第11話 カウラの知らない誕生日と言うもの
助手席の窓から外を見ていた誠の目の前に初冬の木々は根に雪を残して広がっていた。東都とは言え、訓練場のある山岳部のある西部地域にはこの時期になると雪が降ることが多かった。こうして積雪が残ることも決して珍しい事では無かった。
「雪……積もるんですねここは。豊川なんか普段は降っても小雪くらいしか降らないのに」
惑星遼州の遼州大陸の北東に浮かぶ島国、東和共和国。その首都の下町で育った誠にとって枯れた木下の根雪は珍しいものだった。軍の幹部候補生訓練では雪山での行軍などの訓練もあったが、そこから一年も経つと凍えた手や凍傷寸前の足の感触などはまるで記憶の外の出来事のように思えた。
「雪か……そう言えば私がロールアウトして機能検査をしていた時期も雪が降っていたな。ここから山を一つ越えた内陸部の飯沢と言う街だ。あそこに最後の『ラスト・バタリオン』の覚醒施設があった。そこで私はロールアウトしたんだ」
山沿いのカーブの多い道に車を走らせるカウラの何気ない一言。それにアメリアは身を乗り出してきた。
「へえ、じゃあ誕生日もわかるんだ。私なんか戦時中のどさくさだからいつロールアウトしたかなんて記録も残って無いって言うのに。ちょっとうらやましいかもしれないわね」
アメリアは羨まし気にカウラに向けてそう言った。
「誕生日?それはなんだ?」
カウラは怪訝な顔でアメリアを一瞥した後、再び視線を急なくだりの道路に走らせた。
「あれよ……私達はお母さんのおなかから出てくるわけじゃないのは知ってるわよね。ほとんど成人になるまで培養液の中で脳に直接必要な情報を焼き付けながら覚醒を待つことになるの。そして晴れて全身の体組成が安定して、そこに知識の刷り込みも終わった段階で培養液を抜いて大気を呼吸することになるのよ。私個人としてはそれを誕生日だと思ってる。そんな特別な日が記録に残ってるなんて羨ましいって私は言ったの」
アメリアは『ラスト・バタリオン』の製造過程について詳しくない誠に向けてそう説明した。
「それが誕生日か?なるほど、私にも神前や西園寺のように誕生日があるのか……私の誕生日……なんだかうれしくなるな」
なんとなくぼんやりとしてカウラは言葉を返した。誠からは彼女の顔が見えないが、カウラの焦った表情からはアメリアの表情がかなりの恐怖を引き起こすようなものだったらしいのが見て取れた。
「それを誕生日と呼ぶのか……それなら12月25日だな。記録にはちゃんとそう記載されている。戸籍の欄にも出生日としてその日付が記載されている。まあ、産まれた年は滅茶苦茶なのがこの東和の戸籍係らしいところなのだがな」
何気ないその一言にカウラにじりじりと詰め寄っていたアメリアが身を乗り出してきた。誠の目の前に燦々と降り注ぐ太陽のような笑顔を浮かべているアメリアがうっとおしいと思ってしまった誠は思わず目を背けた。大体こういうときのアメリアと関わるとろくなことがない。それは配属されてもう半年が経とうとしている誠には十分予想できることだった。
「伴天連(ばてれん)冬至(とうじ)だなあ。甲武じゃそう言って伴天連共が浮かれやがる。それに乗って商売人が騒ぐからうちの居候共も一緒になってはしゃぐんだ。迷惑な日だ」
かなめはアメリアが言葉を口にする前にポツリとつぶやいた。身を乗り出していたアメリアがかなめに振り向いた。そして誠からは明らかに焦っているかなめの表情が見えて思わず噴出した。
国民のほとんどが仏教徒の東和共和国にはクリスマスと言う概念は縁遠いものだった。クリスマスのことは皆が『伴天連冬至』と呼び、キリスト教徒が何やら騒いでいるというくらいの認識しかなかった。
「東和も甲武もクリスマスを祝うなんて言う風習は無いのよね。私がロールアウトしたゲルパルトではクリスマスは盛大に祝うらしいんだけど……私にはいい思い出は無いわ。自分が産まれた国だって言うのに嫌なことばかり思い出す……あの男達がクリスマスだと言うことで私にしたことを思い出すと今でも虫唾が走るわ……まあかえでちゃんならああいったことをされれば喜ぶでしょうけど。私はマゾじゃないし複数人プレイには興味無いし」
アメリアにもクリスマスはあまり思い出したくない出来事の様だった。誠はただひたすら黙り込んでいた。
「甲武の伴天連冬至も園遊会やらなんやらで貴族連中が騒ぐだけの代物だぞ。まあ、金持ちの平民達も一緒になって騒ぐからうちに居候している芸人で人気のある連中はその時期は引っ張りだこだ。まあ、社交界には関心のねえ私にはまったく関係のないイベントだな」
かなめはあっさりとそう言ってクリスマスの存在そのものを否定して見せた。