25話 なんだか嫡男様が変です
「これ、シナモン風味?」
「は、はいッ。実は、チョコチップ味も残っていて――」
メイドが慌てて見せてきた小袋には、小さなクッキーが覗いていた。
「え、そうなの? 私チョコが一番好きなんだ、それも欲しいな」
エリザは、てっきりまた押し込められるのだろうなと思っていた。
(まぁ、美味しいお菓子なら大歓迎だ)
そう考えて、彼女に向けて自分から口を開けた。
目の前から「ふへ!?」という、可愛らしい悲鳴が上がった。どこからか「え」「は」と呆けた男達の声が上がる。
メイドが数秒遅れて、ハッとしてクッキーを指でつまみ上げた。
差し向けた彼女の震える指が、エリザの唇を掠り、慎重に口の中にチョコクッキーを入れる。
「――ン。やっぱりうまい」
クッキーをもぐもぐし、エリザは改めて味を評価した。
味の感想を伝えている間も、メイドは相変わらず緊張したように真っ赤な顔をしていた。どうやら、不定期に差し入れという活動を行っているメイドのグループがあり、機会があれば、エリザの元へも届けていいかと尋ねてくる。
(なるほど。それを確認するのが本題だったのか)
機会があるのならまた食べたいとも思う。
「いいよ」
少し思案して答えると、彼女は感極まったように何度もお礼を言い、それから「今度はもっと美味しく焼いてきますから!」と告げて走り去っていった。
合流したメイド達と彼女が、何やら古馬を交わして黄色い子を上げる。
「それにしても、不思議な子だったなぁ」
思ってもいなかった足留めに、赤髪をかきながら踵を返す。
「お待たせしました。さ、行き、ましょうか……?」
こちらを黙って見ている二人に眉を潜めた。
ジークハルトの顔が何を語っているのかは分からないが、ルディオに関しては唖然としているのが分かる。
「ルディオ、いったい何?」
「うーん。最近王宮に出入りしている【赤い魔法使い】の人気が、一部のメイドの間で密かに急上昇している理由が、俺は今ので分かったような気がする」
「意味が分からん」
すると、ジークハルトが幼馴染に放心したような声で言う。
「人気があるんですか? 誰が?」
「だから、エリオだよ。意外にも女子受けがいいんだ」
そう告げたルディオが、からかうようにエリザへ視線を戻してきた。
(あ。そういえば私は、男として王宮を出入りしているんだった)
少女達から向けられている好意は、異性に対するものだと伝えて、事実を知っている彼は面白がっているのだ。
男の子の恰好はしているが、エリザは女性である。
その点も含めて、彼女はモテている実感などなく困惑する。
「……平凡顔で長所もないのに、好感を持たれるとかおかしくない?」
今のところ、男らしく振る舞った覚えもない。男の『エリオ』の人気があるというのも不思議だった。
「そうか? 顔も悪くないし、強い魔法使いって肩書きは、この国じゃそれだけ魅力的なんだよ。エリオは魔法使いなのに珍しくとっつきにくさもないし、真面目だし、変に魔法を振りかざしたりしないから安心だし。仕事が出来そうだから魔法騎士部隊が事務官に欲しい、って話していたのも聞いたぜ?」
ルディオの言い方からすると、他にも雇用話をしていたのがいそうだ。それから、男性としての『エリオ』のファンもいる、と――。
「私としては複雑なんだけど、仕方ないか……」
この国には、聖女の文化はない。
魔物を滅してしまう〝体質〟を説明しようにも、難しい。そして今は、女性恐怖症のジークハルト治療係だ。
女性であると打ち明けられない今は、少女達の反応については諦めるしかない。
「良かったな、ファンからの差し入れが届いたら俺にもちょうだい」
「そっちが本命かっ」
女性だと分かっていて行ってくる彼が憎たらしくて、エリザは、力を加減してルディオの頭をぽかっと叩いた。
その時になって、彼女はジークハルトの様子に気付いた。
妙な表情でぼんやりとしている。まるで茫然という感じに見えるのだが、きっとメイドの突然の行動に驚いてしまったのだろう。
「お疲れ様でした。〝ご褒美〟のキャンディーですよ」
コートのポケットから取り出して握らせると、ジークハルトはハッとして、曖昧な微笑みを返してきた。
「ありがとう、ございます、エリオ……」
(やっぱり、元気がないみたい?)
茶会という課題のあとということもあって、疲れているのかもしれない。
そう思うと悪い気がしたのだが、彼に引き続き案内を頼み、エリザはルディオと第一王子フィサリウスが待つ場所へ向かった。