バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第179話 出会いとかなめと

 次々と流れていく巨大なトレーラーの群れ。それを縫うようにして誠は公用車を運転する。

 まだ10時を過ぎたところと言う微妙な時間帯。営業車が一斉に出かけるのか工場の正門にはそれなりの車の列ができていた。誠はとりあえずそのまま産業道路と呼ばれる工業地帯に向かう営業車とは反対側にハンドルを切り、豊川の駅に車を走らせた。

 豊川市は同盟成立以降の好景気の影響による再開発が始まったばかりで工事中の看板が目立つ。誠はいつものカウラの運転を思い出し、裏路地を通って駅へと向かった。

 気分は悪くは無かった。とりあえず待機ばかりの部隊にいるよりは外で車を走らせているほうが仕事をしているような気分になるのが心地よかった。南口は大きな百貨店が軒を並べる北口とは違って駐車場や工事中の看板が目立つ再開発が進行中の地区があった。今日もクレーンを搬送するトレーラーに十分近く行く手を塞がれたことで起きる渋滞を何とか切り抜けると、誠はどうにか南口ロータリーに車を止めて周りを見回した。

 誠はすぐに甲武海軍の制服を着た二人の士官の姿を見つけることができた。相手も誠の司法局の制服が目に付いたらしくゆっくりと誠に向かって歩いてくる。

「貴官が遼州同盟司法局実働部隊所属、神前誠曹長だな」 

 甲武海軍の桜をかたどった星が輝く少佐の階級章が光る。そして、妹のはずなのに男性用の制服を着こんでいることもかなめからかえでの趣味はある程度聞いていたので予想がついた。

 誠の嵯峨かえでの印象は日本の戦国時代のじゃじゃ馬姫と言う感じだった。姉の西園寺かなめとは三つ違い、従姉妹の法術特捜主席捜査官の嵯峨茜の二歳下になるわけだが、その脱色した金髪は姉のかなめよりもむしろ従姉妹の茜に似て落ち着いた雰囲気が感じられた。

 そして、かなめが大尉に対し、妹のかえでが少佐であると言うことからも、暴走で自滅してくるパターンが多いかなめに対し、抜け目ないところのある切れ者と言う印象を誠はかえでから受けた。

「かえで様、彼があの神前曹長なんですか?」 

 青いショートボブの髪型の気の強そうな大尉が誠を値踏みするように頭の先からつま先まで眺める。

「何と言いますか……この男が西園寺の姫様の思い人とは思えないんですが……」 

 リンの発した言葉の意味は瞬時に誠の顔を赤く染めた。

「思い人なんて……僕達はそんな関係じゃありません!ただの上司と部下の関係です!」 

 たしかにかなめには嫌われてはいないようだとは思っていたが、そう言う関係じゃないと思っていた。

 しかし、目の前にいるのはかなめの妹で嵯峨家の当主とその家臣である。万が一だがかなめがそれらしいことを彼女達にほのめかしていたとしてもおかしくは無い。そう思うと誠の心臓の鼓動は高鳴った。

「あ、あのー日野少佐……」 

 自分でもわかるほど見事にひっくり返った声が出る。

「どうした?義父(ちち)上のことだ、あまり階級とかで呼ぶなと言っているだろう。かえででいい。あれが迎えの車か?」 

 さすがに甲武四大公の当主である、誠を威圧するように一瞥すると誠が乗ってきたライトバンに向かって歩いていく。

「あのー……かえでさん?」 

 誠の声にかえでは怪訝そうな表情で振り向く。自分で名前で呼ぶように言った割には明らかに不機嫌そうに眉をひそめている。その目で見られると誠はそのままライトバンに向けて全力疾走する。そして二人が荷物を詰めるように後部のハッチを開く。

「うん、なかなか気がつくな」 

 そう言うとかえではそのまま手にした荷物を荷台に押し込む。

「荷物少ないんですね」 

 誠は他に言うことも無くきびきびと働く二人に声をかけた。

「屋敷に生活用品はすべて送ってくれる手はずになっている。とり急ぎ必要なものを持ってきただけだ」 

 ハッチを閉めながらかえでが不審そうな瞳を誠に向ける。

「それじゃあ……」 

 誠が思わず後部座席のドアを開けようとするが、かえでの手がそれを止めた。

「何もハイヤーに乗ろうと言うんじゃないんだ。神前曹長は運転をしてくれればいい」 

 そう言って初めてかえでの顔に笑みが浮かんだ。誠はそのまま運転席に駆け込む。その間、妙に体がぎこちなく動くのを感じて思わず苦笑いを浮かべた。

「それじゃあやってくれ」 

 運転席でシートベルトを締める誠にかえでが声をかけた。誠の真後ろに座っている渡辺リン大尉はまるで恋敵を見るような鋭い視線でじっと誠をにらみつけていた。

しおり