第173話 多すぎる『土産』
「お父様、それは昨日食べました。お父様はお土産の量と言うものを考えてください。なんでも数が多ければいいってものではありません。それ以前にそのお土産を買うお金、どうしたんですか?また康子様にお借りになったんですか?」
眉をひそめる茜だが、気にすることなくそのまま応接セットに座る茜の正面に腰掛けると包装紙を乱暴に破りながら開ける。
「ああ、俺はこいつが好物なんだ。俺は全般的に甘いものは苦手だがこれだけはいけてね。これを肴に酒を飲むこともあるくらいだ。金の事か?それなら義姉さんに貰った。遊郭に行く代わりに土産を買えって。西園寺家の土産だから恥ずかしくないものを買えって相当な金額くれたけど、俺の貧乏性で生八つ橋しか思いつかなかった。生八つ橋の量が多すぎるのは半分はお前のせいだ。俺を貧乏に慣らすからそうなるんだ。自業自得だな」
嵯峨はそう言って茶を飲んだ。
「まるで子供ですわね。自分が好きなものは人も好きだろうって……そんな単純なお考えのお父様だとは思いませんでした。後、そんなこと言っても小遣いが増えるなんてことは有りませんからね。でもこの生八つ橋。おいしいじゃありませんの。やはり生八つ橋は甲武のものに限りますわね」
そう言いながら茜はにこりと笑う。嵯峨は箱を開けて中のビニールをテーブルに置かれていたニッパーでつかんで無理やり引きちぎる。冷めた視線の茜はそれを見ながら湯飲みに熱を奪われて適温になったお湯を急須に注いだ。
「その様子ですとあの『廃帝ハド』の助力のおかげで作戦は何から何まで成功ということですか?」
急須に入れたお茶とお湯を混ぜ合わせるように何度か回しながら茜が父親を見上げた。
「成功と言っていいのかね。軍事行動って奴は常に政治的な側面を持つってのナポレオン戦争の時代のプロシアの参謀の言葉だが、まだ今回の作戦の政治的結論は出ちゃいないからな。成功かどうかわかるのはその結論が出てからの話さ。まあ、そこの部分は俺の仕事じゃないんだけど」
そう言うと引きちぎったビニールの上にばらばらと生八ツ橋を広げてその一つを口に運ぶ。
「そんなに無責任なことをおっしゃるとまた上から叩かれますわよ」
仕方が無いと言うように八ツ橋を手に取ると茜は自分の湯飲みに手を伸ばす。時々外から遠くの機械音が響く。司法局実働部隊の中核である機動部隊が留守であることを考えればその音は隣の菱川重工の工場の作業音だと思われた。
「俺が無責任なのは今に始まったことじゃない。しかし、今回の出動は物的損耗が少なかったのが救いだな。これでしばらくは技術系の連中には休みがやれるからな。第二小隊の05式特戦の準備を隣の工場でやってるけど、連中はそっちに出ずっぱりだったからな。予算の関係でこの基地まで持ち込めないのが痛いところだが……その話は渉が来てからでいいか」
そういうと嵯峨は二つ目の八ツ橋に手を伸ばした。
「それより茜、プロファイリングとかなら技術部の将校でも貸そうか?あいつ等はそういうこと得意だし。足りないんだろ?人手。元々法術特捜の捜査官が二人しかいないって司法局も考えることがどっかずれてんだよな」
さらに三つ目の八橋に手を伸ばす父を茜は冷ややかな目で見つめた。
「ええ、そうしていただければ助かりますわ。明日も徹夜となると私も体がもたないと思ってましたの」
まじめな顔の茜を嵯峨が見つめ返す。彼の口には四つ目の八ツ橋が入ろうとしていた。
「お父様、いくら好物だからと言って食べすぎですよ」
このペースだと飽きずに一人で一箱開けかねない勢いで生八つ橋を食べ続ける嵯峨を見て、茜は呆れたようにそう言った。
「やっぱり?」
そう言われて嵯峨はまだ半分残っている八ツ橋の箱に視線を落としながら口の中の餡を舌で転がして味わっていた。
「さあて、明日は第二小隊の面々のご到着だ。どんな部隊になるのか……第一小隊みたいに問題児の集積所になるか、それとも世界を救う救世主になるか……楽しみだなあ」
そう言うと嵯峨は立ち上がり、ソファーに置かれた寝袋に手をやった。
「お父様。また、ここで寝るんですか?」
呆れたように茜はそう言った。
「だって自転車で俺のアパートまで帰るのめんどくさいもん。おやすみなさい。電気は消していってね」
嵯峨はそう言うと制服も脱がずに寝袋の中にもぐりこんだ。