23話 ジークハルトは、可愛らしい治療係を思う
(この腕に、すっぽり収まりそうだな)
自分の周りをくるくると歩く愛らしいエリオを見て、ふとそんなことを思った。
ちゃんと抱き締めてみたくなった。ご褒美をくれるなら、それがしたいと願った。
正面から改めて抱き締めてみた身体は、想像していた以上にあっさり腕で囲えてしまえて、ジークハルトは言いようのない充実感が込み上げた。
エリオは可愛らしい魔法使いだ。
不思議な庇護欲をそそられる。ルディオの頭と肩を遠慮なく叩くのだが、基本的に礼儀正しくて控えめで、ジークハルトには触れてこなかった。
それを思い返したら、再び胸がもやっとした。
「――昨日まで、しばらくは触ってきてくれたのにな」
残念だ、という気持ちが自然と込み上げた。
呟きを聞いたのか、警備についていた騎士達がちらりと見てきた。
その視線を察知して、ハタと自分の状況を思い出す。
いま、ジークハルトは茶会でフィサリウスの護衛についていた。席についているのは見合いが考えられている令嬢達ばかりだ。
そのため、現実逃避のようにエリオのことを思い返していた。
しかし気付いて見ると、茶会はあっという間にお開きとなっていた。
「よく頑張ったね。ジークにしては上出来だったよ」
フィサリウスが、椅子の背に腕を乗せて振り返ってくる。
令嬢達が騎士達に案内され、仲の良さを見せつけるように話しながら退出していく。
「おや? 珍しいね。物想いに耽ってこの状況を忘れていたのかい?」
「そのようです」
ジークハルト自身、初めてのことだったので思案顔で顎を撫でた。
「こういうことも、あるものなんですね」
「どうかな。私からしてみると、あり得ないものを見せられた気がするけど――そういえば、ここ最近は女性からの評判も良いと聞いたよ。エリオは良い仕事をしてくれているようだ。彼は君に、いったいどんな不思議な魔法を使ったんだい?」
彼は興味津々といった様子だが、とくに裏技らしい治療方法は行われていない。
「残念ながら、あなたが興味を引くことは何もないですよ。エリオは僕の治療に、魔法は使っていません」
「そんなのは知ってるよ、彼は、魔法は使わないだろうね」
確信がある声を、不思議に思う。
するとフィサリウスが、からかうような声に戻して別の話を振ってきた。
「僕の予想が正しければ、君はさっき彼のことでも考えていたんだろう?」
「よくわかりましたね。そうです」
「ふふ、ご褒美制での治療なんて、面白いことをするよねぇ。まさかジークが、彼の同行があればキャンディー一つで、王宮も出歩いてくれるようになるとは思ってもいなかったよ。そんなに美味しいの?」
興味本位といった調子で尋ねられ、ジークハルトは困ってしまった。
味にも差異はない。しかし、エリオから『ご褒美です』と笑顔でもらったキャンディーは、不思議と特別に思えてくるのだ。
『美味しいですよ、特別なキャンディーなんで!』
初めてもらった際、見本のようにキャンディーを食べる姿を見せられたせい……なのかもしれない。
よく分からないが、エリオが食べると、ものすごく美味しそうに見える気がする。
甘いものを食べていると、とくに可愛らしさ目立った。唇についた甘味を舐め取る際、ちらりと覗く舌も目を引いた。
その様子を思い返すたび、胸の辺りが少し落ち着かなくもなる。
なんというか、やけに艶っぽさを感じる気がするのだ。
「味は、とくに大差ないかと思います」
ひとまずキャンディーについて、ジークハルトはそう答えた。
「ふうん。それになのに私に分けてくれないって、おかしくない?」
「これは僕の『ご褒美』なので、あげません」
再びきっぱり断ると、フィサリウスがどこか面白そうに目を細めた。
「でもさ、ジークの『ご褒美』なのに、その内容が治療係であるエリオも一緒になってケーキを食べることとか、変じゃないかな? 君はそこまで甘党でもなかったはずだし、私にはね、まるでエリオにケーキをあげたいと言っているように聞こえたけど」
「そうですよ?」
間髪入れず、ジークハルトは肯定した。
「は……?」
フィサリウスが、珍しく呆けた声を上げた。
「…………ジーク、もう一回言ってくれる?」
「あげるのも、僕が食べさせるのも好きですね。エリオは甘い物が好きみたいなんです。舞踏会で食べた、王宮のあのチョコレートケーキがお気に入りのようで。フィーがティータイム用に焼かせたものを譲ってくださるというので、ちょうどいいかなと」
「ちょっと待って、とりあえず待って。え、そのためだけに今回の茶会に挑んだの? もしかして君――」
「時間があるのなら、フィーも一緒にどうです?」
そう誘われた瞬間に、フィサリウスが「ん?」と言う。
「彼の食べっぷりって、近くで見ていて飽きないんですよ。ハロルド隊長とルディオもいますよ。よければ一緒に休憩しませんか?」
ジークハルトに笑顔で告げられたフィサリウスは、悩ましい表情で「……私の勘違いなのか、ジークが無自覚なのかどっちだ」と呟いていた。