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コンジャンクション

久々に斬りまくったせいだろうか、身体中がすげえ熱くなっている感じがする。つーかもう何匹血溜まりに斬り伏せただろうか、もう数えるのも嫌になってきたくらいだ。
違うな……数えることになんて意味なんかあるんだろうか。

「大丈夫ですかラッシュさん、少し休んだほうが」
背後を守っていたエッザールが、少しでも自分に合いそうな武器を吟味しながら俺に話してくる。そうだな、こいつの奪われた装備一式も早く探しとかないと……だけどこの広い穴だらけの山の中、どこに行けばいいのか全然見当がつかねえ。

あ、そうだ。俺そんなに疲れてるように見えたのか?
「ラッシュはタフだからなー、心配しなくったって大丈夫!」
返り血まみれのイーグが、この状況に全く似合わない笑顔を見せてきた。なんかこいつも片手間に的確に殺しまくってる。隣にいるガンデもそれ見てちょっと引いてるし。
しかしマシャンヴァルの人獣とやらはいったい何人くらいここに常駐してたんだ……? 穴の奥からどんどん湧き出てきやがる。どっかに巣でもあるんだろうか、そこを見つけて叩くしか……

ドクン!

「!!」突然、俺の視界が真っ赤に染まった。血が目に入ったか……? いやそれはないな。
違う、これは胸の鼓動だ。脈打つたびに見るもの全てが赤く染まってくるんだ。
しかしこの感覚、以前にも遭ったような……いつだったか。
「なにボーッとしてるんだラッシュ。身体が鈍っちまったんか?」
嫌味か冷やかしか分からないイーグの言葉。いつもなら一発殴って黙らせたいところなんだが、なんか妙に腕も重く感じられてきた。

それだけじゃなかった。
耳元……ちがう、頭のずっと奥底で、誰かが読んでいる声がしてきた。
だけどラッシュって俺の名じゃない。なんだろう……もっと深い……それは俺の名か?

「やっぱり休んだ方がいいですよ、さっきからなんか様子がおかしいですし」
ついにガンデも俺のことを心配してきた。そんなに俺の様子が変なのか……?
坑道の奥だから空気が少なくなってきたんだろうか。けどそれにしては他の三人は普通に談笑してるしな。俺だけか?

歩みを進めるたびに、謎の鼓動がまるで頭痛のように頭の中を駆け巡ってきた。
これ以上先に進むなってことなのか……?
イーグたちを先に行かせ、俺は一人ここで休ませてもらうことにした。正直不本意なんだが……仕方がない。

岩陰に腰を下ろし、深呼吸をしてみるが、謎の鼓動と声は一向に治まる気配がない。
「くそっ……なんだってこんな時に!」俺自身の予期せぬ不調に思わず悔し紛れな声が出ちまった。早くしないと、ナウヴェルの命が……

「それはね、お互いに呼び合っているんだよ」
水の滴る音しか聞こえない穴の底、またどこかで聞いたような声が。
だけどそれは頭の中じゃあない。そうだ、聞き慣れたあいつの声。
でもあいつは……ルースは俺たちの旅には同行していない。城にいるはずだ。
なんでルースがこんなところに?
「こんなとこにいたとはね。外が賑わってきたからそこにいるのかな、なんてずっと探していたんだけど」
こいつ、いったい何を話してるんだ?
頭痛にも似たガンガン鳴り響く声を我慢して顔を上げると、そこにはルース……にそっくりな、しかし対照的な真っ黒な真っ黒な毛の小さな存在が、俺の目の前に立っていた。

「君が黒衣のラッシュだね、はじめまして」
だがそいつには目がなかった。いや、そこには毛と同様の黒い布がまるで目隠しされているかのように巻かれていたんだ。
「誰だ……おまえ?」
くすっと口元に笑みを浮かべ、そのルース似のやつが答えた。

「ヴェール・デュノ。君の仲間のルースは、僕の兄さんさ」

「ヴェール……!?」そいつの名前を聞いたとき、無意識に俺の手は立てかけてあった斧に伸びていた……が。
なんだろう、こいつには戦う気迫そのものが感じられてこない。要はアレだ。女子供とか、はてはトガリみたいな、無抵抗な連中そのものって感じ。
たしかヴェールって行方不明になったって聞いたような。でもって敵国マシャンヴァルでお偉いさんになってるってゲイルのクソ野郎が以前言ってたし。

