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第178話 かなめの『天敵』の妹

「隊長、僕だけを残したってことは、僕に用事があるんじゃないですか?」 

 アンはすでに隊長室を出て機動部隊の詰め所へと出て行った。一人残された誠は何を考えているか分からない目の前の隊長にそう言った。

「ああ、神前。そう言えばそうなんだけどさ……お前さんが一番面倒ごとを頼みやすいんだよ。島田やかなめ坊がお前さんをこき使う理由が良く分かる。なんかさあ、お前さん見てると上官としてこき使いたくなるのよ。そう言う顔してるの。ああ、これはお前さんのせいじゃないな、なんだかそう言う雰囲気をお前が持って生まれちゃった不幸を呪ってよ」 

 誠は嵯峨の言う滅茶苦茶に半分呆れながら言い返す機会を待っていた。しかし、嵯峨は誠にそんな機会を与えるようなことも無く、ようやく用事を思い出したと言うように手にした棒を机に置くと立ち上がった。

「実は人を迎えに行って貰いたいんだ。頼みたいのはそんだけ。簡単だろ?面倒ごとって訳でもない。お前さんの自動車運転技術も東和宇宙軍で免許を取った時よりもだいぶ上がってるって話じゃないの。と言う訳でよろしく」 

 嵯峨は誠を信頼しているのか居ないのかよくわからない表情で誠に向けてそう言った。

「誰を迎えに行くんですか?確かに人を乗せても大丈夫なくらいは上達しましたけど、僕より運転が上手い人一杯いるじゃないですか」

 誠は運転が上手くなったと言っても自分で威張れるほどのレベルでは無いと言う自覚は有った。 

「別にそんなにつんけんするなよ。豊川の駅の南口の噴水の前で甲武海軍の少佐と大尉の制服を着た新入りが待ってるからそいつを拾って来いや。第二小隊の小隊長とその副官だ。たぶんあちらさんはお前の顔のことは良く知ってるから、現地につけばすぐに会える」

 そう言う嵯峨の表情にはいつもの悪だくみをしている時の皮肉めいた笑みが浮かんでいた。 

「なんで名前とか言わないんですか?それになんで甲武の将校さんが僕の顔を知ってるんです?変じゃないですか」

 誠にも嵯峨が相手が誠の顔を知っていると言うことが不自然に思えた。 

「理由は相手に聞きな。二人の名前は日野かえで少佐と渡辺リン大尉。例のかえでだ。お前さんもかなめ坊とは常に一緒にいるんだから、まさかかなめ坊に拾って来いとは言えねえだろ?お前さんも知っての通り、かなめ坊はかえでを見ると妙な拒否反応を示しやがる。俺としてはそれを楽しむってのも悪くないが……俺も銃殺されたくないからな。アイツは上官とか叔父とか関係なく撃ってくるし」 

 いかにもうれしそうに言う嵯峨に誠は思わずため息をついた。

 嵯峨の姪にしてかなめの妹、日野かえで少佐。甲武海軍兵学校卒業後すぐに海軍大学に進んだエリートと言うことは一応聞いてはいた。だが、彼女の話が出ると十中八九かなめが暴れだし収拾がつかなくなる。

 妹である彼女になぜかなめが拒絶反応を示すのかはあまり詮索しないほうがいい、カウラのその助言に従って誠はそれ以上の質問は誰にもしなかった。

「わかりましたけど……でも本当に僕で良いんですか?運転ならアメリアさんとかカウラさんとか……そうだ、カウラさんなら車に乗り慣れてるから最適ですよ。同じ小隊長同士話も弾みそうですし」 

 頭を掻きながら誠が再び執務室に腰掛けた嵯峨に尋ねた。誠は第二小隊の小隊長を乗せて事故を起こす自分が想像できてきてどうしてもこの依頼を引き受けたくなくなっていた。

「別に誰だって良いんだけどさ。かなめ坊以外なら。でもお前さんの方が俺としては面白いんだ。これは隊長命令だよ。神前誠曹長!今すぐ豊川駅前に向え!」 

 そう言って一度は隊長口調でそう言うものの、相変わらず間の抜けた表情で再び嵯峨は机の上の棒を見つめた。誠は埒があかないと気づいてそのまま部屋を出る。そこにはなぜか彼が出てくるのを待っていたアンがいた。

「なんだ?クバルカ中佐が待ってるだろ?急がないといけないんじゃないのか?」 

 そう言う誠をアンは潤んだ瞳で見上げる。誠は先ほどアンの性的嗜好を知らされていたので冷や汗を流しながら小柄なアンが自分を見上げて来る視線に耐えていた。

「あの、僕……女性用の制服が着たいんですが……」

「は?」

 誠は知った。アンは『男の()』なのだと。そして分かった。第二小隊は別名『18禁小隊』と呼ばれることになるだろうと。 

「あ、俺は急いでるんでこれで!制服の事は管理部の菰田先輩に言ってね!許可が出るかどうかまでは知らないけど!」 

 そう言うと誠はそのまま早足で正面玄関に続く廊下を歩いた。そしてそのまま更衣室の角を曲がり、ひよこがポエムを書いている医務室の前の階段を下り、運行部の部屋の前の正面玄関を抜け出た。

 そして誰もいない警備室の中の鍵もかかっていない公用車のキーを集めたボックスからライトバンのキーを取り出す。

「本当にこんなので大丈夫なのかな……盗まれたりしても知りませんかね」

 誠は独り言を言うとダークグリーンのライトバンのドアを開ける。

「それじゃあ行くか」 

 誠は車を出した。整備はいつも島田達整備班の精魂がこもっているだけあり、車の調子は会長だった。誠はそのまま閑散としたゲートをくぐって菱川の工場に車を走らせた。

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