王の心
ところでアーサー王は、このランスロットとグィネヴィアの関係に気づいていなかったと言われている。他の騎士たちの間では噂になっていたのにも関わらずだ。
だが、本当にそうだったのだろうか。
まだそれほど2人の関係が噂になっていなかった頃、アーサー王は円卓の騎士の1人にして儀仗官である隻腕のベディヴィアから折り入って話があると言われた。
「ランスロット卿と王妃が不貞を?」
「ええ。わたくしが知る限り、その1度きりであったようですが……」
アーサー王には、グィネヴィアがランスロットを恋慕していることに心当たりがなかった。
だがそれは自分が彼女のことをよく見ていなかったからなのでは、と帰結することになる。
「どうされますか? まだ噂も小さく、特に証拠もないうえに、彼は人気がある。わたくしが密告しておいてなんですが、裁くのは得策ではないかと」
アーサー王はため息をついた。
「……そうだな。私は彼女を、放っておいてしまったからな。私へ向けられるべきグィネヴィアの不満がランスロット卿へ向かうのは、不思議なことではないのだろう」
「王よ……」
「1度きりだったとお前も言うのだ。私は2人を罰さない」
ベディヴィアはこの決断に対して、多少の不満を抱いた。
聖剣を抜きし良き王は、心が広すぎる、と。
それでも、王命には従うまで。
「承知致しました」と返し、王の部屋から出ていった。
だが王も、ベディヴィアの深刻な表情を見てグィネヴィアのことが気になり始めた。
1度、きちんと話をしなくては。
そう思ってアーサー王は、グィネヴィアの寝室へ向かった。王は扉をノックする。ランスロットがこの部屋にいるのではという不安がよぎったが、すぐにドアが開いたのでほっとした。
「陛下? いかがなさいましたか」
「少しいいか?」
グィネヴィアは彼を部屋へ入れた。
彼女は内心焦っていた。ランスロットへの想いがバレたのではないかと。
実際そうだった。アーサー王は単刀直入に、グィネヴィアに言った。
「お前には申し訳ないと思っている」
「……突然、何を仰るの――」
「寂しい思いをさせたのだろう。愚かにも私は、気づいていなかった」
その言葉で、グィネヴィアは察した。そして、自分を罰しにきたのではと怯えた。
「王よ……。わたくしは確かに、罪を犯しました。今でもランスロット卿を……慕っております。ですが我らが通じたのは1度だけ、それだけはどうか――」
「よい、全て私のせいだ。それにランスロット卿は非の打ち所がない男、私とは比べ物にならない。こんな私に、お前たちを罰する資格はない」
「……わたくしたちを、許すと?」
グィネヴィアは王の言葉に耳を疑った。
だがアーサー王の穏やかな様子を見て、その言葉に裏はないと感じた。
その瞬間、グィネヴィアの瞳から涙があふれた。王の優しさと、その王を裏切った自身へ対する涙だ。王はそんな妻を抱きしめた。
「ランスロット卿にはこれからも、円卓の騎士として尽くしてもらわなくてはな」
後日、グィネヴィアはランスロットにそのことを伝えた。そこで彼は、王夫妻に対する忠誠を改めて誓ったのである。