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天の前

「私の中に……沖津鏡(おきつかがみ)が!?」

目を見開き、絶句する鈴。

「それは……どういうことだ!?」

思わず時空が叫ぶ。

「話はあと……アイツを倒す方が先よ」

仄はその質問を遮ると、鈴の顔を見据えた。

「鈴さん、よく聴いて。今、道返玉(ちかえしのたま)には、沖津鏡の神宝図が浮き出ているはず……その頁を破り捨てて頂戴」

予想だにしない仄の言葉に、鈴は目を丸くした。

「頁を……破り捨てる?」

「早くっ!」

茫然と立ち尽くす鈴に、仄の(げき)が飛ぶ。
ハッと我に返ると、鈴は慌ただしく古書を開いた。
七色に輝く頁には、仄の言う通り一つの神宝図が現れている。

大きな鳥居を()した形状──

沖津鏡だ。

鈴は一瞬、時空の方を(かえり)みた。

険しい表情で頷く時空。 

少女は頷き返すと、再び古書に目を落とした。

「では……いきます!」

意を決したように叫ぶと、鈴はその頁を引き剥がした。


ボワァァっ!!


突然、鈴の体が目も眩むほどの閃光に包まれた。

「こ、これって!?」

虹色に輝きながら、鈴が驚き声を上げる。

「わ、私……一体!?」


パァァァーン!!


光は波のように大きくうねり、次の瞬間に風船のように弾けた。

中から、無数の光の粒子が飛散する。

それらは雨粒のごとく、疲弊した少女たちに降り注いだ。

それを浴びた一人一人の体に、異変が起こる。

変容していた体が、元に戻り始めたのだ。

「え、な、なんで!?」

「何?どういうこと!?」

次々と驚きの声が上がる。

さらに、元の姿に戻った体からは、個々の神器が離脱し始めた。

USB、筆、ドラムスティック、リストバンド、ペンダント、そして「みょ〜」と鳴くミョウの体も……

それぞれ空高く舞い上がると、様々な色の光球へと姿を変えた。

そして今度は、そのまま一点に向かって急降下した。

向かう先は時空の構える神器──八握剣だ。

まるで、吸い取られるように剣に吸収される光球。

最後に「みょ〜」と鳴く光球が姿を消すと、剣の光度が急激に増幅し始める。

「こ、これは!?」

今度は時空が、驚きの声を上げた。

剣が放つ青藍の輝きは、これまでの比では無かった。
刀身を覆う光が、太陽のコロナのごとく波打っている。
とてつもないエネルギーが、体の中に流れ込んできた。

「それが沖津鏡の力……《神器の能力を一つに集約する力》よ。今あなたの剣には、【十種神宝(とくさのかんだから)】全ての能力が結集している。皆の思いがこもった、新しい八握剣となったの」

仄が声高に説明する。

「それでアイツを倒すのよ、時空!」

最後にそう叫ぶと、仄は大きく頷いてみせた。

「皆の思いのこもった、新しい八握剣……」

呟く時空の瞳にも、これまでに無いほどの輝きが宿る。

剣にみなぎる気勢が、全てを物語っていた。

「分かった……皆、ありがとう!」

敵に対峙したまま、声を上げる時空。

その光景を見ていた尊や柚羽たちも、ようやく状況が飲み込めた。

神器の能力を集約できる神器。

それぞれの神器が、人外の異形を倒せるだけの力を有している。

それが一つにまとまった時、一体どれほどの威力を発揮するのか想像もつかない。

まさに、【最後の切り札】と呼ぶに相応しい神器だ。

「時空、気をつけて!」

「先輩、任せたっすよ!」

「頑張ってください、時空さん!」

尊たちが、口々に声援を送る。

時空は大きく頷くと、改めて剣を正眼に構え直した。

体から溢れ出る闘気が、バリバリと大気を震わせる。
 
「私たちは避難しましょう。神器が無ければ、時空の足手まといになるだけだから」

尊の冷静な判断に、皆同意の色を浮かべる。

「フハハハっ!なんだそのフヌケた剣は?多少闘気が上がったくらいで、我に勝てると思うたか」

その様子を眺めていた長髄彦が、(あざけ)るように笑う。

「思っているさ。皆の熱き思いが、この剣には宿っているんだ……さあ、勝負だっ!長髄彦」

そう言い放つと、時空は真正面から斬り込んだ。

「馬鹿め!死ね!」

長髄彦の周りを渦巻いていた廃材が、飛弾となって襲いかかった。

一つ一つが、鋼鉄以上の硬度を有している。

先ほどは、八握剣でも断ち切れなかった。

だが……

今俺の手にあるのは、新しき八握剣。

皆の力で、生まれ変わった剣だ。

決して……負けはしない!

鳴動光波(クェイク・ライトニング)!」

掛け声と共に、時空は剣を地表に突き立てた。

たちまち地面が裂け、黄金の光が噴き出す。

よく見ると、砂礫(されき)の一つ一つが黄金の輝きを放っている。


ガガガっ!!


