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ナウヴェル、最後の戦い

誰かがバシバシと俺の頬を叩いている感触で、目が覚めた。

「おっ、よーやく起きてくれたか!」誰の声だっけか、なんかまだ頭の中がぼーっとしている。戦いから帰ってきて三日くらいずっと寝ていたときのような。
「みんなで探してたんですよ……って、まだ頭痛はするのですか?」
応えようにもまだ意識と口がうまく連動してくれない。しばらくすると俺はでっかい荷馬車のようなものに乗せられて、ゆっさゆっさとどこかへ向かっているようだった。
しかしなんだこりゃ、乗り心地最悪だな。

「まさかな、ラッシュ……お前がこのエズモールに来るとは正直思いもしなかったぞ」
え、誰だっけかこの声……っと、ナウヴェルか!? あいつ生きてたのか。
「礼を言わせてもらう。お前がここに来てくれなかったら、私もエッザールも、そしてガンデもここで一生働かされていただろう」
「言ったじゃねえか、あんたは仲間だって……」
そうだったな、とナウヴェルは言葉少なに喜んでくれていた。そっか、この揺れる荷台はお前の背中に乗せられているからか。
意識を整えてボディチェック。身体は疲れもなく、逆に頭の中もすっきりしている……っと、俺今までなにしてたんだっけ?

あれこれ思い出そうとしてたらいきなり「兄貴生きてたんだ!」とチビを抱えたガンデ……じゃなくそっくりな謎の女がすり寄ってきた。
オイ待ていつの間にガンデが女になった!?
「俺だよ俺、ジャノだってば」
確かにその声としゃべりはあいつだけど、しっかり人間だったろーが!
「ジャノおねえたん」チビもいつも通りに懐いているし……なんなんだ? 夢でも見てるのか?
「詳しいことは後で話します、街のみんなは全員避難しました。急いでこの場を離れないと」そう言ってるうちに兄貴のガンデが小走りでこっちにきた。ますます謎だ。

ドン!
と、今度はデカい地響きと共に洞窟の屋根が崩れ始めてきた。
なにが起こってたんだ……俺は知らないうちに気を失ってたわジャノは姿が変わってたわでもうわけわからねえ。

そうして洞窟の外に出ると、まばゆいほどの太陽が俺の目を刺した。
目を細めて空を見上げると、いつものお天道さんの他にもうっすらといくつかの大きな真昼の月が、
「確か今日は、太陽と月が重なる特別な日だったはずです」
「へえ、詳しいんだなエッザール」
「私の家に代々伝わる暦に載ってたんです……コンジャンクションと我々は呼んでました」

あ!!!
そうだ、思い出した……!
俺はルースの弟と会って、坑道のさらに奥の部屋で復活の儀式に付き合わされてたんだった!
始祖とかいう干からびた奴を蘇らせるための……なんだったかあいつの名前。
「さて……と」
外の世界はといえば、まだまだマシャンヴァルの残党どもがマティエたちと戦っている最中だった。
中には自ら剣を取り、仲間に加わっている街の住民もいる。
まあいずれにせよ、こいつらが全滅するのも時間の問題かな。なんせ人獣どもは怖気付くことを知らない。死ぬまで立ち向かってくる命知らずだしな。
しかしそんな中に紛れて、例の巨大な怪物も何体か徘徊しているのが目に入った。
そう、湿原でさんざん手こずらせたあの肉の塊だ。だがこっちにはイーグの持参した爆発する薬がある。余裕で勝てる!

「それなんだけど、さっき洞窟を崩すのに全部使っちまった」
「え……?」
「ナウヴェルと合流した時に見つけたんだ。人獣が湧き出てくるでっかい穴。なもんでそこにぽいぽいっと」
イーグが言うには、その奥に誰もいない部屋があって、そこで俺は倒れていたんだそうだ。でもって見つけたのはチビ。まるで惹かれるかのように俺を見つけ出してくれたんだとか。
やっぱり親子同士の絆なんですかね。とエッザールは感心してた。

いやいや今はそうじゃなくて、あのクソ強い化け物をどうにかして倒さなけりゃならねーんだ! 爆弾も使い果たしたし、こーなったら俺たち全員で……

「大丈夫だ」
ナウヴェルは一人つぶやくと、肩にかけていた巨大な棍棒に手を伸ばした。
「奴は私が引き受けた。お前たちはここで見ていてくれ」
右手に鉄棍、そして左腕には硬く巻きつけた太い鎖。同じくらい巨大な鉄球も手にしている。
「これをもって、私は戦いを終える」

え、それってどういう意味だ!?

