印象
何時間もかけてやっと終点の駅までたどり着いた。
初めて乗った列車は速くて快適で、感動した。
普段ロンドンで暮らしているから徒歩が多いけど、鉄道でこんなに楽に移動できるなんて!
ここには初めて来たし、正直さっきエレノアに教えてもらうまでは名前すら聞いたことがなかった。
この国の西側にある岸沿いの都市だとは聞いていたけど、実際に目にすると自然豊かで美しい街だ。
ちなみにアルバートもジャックもジョージも、初めて来たらしい。
アルバートとジャックは「これはぜひとも描きたい!」って喜んでいた。
「レディ・サリヴァン、ここからお屋敷まではどうやって?」
「あれだ」
そう言ってエレノアが指した方には、馬車――というより、馬が引くタイプの荷車に見える――がいた。
少し小さめなもので、運転者の席には大鴉が1羽とまっている。
あのパブの屋根にいた個体とよく似ている気がする。というのは、アタシたちをその目で見て離さない様子が前回と同じだからだ。
「悪いわね、小さくてあまり上等なものではない。運転は私がするから、少し我慢なさって」
「別に構わないさ」
「ようやくアタシはアンタの膝の上から解放されるしね」
エレノアが運転するということで、今回は4人で座ることができる。
ジョージは使用人としてのプライドを捨てきれないのか「歩く」と言い張っていたけど、エレノアに「少し遠いから座って」と言われて、やっと折れた。
エレノアが運転席に近づくと、大鴉は席から飛び上がり、どこかへと飛び去った。
そしてエレノアは、その飛び去った方向へ馬車を進める。
馬車が進むにつれて、風景に緑が増えていく。
「綺麗だね」
突然アルバートが口を開いた。
彼は微笑んでいたけど、なんだか苦しそうだった。実際息苦しそうとかではなく、精神的に疲れているのかも。その彼を見つめるジョージも、アルバートを心配しているみたいだ。
「……ねえ、アルバート。何かあったの?」
「え? ……あ、いや。……なんでもないよ」
なんでもないようにはとても見えなかった。ロンドンでいろんな人を見てきたアタシには分かる。
もしかしたら、アタシたちには言えないことなのかな? 何かに傷ついている。
「エミリー」
「ん?」
ジョージがアタシに話しかけてきた。意外だけど、今までで一番優しい目をしている。
初めて会った時はあのアッシャーとかいう男に対する怒りのほうが見えたけど、今は違うみたい。
「アルバート様はお優しい人です。だから、そっとして差しあげてください」
「……分かった。ごめんアルバート」
「ううん。君は賢いね」
アルバートはそう言って、また景色を眺め始めた。
今まで出会ったどんな人より、この3人は優しい。
アルバートは言うまでもないし、ジャックも貴族っぽくないけどアタシを(形だけかもしれないけど)雇ってくれた。
ジョージは何を考えているか分からない人だけど、悪い人じゃないのはなんとなく分かる。アッシャーを痛めつける力が強かったうえに、アタシを見下すことはしないから。
アルバートの家で夕食を食べた時も、マナー指導は3人がしてくれた。
本当にアヴァロンに行って、いい人たちに囲まれているって母さんに言ったら、喜んでくれるだろうな。
気づいたら、だんだん日が暮れてきて
アタシは身体を進行方向に向けた。
「ねえ! そろそろ着く?」
「ああ。もうしばらくだ」
前を見ながらエレノアが答えた。
エレノアだけは、本当にどういう人か読めない。さっきも似たようなこと言ったけど、人を見る目は確かなのはアタシの自慢。なのに、エレノアは印象がどんどん変わっていく。
初めて見た時はどこかの貴婦人だと思ったし、占ってくれた時は人間じゃなさそうな雰囲気を出していた。
それこそ、アルバートの部屋で見つけた絵に描いてあった魔女――アルバートはキルケーって言ったっけ――みたいな。
ふとアタシは、母さんが持っていた宝石を取り出した。失くしていないか不安になったからだ。
占ってもらったら売っちゃおうかと思っていたけど、エレノアに「大切に持っていなさい」と言われたからには、せめてアヴァロンに行くまでは持っておこうと思う。
でも、〈湖の乙女〉の祝福、というのが一番気になっている。
ジャックからアーサー王物語について簡単に説明されたけど、いまいち〈湖の乙女〉についてよく分かっていない。
アーサー王の敵でも味方でもなさそうだし、女神様だと思えばいいのかな。妖精らしいけど。
そんなことを考えていると、突然馬車の進行方向に人が入ってきた。
「おーい! サリヴァンさんよ!」
エレノアはその男性の目の前で馬車を止めた。
「これはハードさん。どうしましたか?」
「どうしたも何も、
「私はその対抗策もお伝えしたはずですが? カラスは頭が良い生き物ですから」
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「いくら対策しても害がないって理解するもんだからイタチごっこだ!」
「生き物を相手にするというのはそういうことです。それに、どんなに文句を言っても私を頼っているのはあなたでしょう」
「それをなんとかしてくれって言ってんだ!」
随分と無茶な注文だ。
ハードという男はエレノアに詰め寄っているが、彼女はあくまで毅然とした態度で臨んでいる。
「私はお客様を早くご案内しなくてはなりません。ここで失礼します」
「おい! 待て!」
ハードの声を無視して、エレノアは馬を進める。馬は早歩き程度で歩いているが、人間の脚では追いつけない。
置いていかれたハードは諦めて、その場を離れた。
「サリヴァン様、良かったのですか?」
ハードの様子を見かねたのか、ジョージが尋ねた。
「捨て置くに限る。見苦しいところを見せたな」
今までのエレノアからは想像できないほど、低く冷たい声だった。