第19話 金星を挙げた見返り
「どうやら暇になるのはアメリア達だけではないらしい。何でも……東都警察の法術部隊が本稼働するんだそうだ。つまり茜達、法術特捜の負担も急に減ってくるようになるらしい」
突然のカウラの言葉に誠は呆然とする。
「法術部隊が本稼働?じゃあ、司法局も対抗して茜さん達は本部に異動に?」
誠が心配していたのは『駄目人間』である父親を監視する存在である法術特捜主席捜査官嵯峨(さが)茜(あかね)警部が居なくなった時のことを想像しての事だった。
片付けると言う文字の無い散らかり放題の隊長室。喫煙所にやたらと灰をこぼして回る。あっちこっちに飲んだ甲種焼酎の空き瓶を放置する。嵯峨にはそう言う風紀を乱す要素が山の様にあった。それを抑え込んでいるのが、しっかり者の娘である茜である。茜がいなくなれば再びこの『特殊な部隊』は元通りのゴミ箱状態になる。その心配が誠の頭を駆け抜けた。
「それが突然隊長に連絡があったそうだ……上からはしばらくはうちは動くなって言う命令が来ているそうだ。ああ、それとどうせ役所のやることだ。偉い人が本部で法術特捜本部長に就任して形ばかりの法術師を数名集めて法術特捜本部とでも名乗るのだろう。嵯峨警部はこちら駐在で引き続き我々に協力任務を与えてくれるそうだ」
カウラはそう言って司法局上層部の勝手な判断に憤りを感じているように肩を震わせた。
「まあ、そんなもんでしょうね。部下の手柄は上司のもの。法術特捜の手柄は司法局全体の手柄。それが組織と言うものですから」
誠もこの半年の間の社会生活で、お役所の不条理を嫌と言うほど味わってきたのでカウラにそう返すしかなかった。
「それと東都警察が嵯峨警部の司法局本局への異動に横槍を入れてきたらしい。せっかく作った東都警察法術武装隊に金星を挙げさせたいんだろうな……法術対策は司法局の専権事項じゃないという所を見せたいんだろう」
そう言うとカウラはとぼとぼと歩き出した。
「これで法術がらみはすべて司法局って話も無くなるわけだ。茜の負担も減るわけだから良いことずくめじゃねえか」
かなめはそう言って腕組みをした。しかし、誠は今一つ納得がいかなかった。
「でも……そうするとますますうちの存在理由って無くなりません?東都警察が事件を全部解決しちゃったらうちの出番なんて無いじゃ無いですか」
戸惑った表情を浮かべてつぶやく誠をカウラは呆れたように見つめた。
「警察は地方自治体を超えて活動するには制約がある……それに法術が軍事転用されたら当然うちの出番となる訳だ。その為の人型機動兵器シュツルム・パンツァーだ。もっとも、第二小隊の機体は来年4月まで納入されないらしい。予算が年度内はどうにもならないと言うことを高梨参事が漏らしていたのを聞いた」
誠はカウラの言った第二小隊の機体の納入が遅れる話に驚きを隠せなかった。
「4月ですか!それまで第一小隊だけでなんとかやれってことですか?これまでの出動だってギリギリの対応だったんですよ。せっかく人材がそろって楽が出来ると思ったのに。これ以上法術がらみでシュツルム・パンツァーに乗るのは勘弁ですよ」
誠は本心からそう思っていた。出動するたびに感じる命の危険。気の弱い誠にはそのストレスに耐えるのは苦痛以外の何物でもなかった。
「これまでの軽い出動くらいで泣き言か?この程度の危なさなんてアタシがくぐった修羅場に比べたらお散歩みたいなもんだ。要は神前には気合いが足りねえんだ。最近、乗り物酔いがマシになったからっていい気になるんじゃねえ」
『東都戦争』と呼ばれた特殊部隊とシンジケートの入り乱れた非正規戦を経験しているかなめにそう言われてしまえば、誠に返す言葉は無かった。
「これから3月までの間は、我々だけで危機に対応しなければならない。神前、貴様も気合いを入れていけ」
カウラはそう言って誠達を従えて廊下を歩きだした。
「4月までは僕達だけ……不安しか残らないな……」
誠は心に思ったことを口にしてすっきりするとそのまま歩みを早めるカウラの後ろをついて行った。