激しい衝撃音を伴い、光の壁が廃材の飛弾を(はじ)き返した。

「な、なにっ!?」

驚き声を上げたのは長髄彦だった。

「き、きさま!何をした」

その声色から、明らかに動揺しているのが分かる。

「尊と幽巳の神器を合わせた新しい技さ。俺の闘気で防御力も倍増している。お前の攻撃など効かん!」

光の壁を前に、時空が言い放つ。

跳ね返された廃材が、そのまま長髄彦への攻撃となって返っていく。

次々と降りかかるそれを、怪物はクレーンで叩き落とした。

「おのれっ!」

その後も、何度か廃材の飛弾を飛ばすが、結果は同じだった。

一向に埒があかず、長髄彦は一旦廃材の渦を止めざるをえなかった。

「今度は、こちらから行くぞ!」

悔しがる長髄彦に、時空は引き抜いた剣を振りかざした。

そのまま、空中に文字を描く。

蛇王の御霊(スネーク・スピリット)!」

裂けた空間に閃光が走り、何かが出現した。

動物では無い。

それは《蛇の形をした黒い頭髪》だった。

柚羽の筆法を使い、霊那の蛇王を呼び出したのだ。

これもまた、沖津鏡による新しい技であった。

無数の蛇が、うねりながら長髄彦に襲いかかる。

「くっ!こしゃくな」

体にまとわりつく蛇に、怪物は鋭い爪を突き立てた。

強靭な腕力で、次々と引きちぎっていく。

だが、それも長くは続かなかった。

圧倒的に数で勝る蛇は、着実に怪物の生気を吸い取っていく。

「ぐうっ……」

長髄彦の口から呻き声が漏れる。

異形から進化した怪物とは言え、さすがに疲弊の色は隠せなかった。

その状況を見極めた時空の目が光る。

「これで終わりだ!長髄彦」

そう叫び、時空は大きく跳躍した。

怪物のはるか上空で、八握剣を振り下ろす。

凍える裂閃(アイシング・レイション)!」

最後は、凛と晶の神器を合わせた技だった。

巨大な鎌の形をした氷塊が、怪物の上半身を直撃した。

「ギェェェェェっ!!」

断末魔の雄叫びを上げ、怪物がのけぞる。

黒い血飛沫らしきものが、胸元から噴き出した。

「そ、そんな……バカな!?我は無敵の……はず……」

血の泡を飛ばしながら、苦しげに身悶える。

流血と共に、急速に力が失われていくのが見てとれた。


「またしても負けるのか……神武に……お、おのれ……おのれ……」


地響きをたて、怪物の体が地面に倒れ込んだ。

震える手が、悔しそうに何度も空を掴む。


「……お……のれ……じん……む……」


言葉が途絶え、体もピクリとも動かなくなった。

大和国(やまとのくに)(おさ)、長髄彦の最後だった……


着地した時空は、片膝をついて体を支えた。

肺から溢れ出る息で、激しくむせる。

あらゆる神器の力を発動した事で、体力の消耗も尋常ではなかった。

呼吸を整え立ち上がると、再び八握剣から光球が弾け飛んだ。 

持ち主の元に帰っていったのか。

なぜか、時空にはそれが理解できた。

神器は再び、それぞれの継承者の手に戻ったのだと。


時空は肩で息をしながら、長髄彦の亡骸(なきがら)を見下ろした。
容姿が醜い怪物から、普通の人間に戻っている。

息絶えるまで神武天皇への怨みを抱き続けた姿に、時空の心境は複雑だった。
饒速日命に騙されたとは言え、神武天皇が大和国を制圧したのは事実だ。
長髄彦とて、元から怪物だった訳では無い。
国を、民を愛するがゆえ、その所業が許せなかっただけなのだ。
そしてなんとしても、死んでいった者たちの無念を晴らしたかったに違いない。

たとえそれで、人外の魔物に身を落とす事になろうとも……

「仕方ないのよ、時空……」

いつの間にか、傍らに寄っていた仄が呟く。

「神武天皇も長髄彦も、国や民を思う気持ちは同じだった。悪いのは、そんな彼らの心を利用した饒速日命。全ての悪の元凶を、一刻も早く断つのが私たちの使命よ。大切な人々を守るために……」

穏やかな口調で語りかける仄。
その言葉が、時空の傷心を僅かに癒した。

「ほら、《あなたの大切な人》が来たわよ!」

肩を叩かれ、時空は静かに顔を上げた。

「やったわね、時空!」

「すごいっす!先輩」

「時空さん、お怪我は無いですか!?」

そこには、笑顔で駆け寄って来る仲間の姿があった。

時空を守るべく、継承者の宿命を負った者たち──

そして、何より大切な友──

そうだ!

俺が今守るべきは、コイツらの笑顔。

今の世に生きる人の命なんだ。

そのためにも、早く饒速日命を見つけないと……

奴の野望を阻止しなければ!

気付けば、時空も手を振って応えていた。

疲れた中にも、笑顔を浮かべながら。

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