「見えるのか、俺のことが」そういやこいつ、両目を包帯で塞いでるんだが……つまりは盲目なのか?
「そう、生まれつきね。けど大丈夫。人間とは違うもん」
なるほどな。俺たち獣人は嗅覚とか聴覚とか、どっちかっていうと視覚よりそっちのほうが鋭敏だ。とはいえ目だって悪いわけじゃない。人間より遥かに感度はいい。特に暗い場所なんかな。まあそれはいいとして。
「獣人ならばわかるでしょ。空気の流れとかで道筋なんて把握できちゃうし。それに君の身体についた様々な匂い……そう、兄さんの懐かしい匂いがね」
唯一無理な点は、字が読めないところかな。って笑いながらヴェールのやつは答えてくれた。聞いてないところまで話してくれるところはあのルースにそっくりかも知れない。結構饒舌だ。

「で、マシャンヴァルに寝返ったお偉いさんが一体俺になんの用だ?」
目を見せてくれないから一体何を考えているんだか全然見当つかねえ。それにだんだん頭痛も激しくなってきたし。
「君に会わせたい人がいるんだ。だから僕の方から呼びに来た」
「ゲイルの野郎か……?」
ヴェールは首を左右に振った。あんな小物になんて会いたくないでしょ。って。どうやらその気持ちは俺と合致しているようだ。
「その頭痛の原因であるお方にね」

「なん……だと!?」
さっきっから、いやこの坑道の奥へと歩みを進めるたびに頭の中に頭痛とともに響いてきた声。それとこいつになんの関係が?
「コンジャンクションって知ってる? いや……知るわけないか」
知らねえという間もなくこいつが代弁してくれた。コンジャ……なんて初めて聞く名前だし。

すると、ヴェールは天井をすっと指差し、こう話した。
「太陽と月だけじゃない。この世界の空には何千もの大小様々な星が取り囲んでいるんだ。それらのうち幾つかが、数十年……いや、数百年に一度だけ同じ角度で一列に並ぶ。それをコンジャンクションって僕らマシャンヴァルは呼んでいるのさ」
うん。いつものことだが全然分からねえ。
「別に理解してくれなくっても構わないさ。これらは全てマシャンヴァルにあったアーカイブに載っていたことだからね。つまりはこれを知っているのは、世界でもほんの一部。占星術師か……それと僕ぐらいかも」
いちいち自慢げに語っている割には、ルースのようにムカつく感じがこいつには見えてこない。
「だから、そのコンニャクなんとかが俺と一体どういう関係があるんだ?」
ふふっとヴェールは吹き出していた。やっぱりルースの弟だからだろうか、笑い方といい、仕草からなにから妙に似てるんだよな。
「その日だけにしか蘇らせることのできない人がいるんだ」だとあいつは言った。
そいつに会わせたいってことか……だがそうはいってもまだまだ答えにすら辿り着いていない。だからつい俺も語気を荒げちまった。
いい加減教えろ! ってな。

「始祖」
ビビリもせずにあいつは言った。
シソ……ってなんだそれ?

「黒衣の始祖さ。つまりはラッシュ。君のおじいさんのおじいさんの……ずっとずっとご先祖だよ」

「ついてきて」と、あいつは軽い足取りで奥の暗闇へと消えていった。
やっぱり不思議だ……盲目だってのに、岩場につまづくこともない。それに壁にぶつかるなんてこともない。そう、普通に目が見えているのとなんら変わりがない。
さらに驚いたのが、さっきまで波のように襲いかかってきた人獣。
いや、相変わらず奴らは周りにいるんだが、ヴェールの姿を認めるやいなや、下がって道を作りはじめたんだ。
「大丈夫だよ。彼らは一切手を出してこないから」
やはり、こいつはマシャンヴァルの……ってことか。
だから、と前置きして、闇夜に溶け込んだあいつは告げた。
「君も手を出さないでね。約束だよ」
なるほどな、交換条件じゃあないにせよ、これはちょっと厳しいかも。目の前の連中を前に斬り伏せることもできないとは。
案の定、人獣どものわずかに黄色く光る目は、じっと俺の方に向いている……嫌な気分だ。殺ることも、殺られることも出来ないだなんて。

