオが呆れ返っている。

 二人よりずいぶん小さなエリザの後ろに、ジークハルトが背を屈めて隠れていた。

(うん。堂々と歩いていたとは思えないワンコな姿)

 うーんとエリザは考える。
 一緒に出歩くようになってから、彼が自分を盾にするのには慣れた。しかし、不意打ちだとやはり驚いてしまう。

 進む先の廊下から、歩いてくる三人のメイドの姿があった。

「……あの、ジークハルト様。向こうまではかなりの距離があるので、そんなに怯えて構える必要はないかと」
「す、すみません。数が多いし、角から急に出てこられるとなんだか条件反射で……」

 反射条件ね、とエリザは作り笑顔で思う。

(あなたが隠れているのは女性の後ろなんですが、それは平気なんですかね?)

 蕁麻疹はまた出ないようなのでいいのだが、やはり、解せない。

 ルディオから憐れむ視線を向けられているが、それも無視する。

「ジークハルト様、安心して欲しいのですが、これまでもご一緒に歩いていて問題なかったように、女性達は無害です。彼女達も自分の仕事を頑張っているのです。目が合ったら、労う気持ちでちょっと応えてあげればいいんです」

 ひとまず溜息をこらえ、落ち着かせるように声をかけた。

「というわけで、心の準備はいいですか?」
「エリオは容赦がない時があるなー。切り替えが早いというか」

 ルディオが感心したように口を挟む。

「そんなことはないよ」

 こちらに向かってくるメイドは、左右が二十代、中央に十代の幼さが残る可愛らしい女性がいた。

 きっと大丈夫。そう改めて思い、エリザは「よし」と意気込んだ。

「さ、行きますよ、ジークハルト様」

 エリザが促すと、ジークハルトは小さな声量で「頑張るよ」と答えてのろのろと姿勢を整えた。

(……すごく嫌そうだなぁ)

 エリザとルディオは、立派なイケメン騎士に揃ってそう思った。

 間もなくメイド達とすれ違う。こちらに気付いた彼女達が、スカートの裾を持ち上げて礼を取った。

 すぐに視線が下へ向いた彼女達に、ジークハルトがほっとしたように小さな愛想笑いを返した。頭を上げた彼女達の頬が、うっすらと赤く染まる。

(微笑ましいなぁ)

 その反応を見つめていたエリザは、ふと、中央にいた若いメイドと目が合った。ひとまず、にっこりと笑い返しておく。

 少女がかぁっと赤くなっていった。

「……なぁ、エリオ?」

 すれちがったルディオが、何か言いたそうに彼女達を振り返る。

「何?」
「いや、なんでも」

 気のせいかなと彼は頭をかく。

 ジークハルトが小さな課題をクリアしたので、エリザは早速ポケットのキャンディーを探っていた。

 だが、一つの慌ただしい足音が後ろから戻って来た。

「――【赤い魔法使い】様!」

 次の瞬間、ローブの背中不文を思い切り引っぱられてしまい、「うひゃあ!?」と妙な声が出た。

 びっくりしたのか、同じように足を止めたジークハルトの頬が反射的にひきつる。

 エリザを引き止めたのは、先程の中で一番若いメイドだった。ルディオが「おや」と眉を上げる。

「ど、どうしたの、君……?」

 エリザのローブを握ったメイドは、耳まで赤く染めて硬直していた。

 三人の視線を一挙に集めた途端、緊張で唇がふるふると震え、今にも羞恥心で泣き出しそうになる。

 子供や可愛い女の子に泣かれるのは苦手だ。ひとまず慎重に離すように言う。

「も、申し訳ございませんっ。つい、咄嗟で」

 過剰反応でローブを放した彼女が、上目遣いでエリザを見る。

「あ、の……少しだけ、お時間をいただけませんか?」

 虫の鳴くような声でそう言われた。

(何これ。どういうこと?)

 ひとまず、許可をもらうようにジークハルトを窺うと――彼はすでにルディオの背後に回っていた。

 おい、何逃げてんだ。

 可愛いだけの害のない女の子に対して、それはなくない?

 エリザは呆れかえって睨むが、ジークハルトは警戒してメイドを見つめている。彼に盾にされたルディオは、ニヤニヤとした気味の悪い笑みを浮かべてこちらを眺めていた。

「あ、あのっ」
「はい、なんでょうか?」
「実は、その、【赤い魔法使い】様は甘いものがお好きだと窺いまして」

 向こうの方で、二名のメイド達も大変そわそわした様子で待っている。

 そこから、エリザは目の前の彼女へと視線を戻す。

「はぁ。まぁ好きですけれど……」

 それがどうかしたの、とは続けられかった。

 好き、と伝えた瞬間にそのメイドが湯気立つほど顔を赤く染め、目にも止まらぬ速さでエリザの口に菓子を突っ込んできたのだ。

「ふごッ!?」
「あ、あああああのっ、皆で焼いたクッキーはどうですか!?」

 彼女は目をつむり、きゃーっと黄色い声を上げて訊く。

(許可なく人の口に菓子を突っ込んどいて、何を尋ねているの君は!?)

 慄いたのも束の間、エリザはハタと口の中に意識が向いた。

 もぐもぐしてみると、それは歯応えがある美味しいクッキーだった。さくさくしていて美味しい。

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