「久しぶりの戦いだな……うむ、お前がまだこの子くらいのときだったか」
ナウヴェルが言ったことがショックで俺は言い返すことができなかった。
チビと同じくらいのとき? それはちょっと計算がおかしい。二十年くらい前か。けど俺があんたと一緒に戦ったなんて一回しかなかったじゃねえか!
そんなこと思っているうちに、例の化け物はまるで分身でもしているかのようにわらわらとその数を増やしていった。
やべえ……手分けしたって厳しいかも知れねえぞ。
だが当のナウヴェルはそんな俺達の心配をよそに「ここで待っていろ」と。
無茶だ、俺やマティエですら手こずったっていうのにあんた一人で倒すのなんて……

……ってもしや、ナウヴェルはこいつらと刺し違えるつもりなんじゃ!?
「心配しないでください、師匠はこんなところで死んだりしません」焦る俺の身体を引き止めたガンデは、あっさりとそう言ってのけた。
「じゃあ、なんで最後の戦いだなんてあいつは言ったんだ!」
「以前聞いたことがあるんですけど、ラウリスタになった人はその手を戦いに使ってはいけないんだそうです」
……なんだそりゃ? つまりは武器を造る方に回ったら振るっちゃダメってことなのか。
「それがラウリスタの掟だって言ってました。そしてワグネル師はナウヴェル師匠に称号を譲るとも話されていたそうです」
イマイチ流れがよく分からなかったが、つまりはナウヴェルが刀工を引き継いだってことか。ンでもって戦いは封印。
しかしそう言われても、ナウヴェルははっきりいって力もパワーも腕力も腕っぷしも俺よか遥かに上だ。それをこんな時に引退してもらうのは正直痛すぎる。
「きちんと見ておこうぜ、あのおっちゃんの戦いっぷり」
「そうですね……ナウヴェルさんが戦うのって、見たことなかったですし」
イーグもエッザールもなに呑気なこと言ってるんだ……つーか俺だけかよここまで焦ってるのは!

肉の塊の化け物とナウヴェルの背格好は同じくらい。オマケに手足の太さだって同クラスだ。しかし奴らに存在しないのは頭部だけ。どうやって見て、感じるのか今もって不明だ。
土煙の中から現れた化け物は十体ほど。みんな巨大な岩やら木を引っこ抜いただけの棍棒を手にしている。あいつらが一斉に襲いかかってきたら、いくらナウヴェルだって……

と思ったが、あいつの強さは比べ物にならなかった。
いや、それより……以前あいつが南の島で見せてくれた時以上に俊敏で、しかも化け物の弱点をすでに知っていたかのような的確な動き。
あいつの手にした巨大な棍棒は、鉄の氷柱を荒く削り出したかのような粗雑な造りだった。しかも持ち手以外は至る所イバラの棘みたいに鋭く尖っている。

ー来いー
とあいつが言ったのかどうかはわからないが、ナウヴェルが少し顎を誘うかのように動かした直後、無秩序に歩き回っていた化け物たちは、ゆらりとその巨大な身体を一つの場所……そう、ナウヴェルに向かって進めていった。何か一つの意思で統一されているかのような、ぴたりと揃えられた足並みを響かせてきて、とにかく気味が悪かった。
が、あいつはもちろんそんなことに怯むわけでもなく、逆に自ら間合いを詰め……

早い、じゃなく、疾い!
前傾で一気に距離を詰めるや否や、前衛の二体の化け物の脚を刈った。あれは棍棒じゃない、鋭い刃の塊なんだ。
続く攻撃を左腕に巻いた鎖で受け止めると、大きな火花が飛び散った。だがナウヴェルは臆すことなく、その太い胴体を一息で断ち斬った。
そして今度は鎖の先についた鉄球を投げつけた。
だが先にいる相手には当たらず……
いや違う。そこから大きく振り回し、物凄い速度をつけ、そして……
イーグの爆薬が命中したかのように、鉄球の直撃を受けた化け物は見る影もなく四散した。
「すげえ……」俺たちは食い入るようにその戦いに魅入っていた。
これが、ナウヴェルの本当の力なのか。
そして、もう二度と見られない戦いなんだ、と。
もったいねえ……これから一緒に組んで戦ってみたかった。
けど、これがあいつの選んだ道なんだよな……

っと、そういえばマティエとジールはどこにいるんだ?

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