ヴェールに先導されてしばらく歩くと、ふっと空気の匂いが切り替わった。人間だとこの微妙な違いは感じられないだろう。
なんというか……わずかに血の匂いが混じっている。
しかも足を進めるたび、その匂いは濃さを増してきている。
ああ分かる。これは嗅ぎ慣れた戦場の匂いだ。
「君にとって懐かしい匂いがするんじゃないかな?」ヴェールは俺の気持ちを察したのか、クスリと鼻で笑いつつ聞いてきた。
「お前はどうなんだ?」
「質問を質問で返すのはあまり好きじゃないんだけど……うん。マシャンヴァルも似た感じかな。あそこは造られた血によって全てが成り立っているから」
造られた血……なんなんだそれは?
うーん、とヴェールは突然立ち止まり、なにか悩んでるように見えた。
「僕もね……神王やゼルネー様みたいに最初っからマシャンヴァルの生まれじゃないから、そこまでは分からないんだけど」
ふん……また聞き慣れない名前かよ。
「マシャンヴァルはね、国自身が生命を持っているんだ。生きている国……つまりはあの国そのものが母ってこと」
「地面から人間が生まれるのか?」
そうだよ、面白いでしょ。とうきうきした口調であいつは話してくれた。

だからこそ、僕は全てを知りたいためにマシャンヴァルに行ったんだ……と。
ルース風に言わせれば、知的好奇心……だっけか。俺も詳しい意味は忘れたけど、たぶん似たようなことだ。俺が戦いに飢えているように、この兄弟も頭ン中の書物に埋まるほど書き留めたいって渇望しているのかも。

さらに奥へと進むと、地下水が漏れ出ているのだろうか、湿った風にぴちゃぴちゃと濡れた足の感覚。もう人が掘り進めた触感も消えた。
「お待たせ、ここだよ」
突き当たり……いや、行き止まりだ。見上げるくらい巨大な、固そうな石が目の前を塞いでいる。
だが、ヴェールはその巨石に気付いてないのか、そのまままっすぐ進んで……ってあれ?

「ふふっ、君には見えるんだよね、この大きな石」
そのまま石に吸い込まれるように、あいつは消えちまった。
「目に見えるものが現実とは限らない。大丈夫だよ、このまま入って」
言われるがままに俺も困惑しながら突っ切った。奴には見えないが俺には見えている……奇妙だ。

……と。視界がいきなり渦を巻いたと思った直後、俺の目の前に広がった光景。
大きな部屋だった。ついさっきチャチャが潜伏していた穴の中の部屋よりはるかに巨大な。

「ヴェール、どこに行ってたんですかい。トイレって言うから……っておいラッシュ!?」
「でぇっ、ゲイル!?」
だが部屋にはゲイルとヴェールだけじゃなかった。その奥には……

デカい人間……いや、俺と同じ鼻面と耳を持つ巨大な、しかし干からびた青白い肌をした獣人らしき存在が、地面スレスレに磔にされていた。
ひょっとして、これが……

「そう、黒衣の始祖。君のご先祖様さ」

しかし、俺とあまり変わらない姿かたち……とはいえ、なんか妙だ。
耳や鼻筋は俺より細いし、脚が、こう……逆側に曲がってるようにも見える。どちらかといえばジールとかルースのような爪先立ちみたいな。
「それが始祖たるゆえんさ。僕らが遥か昔、ケモノと呼ばれていた頃の特徴が色濃く出ているのさ」
まるで俺の心を読んでいたかのようにヴェールは解説してくれた。
つまりは、昔の獣人はこんな姿をしていたってことか?
「そういうこと、知れば知るほど面白いよ」ってまたあいつは屈託のない笑顔を見せていた。
だがそんなことより今はこいつを知る方が先だ。なんでこんなカラカラに干からびた姿しているんだ。
「マシャンヴァルの神王、ディズゥ様の墓の隣に葬られていたんだ。彼は神王の右腕でもあった、と古文書には記されていた」
えっと……右腕ってつまり、最高の仲間って意味だったっけか。こいつは王と一緒に死んだってワケか。
「ゼルネー様に頼まれたんだ。神王と彼を生き返らせてくれって。彼女には永遠の命はあるけど、それに伴った知識はかなり失われていた。そしてタイミングよくマシャンヴァルに流れ着いた僕には知識があった。双方の思惑が合致したのさ。だから手始めに黒衣の始祖である彼を蘇らせてみようとあれこれ試してみてね。最終的にこのエズモールが最適な場所であることを突き止めた。どうしてだか分かる?」
いきなり話をこっちへ振ってきたが……えっと、なんだっけ、あれ。
「コンジャンクションってやつか?」
正解! と手を叩いてくれたはいいが「もう一つあるよ」だとさ。

