生贄の間
足元がみっともないって言うからでっかいサンダル履かされたんだが、歩くたびパタパタうるさいからすぐに捨てた。
さて、俺たちがいま歩き続けている道、というか荒削りなトンネルなんだが、ルッツェル邸で予言書と同時に見つかったものだと聞いた。この道こそが奴の元に行く通路なんだとジジイは教えてくれた。とはいえお偉いさんをそこまで連れて行くわけにはいかないから、生贄役の俺とチビ、そして先導するルースの三人で行くこととした……んだが、チビのやつ、さっきからずっと俺と距離を取ってるんだ。ルースにべったりしたまんま。
「いつものラッシュじゃないからかな? さっきから怪訝そうな目でずっと見てるし」
俺が言うのもなんだが、女の格好したのを見たときからだ。チビがなんかよそよそしくなったのは。全く近寄ろうともしねえ。
「やだ、おとうたんじゃない」その一言だけ。
「僕が言うのもあれだけど、ラッシュのその格好すごく似合ってるよ。男とか女とか抜きにして」
「ありがとう、ルース」
「いや、その変な口調だけは却下」
思わず俺は胸の中で舌打ちしちまった。
「そういやルース……マティエもそうだが、もしかしてお前、男みたいな女が好きなのか?」
「えっ」前を行く小さな背中がピクッと一瞬、固まった。
なるほどな、こりゃ図星かも。
どのくらい歩いたんだか分からなくなってきた。ルースが手にしたロウソクもかなり短くなってきたし、洞窟の壁自体も荒削りを通り越して、もはやただの洞穴と化してきた、そんな時だった。
ヒュウ、と奥から風が吹き、ロウソクの火が消えた。
「やべっ、火が!」
「いや、もうすぐだ!」こんな時に焦る俺とちがって冷静なルースは心強い。
つまり風が吹いてきたってことは、出口もしくは大きな空間が存在するってことだ。
まあ、火が消えたっていっても俺たちはある程度なら夜目が効くし。だがチビを心配させたくないから足早に。
すると……前方に、青く光る出口らしきものが見えてきた。
「青……? なんでこんな場所に」
ゆらゆらと、その光はまるで海の中みたいにゆっくりと揺らいでいた。
その青さに惹かれるかのように、ルースも俺も自然と駆け足になっていった。
目の前に大きく広がったのは、出口ではなく、自然に作られたかのようなドーム状の巨大な空間。
「青水晶……すごい! しかも天井から壁から同じものでできている!」
以前、南の島でナウヴェルと戦った部屋よりずっと高い屋根。しかも青ではなくもはや透き通った白銀の輝きを魅せていた。
あたりを見回しても、俺たちが入ってきた道以外なにもない。
つまりは、ここが……
ーよく来たな、我が生贄よー
突然、部屋全体を震わす声が響いてきた。
若い青年のような、アスティとかパチャに近いくらいの年齢の声だろうか。いや、それが男か女かもいまいち区別できない声質だ。
「よ、予言書に従って二人の生贄を連れてきた!」
案内係を買って出たルースが、はやる胸を押さえて天井へと声を上げる。
ーふむ、悪くないな。特にその女性ー
「おま……あなたがここの主、ズァンパトゥか?」俺は野太い地声を出さないようゆっくりと話しかけた。
ーえっ?ー
「えっ?」唐突に疑問な声に変わる。思わず俺も釣られて返しちまった。
ーあのさー、それ姫さんが勝手に付けた名前でしょ。あれ好きじゃないんだよなー。つーか姫さんネーミングセンス無さすぎなんだもんー
「「……」」その声に呆気に取られた俺たちは、返す言葉もなかった。