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第21話 管理部長の苦労

「なんだ?お前等。帰ってきてたのか。隊長は……まだなんだな」 

 ハンガーから二階の執務室へ上がる階段の上で声をかけてきたのは高梨渉管理部長だった。東和軍の背広組みのキャリア官僚として予算を使って嵯峨惟基の首根っこを押さえる総務会計総責任者『管理部部長』と言うのが高梨の役目だった。

 そのずんぐりむっくりした体型の小男が階段の上で待ち構えていた。

「ああ、すいません。先日の備品発注の件は……」 

「それなら後にしてくれ!西兵長。島田君は?」 

 階段を急ぎ足で下りてきた高梨はそのまま西のところに向かった。取残された誠とカウラはそのまま面倒な話になりそうなので逃げるようにして上に向かう鉄製の階段を登り始めた。

 階段を登りきると目に入るのはガラス張りの管理部のオフィスが目に入った。軍服を着た主計曹長の菰田邦弘やカジュアル姿のパートのおばちゃん達が忙しく働いているのが見えた。

 誠は思い切ってこの人の好さそうな管理部長である高梨に思っていた疑問をぶつけることに決めて高梨の前に立った。

「どうしたんだい?神前曹長。深刻な顔をして」

 善良な高梨は決して若い誠を軽んずることなく誠実にそう尋ねてきた。

「お聞きしたい事が有るんですけど」

 誠の言葉に高梨はすぐに察したように誠が次の言葉を発しようとするのを止めた。

「第二小隊の機体の件だろ?あれだけは僕でもどうしようも無かったんだ。あれだけの金額は同盟機構の年度予算を組まないと購入できる金額じゃ無いんだ。だから、どうしても年度替わりの4月まで機体の搬入は出来ない。分かるよ、君の言いたいことは。隣の工場に機体があるのにそれを運ぶだけの作業がなんでできないのかと言うことだろ?それが事務屋の限界って奴さ。それをやろうと思ったら政治家にならなきゃならない。あれだけの金額は政治的判断でもない限り動かせない金額なんだ」

 聞きたいことのすべてを言われてしまって誠は黙り込んだ。

「政治的判断ですか……司法局って政治力弱いですものね。この前の厚生局の時もだんまりを決め込む厚生局の役人相手に茜さんは何も聞き出せなかったみたいですし」

 誠はこの前の『厚生局違法法術研究事件』の際に茜を苦しめた司法局の役所の壁を思い出してそう答えた。

「そう嘆くばかりが能じゃないよ。これから4月までは問題が起きてうちで対応しなければならない事件があったとしても、機体を納入する金を惜しんだ同盟機構が悪いって話になるんだ。君達は何も悪いことはしていない。全責任は同盟機構で政治的発言が出来るレベルの人間のものになる。気楽に構え給え」

 人の良い高梨はそう言って笑顔を誠に向けた。

「結局はここもお役所なんですね。いくら『特殊な部隊』と言っても予算まで『特殊』って訳にはいかないわけですね」

 誠の気の弱い言葉に高梨は力ない笑みを浮かべる。

「本当に申し訳ないよ。せっかく僕が来た意味がこれでは無いようなものだからな」

 第二小隊の機体の納入の件で一番責任を感じているのは高梨本人である。その事実に気付いた誠は自分が楽をしたいだけで第二小隊を待っていた自分を恥じた。

「3月までは第一小隊だけで頑張ってもらうことになる。君の負担が増えるのも分かっている。でも我慢してくれとしか僕には言えないんだ。すまないね」

 そう言うと高梨は力なく笑って去っていった。

 誠は一番悔しい思いをしているのは高梨自身なのだろうと察して彼の後姿を見送ることしかできなかった。

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