マジかよ……ダメだ、分からねえ。

「分からないのも無理はない……答えは星鉱だ」
と、俺の出方をうかがっていたゲイルが、始祖の身体にひっついていた皮の一部を指し示してくれた。
よく見ると、ひび割れた身体のあちこちを継ぎはぎしているかのように、大小様々な形の鉄の板が貼り付けられていた。
「いろいろ調べた結果、星鉱が始祖の身体に侵食することなく馴染むことが分かったんだ。ンでもって星鉱を鍛えて様々な形状に作り出すことができるのは……」
「ラウリスタ、だろ?」
ゲイルは、そういうことだと軽くうなづいた。
だけど……あのラウリスタは、っと、これもヴェールに考え読まれたら最悪だな、と俺は話題を切り替えた。

「だいたい言いたいことはわかったが、なんで敵の俺を連れてきたんだ?」
「引き寄せあってるから……かな。それ以外に理由なんてないよ」
あっけに取られた俺を前に、ヴェールは続けた。
「これもディズゥ様のお導きかも知れないしね。だって僕たちが彼を復活させようと悪戦苦闘している時に、子孫であるラッシュ、君が来てくれたんだもの」
「俺がこの吊るされてる干物を今から叩き斬ってもか?」
そう言って俺は背中にある大斧に手を伸ばした……が。
瞬間、また激しい頭痛と共に例の声が聞こえてきた。
今度は遠くからじゃない、そう……目の前だ。

ーおぬしかー

なんだろう、親方のような懐かしくもあるその声。
どこかでこいつと出会ったことが……? いや、そんなわけはない。
だが俺の身体が意思とは裏腹に拒んでいる。
こいつを破壊しては、斬ってはいけないと。
ダメだろ、こんな奴を復活させたらここで戦っているエッザールやマティエたちもただでは済まない。
ちくしょう、どうすればいいんだ……!
ブチ割れそうな頭痛に耐えきれず、俺はその場にひざまずいた。

「その目に光なく、その牙に光なく、その身体に漲りはなく」
ふと隣を見ると、ヴェールがなにかを始祖に向け唱えはじめていた。
「かつてその大地に力をおろした父なるけものびと。全ての大いなる星々が連なりし今、再びここに命を与えん」

そしてヴェールは、ゆっくりと俺の方を向いた。
「さあ、彼の名を」
「……え?」
「ずっと君を呼んでいた、ラッシュだけが名前を知ってるんだよ」

ー……ウス……ー
だんだんと、頭の中を駆け巡っていた声が鮮明さを増してきた。

ー呼べ。ガーナザリウスとー
「ガーナ……ザリ……ウス」

その直後、俺の背後の壁に大きな亀裂が生じた。
亀裂は部屋を引き裂くかのように天井まで伸び、そこからまばゆい一条の光が差し込んだ。そしてその光の示した先は……

始祖、つまりガーナザリウスの頭頂部。
光の槍がまるでやつの頭を貫くかのように刺し貫いた、その時だった。

ドクン!
激しい鼓動……だがそれは俺の胸でも頭の中でもない。
俺の始祖ガーナザリウスの発した、心臓の音だった。

「感謝するよラッシュ。成功だ」
天井から伸びた幾本もの血管が、鼓動に共鳴するかのように激しく脈打ちはじめた。
みるみる間に、ガーナザリウスの乾いた身体が血色を取り戻していく。
だが血の色どころではなかった、血を吸収した肌は、どんどんとドス黒さを増してゆく。
「黒き血の衣をまとったけものびと……そう、彼こそが君の遥かな先祖であり、我がマシャンヴァルの黒き父!」

ヴェールは高らかに笑い声を上げた。
兄ルースとは似ても似つかぬ、邪悪な、地の底から湧き出てくるかのような声で。

しおり