祈り
暗闇の中、たくさんの黄色く光る目が俺を射止めている。
チビは弱々しい呼吸だけ。頭から流れる血は止まったようだが、相変わらず俺の呼びかけには無反応だ。
こんなに心細くなったのは生まれて初めてだ。普通なら俺ひとりでこんな状況くらいどうにでもなるが、今は違う。チビの命がかかってるんだ。
切り抜けようにも、どのくらい転落したかわからないし、おまけに出口すら分からず……と、最初の一歩を踏み出したとき、目の前に妙な人影が見えた。
目を凝らしてみると……足だ。しかも逆さまの状態。
うん、この極端に短い足はチャチャだ。崩落した土塊のてっぺんに見事に頭を突っ込んだ逆立ち。どうやったらこういった落下するんだか。
力任せにぐいっと引っ張り上げた瞬間、「んなあーーーっ!!」と耳をつんざく雄叫び。もちろん地面に叩きつけて黙らせた。
「んアあ! ラッシュこんなところで一体どうしたんだヌ!?」
「どーもこーもねーよ、お前が地面に穴開けたから崩れたんじゃねえか!」
「アレが最善の方法なんだヌ。頭の中まで筋肉なラッシュにはそれが分から……んなあああ!」いつも通り殴って黙らせた。
「いいからとっととランプ出せ、敵どもに囲まれてる。それと包帯持ってるか?」
「ケガしたんだヌ? ってうわぁぁぁあ!」チビの痛々しい姿を見てあいつは尻餅をついた。
だが不幸なことは続けざまに起きるもんだ。ランプはしっかり手に持っていたものの、それ以外のものは転落の際に散乱しちまったみたいだ。
「とにかくここから抜け出すんだヌ。ほいっ!」
言うやいなやチャチャは明かりをつけたばかりのランプを思いきり壁に向けて放り投げた。なに考えてるんだあのバカ!?
と思ったのも束の間。割れたランプから漏れ出した火が、まるで生きているかのように壁伝いに走り出し、瞬く間に俺たちの落ちた穴全体を炎で照らしてくれた。
「ほのかに油の匂いがしたんだヌ。この方が手っ取り早いんだヌ」
やることは大雑把すぎるが、まあとにかく窮地の時にはこのバカでも役に立つもんだな。
しかし異様にデカい穴だ……しかも天井に行こうにも、たどり着く壁が酒瓶の口のように急な角度になっている。オーバーハングってやつだ。流石の俺でもこれは登れない。
俺たちを仕留めようと、人獣の残党が炎を気にする事なく次から次へと降りてきた。こうなったらまず奴らを片付けるしかない!
「チャチャ、いつものアレやってくれ!」
「んあ? アレっていったい何だヌ?」
「アレだよアレ! お前の狂化の力で切り抜けるんだ!」
こうなった以上なりふり構っちゃいられねえ。チャチャの見境なしのパワーに手伝ってもらうしかない。
「キョーカってなんなんだヌ? それよりもラッシュが突っ切った方がさっさと片付くんだヌ」
こいつ……戦ってる最中の記憶が無いっぽいな。ならば!
「おいコラこのクソアリクイ! 有事だっつーのにマジで役立たずだな!」
あからさまに貶したからか、あいつの握り拳がわなわなと震える。
そうだ、もっと怒れ。そして我を忘れるんだ!
「泥みてえなメシをズルズル音立てて食いやがって! あの気持ち悪い食い方でみんな気持ちよくメシできねえんだ!」
「ムッキー! ラッシュだってイビキがうるさいわ風呂しないわでいつも耳の先から足の先まで腐ったモップみたいな悪臭プンプンさせてるんだヌ! みんな歩く肥溜めだって不満タラタラなんだヌ!」
ヤバい、俺の方がキレそうだ。かくなる上は!
俺はチャチャの身体を持ち上げて、人獣の群れの真っ只中に思いきり投げ込んだ。
「なにするんだヌーーーー!!」ゆるせチャチャ。これしか方法がなかったんだ。
ドンと鈍い着地音の直後……裏返った不気味な笑い声とともに黒い影が炎の中に立ち上がった。
「立ちふさがる奴らは皆殺し! 我が鉤爪の餌食となるがいい! ハアァァァァァァイヤイヤアャアアア!!!」
俺はチビをぎゅっと抱きしめ、 祈りの言葉を小さくつぶやいた。
誰に祈ったんだって? まあ、そりゃ……ディナレだよな。
「俺の命なんてどうでもいい、チビだけは死なさないでくれ!」