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第二十五話 ノゾミ

 戴宝式の翌日。
 カムラ聖堂院の入学式まであと9日。
 ある程度家事を覚え、余裕のできた俺は木刀を使い、中庭で素振りしていた。

「ふぅ」

 早朝、素振り千本を終えた俺は頬を掻く。

……まだ見られている。

 外に出てからずっとだ。本人は身を隠せているつもりなのだろうか?
 いやね、人間時代の俺なら気配に気づきもしなかっただろうけど、今の竜の耳、竜の目を持つ俺からするとバレバレなんだよな。

「えっと、何か用かな~? ノゾミ君」

 俺は屋根の上にいる人物の名を口にする。

「さすがですねっ! ダンザさん!」

 ノゾミ君は嬉しそうな表情で飛び降りた。凄いな。二階建ての家の屋根から飛び降りて無傷だ。ステータスの高さが伺えるな。
 ユウキの従兄弟、ノゾミ=ラスベルシア。白い髪の少年で、とても綺麗な顔立ちをしている。

「凄いです! たった5分で素振り千本を終わらせるとは!」
「きっちり千本カウントできてる君も十分凄いよ。昨日の内に家に帰ったんじゃないのかい?」
「あなたに会いたくて、昨日は本邸の方に部屋を用意してもらい泊まりました」

 ノゾミ君はずっと目をキラキラ輝かせている。なにか期待されているようだが、なにを期待されているかさっぱりわからない。

「えーっと、君は俺になにをしてほしいの?」
「そ、それはですね……もし、もしよろしければなのですが、手合わせ願えないかと!」

 ノゾミ君は腰に木刀を掛けている。最初から俺に手合わせを挑むつもりだったのだろう。

「いいよ。俺も対人戦の修行がしたかったところだ」

 この子ならいい相手になりそうだしな。

「で、では! よろしくお願いします!」
「うん。よろしく」

 ノゾミ君は深くお辞儀した後、すぐに斬りかかってきた。

「はぁ!!!」

 カン! カン! カン! と打ち合いの音が庭に響く。
 この子、体が柔らかい。体を大きく捻って勢いをつけ、鋭い一撃を叩きこんでくる。手首の返しもキレがあって太刀筋に幅を出してくる。

 ノゾミ君は身長差を活かし、俺の足もとを狙ってくる。背の低いノゾミ君の下段攻撃を防御するのは難しい……が、なんとか腰を落として捌く。ノゾミ君は俺が腰を完全に落としたことを確認すると、今度は頭を狙ってきた。
 下を狙い、姿勢を下がらせて顔面を狙うか。上手いな。だが甘い。
 俺は顔面への攻撃を頭を振って躱し、空いた脇を打つ。

「うっ!」

 ノゾミ君は顔を歪め、わき腹を押さえる。しまった、やり過ぎたか?

「大丈夫か?」
「心配はいりません。やはりやりますね。今の上下の揺さぶりは師範にも通じたのですが、簡単に避けられてしまった」
「問題は避けられたことより、顔面を狙い過ぎて脇が空いたところだ。せっかく柔らかい体を持っているんだから、もっとコンパクトに体を使った方がいい……っと、ごめんごめん。偉そうだったかな?」
「まさか! どんどんアドバイスください!」

 にかーっと笑うノゾミ君。
 なんだこの子、かわい過ぎるだろ。この純粋さをちょっとはユウキに分けてほしい。

「なにをしているのですか」

 中庭に、新たな客――ユウキがやってきた。

「ノゾミさん、一体ここでなにを」
「お前には関係ないだろ。あっち行ってろ根暗」
「関係あります。ここは私の家の中庭ですよ。私の許可なく入れば不法侵入です」

 ユウキとノゾミ君が火花を散らす。
 アイだけじゃなくてノゾミ君とも仲が悪いのか。

「――はぁ。まったく、あなたもアイさんと同じですか」
「僕はアイとは違う。僕はお前が呪いの子だから嫌ってるんじゃない。普通にお前の性格が気に入らないから嫌っているんだ」

 まっすぐな人格批判だな。

「そうですか」

 ユウキはちょっと嬉しそうだ。魔神関連でとやかく言われるよりはこうやって人格を、自分自身を批判された方がマシなんだろうな。

「そういえば、お前はダンザさんと鍛錬はしているのか?」
「いえ、たまにコンビネーションの確認をするだけで、共に鍛錬はしませんね」
「ん? じゃあ刀術を教わったりもしてないのか。ふん、宝の持ち腐れだな。これだけの達人がいるのに何も教わらないとか馬鹿としか言いようがない」
「……なるほど。それは言えてますね」
「僕はまだこの方と鍛錬を続ける。引っ込んでいろ」

 ユウキは少し考え込んだ後、「わかりました」と屋敷の中へ帰っていった。

「さ! 邪魔者も消えたことだし、続けましょう! ダンザさん!」
「切り替えが凄いな……」

 それから二時間近く、俺はノゾミ君と手合わせをした。

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
「ここまでにしようか」
「まだまだ……やれます!」
「休憩は大事だよ。俺がここまで強くなれたのは食事と休憩の力が大きい」

 ていうかほとんどが全てだ。

「君も強くなりたいなら休むこと、食べることを疎かにしないことだ」
「はい! じゃあ休みます!」

 ほんっと素直な子だな~。

「ダンザ様、ノゾミ様」

 執事のヴァルジアさんが庭に入ってきた。

「お風呂の準備ができました。どうぞ、鍛錬の汗を流してくださいませ」
「すみません。ありがとうございます」
「ありがとうございます!」

 さてと、お言葉に甘えて風呂に入ろうかな。

「ダンザ様、先にお風呂どうぞ」
「ん? いや一緒に入ろうよ。ここのお風呂大きいし、二人でも余裕だよ」
「え!?」

 なぜかノゾミ君は顔を赤くする。

「えっと、でも、それはさすがに……どうなんでしょう」
「あ! ごめんごめん! そうだよね。さすがにアレだよね。リザードマンと入るのはきついよね」
「い、いえそんなことはありません!」

 いやいやきついだろ。俺も人間時代だったら拒否感あるもの。

「……そっか。種族が違うんだし……性別が違くても……うん、気にすることないか。歳も離れているだろうし……」
「どうしたの?」

 ノゾミ君は俯いた顔を勢いよく起こす。

「やっぱり一緒にお風呂入ります!」
「別に無理しなくていいよ」
「いえ! 無理なんかじゃありません。ちょっぴり恥ずかしいですが……大丈夫です! お背中流させてください!」
「ははっ、じゃあ頼もうかな」

 俺はノゾミ君と一緒に風呂場に向かった。
 酷い勘違いをしているとも知らずに――

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