明の巻
「
初めて耳にするその名に、時空は首を傾げた。
「
それまで後方に控えていた鈴が、
「
鈴が、記憶にある史書のポイントを抜粋し説明する。
「金色の……霊鵄?」
「【霊鶏の蒼炎】の事よ……
隣に立つ仄が、意味深な表情で補足する。
「数百の軍勢と八握剣をもってしても相当苦戦した相手……つまり、それだけ手強いという事よ」
神として、実際にその場を見てきただけに、重みのある台詞だった。
「フフ、さすが
そう言って、赤角──長髄彦は、不敵な笑みを浮かべた。
「あの奥義さえ無ければ、我は確実に彦火火出見の息の根を止めらたのだ。我の
長髄彦が
「でも確か史書では、長髄彦は信奉する
「何っ!饒速日命に……殺されたのか!?」
鈴の言葉に、時空が思わず声を上げる。
「はい。彦火火出見に敗れた事を認めず、饒速日命の制止を聞かなかった……それで剛を煮やした饒速日命が、命を絶ったと……」
「フフフ……馬鹿な事を」
それを見た鈴の体が、一瞬硬直した。
「
腹の底に響くような声だった。
顔に張り付いた笑みが、次第に異様な角度にねじ曲がり始める。
「御神は申された……私と共に来るがいい。神武天皇の
そう言って、長髄彦は両手を広げた。
陶酔した表情で、天を見上げる。
両眼は血走り、吊り上がった口から泡が飛び散った。
「コイツ……どうやら饒速日命に
そう言って、仄は唇を噛み締めた。
「じゃあ、あの異形たちは……!?」
思わず言葉を詰まらす時空に、小さく頷いてみせる仄。
「皆、
納得したように言い切る仄の顔を、時空はまじまじと見返した。
騒乱の……道具!?
あんな化け物たちが、現代に放たれたりしたら、一体どうなる?
普通の人間など、ひとたまりも無いのでは無いか?
全く……なんて奴だ!
時空は、湧き上がる怒りに身を震わせた。
「……この
鋭い眼光で睨む時空にはお構いなく、饒速日命への赤角の称賛が続く。
「見るがいい!生まれ変わった我の真の姿を!」
最後に絶叫すると、長髄彦は両拳を固く握り締めた。
全身から尋常では無い瘴気が
赤く変色した身体が、《何か別のもの》に変わろうとしていた。
数え切れぬほどの突起物が表皮を覆い、背中からは蜘蛛の脚に似た触手が突き出した。
耳元まで裂けた口には牙が生え、長い舌が垂れ下がる。
巨大化した額の角が、赤黒い光沢を放っていた。
それはもはや人では無く、例えようも無く
その様相を目にした少女たちの身に戦慄が走る。
恐ろしいほどの殺気に、皆硬直して動けなかった。
シャァァァァァ……っ!!!
その元長髄彦だった怪物が、巨大な遠吠えを上げる。
凄まじい振動に、思わず耳を塞がねばならなかった。
「一体……アイツは何なんだ!?仄」
驚愕の表情で、時空が問いかける。
「分からない。奴の強い怨念から饒速日命が創り出した生き物……もはや、人でも古の異形でも無い、《別の何か》よ」
さしもの仄も、困惑の色を隠せなかった。
「いずれにしても、今までの相手とはレベルが違うわ」
それは、時空にも感じ取れた。
怪物から発散されるオーラは、闘気と言うよりは強烈な瘴気だった。
対峙しているだけで、こちらの体力が吸い取られていく。
見回すと、少女たちにも苦悶の色が浮かんでいた。
「これは……長引くと危険だ」
「短期決戦しかないわね」
時空と仄は顔を見合わすと、二手に分かれた。
「俺たちが突破口を開く。皆、用心しろ!」
そう声を掛けると、時空は怪物の背後に回り込んだ。
「
そのまま首筋目掛けて斬りかかる。
ガキィィィーーンっ!
甲高い金属音を伴い、何かが真っ二つに裂ける。
が、それは怪物の体では無かった。
見ると先ほどの巨大なクレーンが、怪物のまわりを取り囲んでいた。
クネクネと揺れ動くそれは、天井から吊り下がった単なる機械では無い。
一本一本が、まるで生き物のように
「こ、これは!?」
「ふっ……驚いたか」
思わず声を詰まらす時空に向かって、怪物は鼻を鳴らした。
「我の身は、すでにこの廃工場と一体化している。この建物にあるもの全てが、我の意のままに動く。お前たちは《我の体の中》で闘っているのだ!」
怪物の顔に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。
先ほどのクレーンの襲撃は、コイツの仕業だったのか。
だが全てのクレーンを切り落とせば、コイツは丸裸になるはず……
やるしかない!
意を決すると、時空は仄の方を
同じようにクレーンと対峙していた仄が、その視線に気付く。
意思疎通を図った二人は、左右から同時に斬りかかった。
「無駄だ」
身動き一つせず、怪物が言い放つ。
「
掛け声と共に、怪物の体から得体の知れない黒煙が噴出した。
あたりに散らばる廃材や棚が、見る見るうちに怪物に引き寄せられていく。
それらは次第に、怪物の周りで渦を巻き始めた。
キィィィィィ……ン!!
甲高い金属音と共に、時空と仄の攻撃が跳ね返された。
まるで竜巻のような廃品の渦は、完全に怪物をガードしている。
さしもの時空や仄の剣でも、突破するのは容易ではなかった。
「くっ……なんだ、この渦は!?」
八握剣でも、破砕できないだと!?
言いようの無い衝撃が、時空を襲う。
「倉庫内に張り巡らしたアイツの瘴気が、廃材の硬度を増幅してるみたいね。鉄よりもはるかに硬いから、私たちの斬撃も通用しないのよ。しかも、それを回転させて身を守っているので、付け入る隙も無い」
「工場と一体化したとは、そう言うことか」
仄の説明に、時空は吐き捨てるように応えた。
「フン!無駄だと言ったろ。これが我の力だ。この建屋内のもの全てが、我の体の一部なのだ。たとえお前たちでも、我には指一本触れられぬわ。さあ、分かったら此処で大人しく死ね!」
そう叫ぶと、怪物はまた両手を広げた。
それを合図に、渦の中から
それは周囲に散らばる少女たちに、飛弾となって降り注いだ。
「
「鳴動拳!」
尊の放つ光の壁と、幽巳の起こした
なんとか凌いではいるが、長くは持たない。
それは、尊と幽巳の苦しげな表情が物語っていた。
「くそっ!こうなったら……」
時空は咄嗟に仄に目配せした。
もはや奥義を使うしかない!
かつて倒せたのなら、今の自分にも出来るかもしれない……
意を汲み取った仄が、
それに合わせるように、時空も
「真龍飛炎《しんりゅうひえん》!!」
仄の剣から白き炎が噴き出す。
「
時空の剣からも青き炎が噴き出した。
二つの剣から
が……
その体には、傷一つ付いていなかった。
周囲を覆う渦が防御壁のように遮ったからだ。
それだけではない。
跳ね返された炎が、逆に時空と仄に降りかかった。
瞬時に回避するも、激しい衝撃が二人を
時空は肩口に傷を負い、仄の衣服は
「フハハハ!無駄だ、無駄だ!今の我にお前らの奥義など効かん」
平然とした顔で、怪物が笑い飛ばす。
その様子を見て、時空は唇を噛み締めた。
このままでは、全員やられてしまう。
だが、コイツに八握剣は通用しない。
一体……どうすれば……
「こうなったら、最終奥義を使うしか無さそうね」
時空の心中を読み取ったかのように、仄が声を上げる。
「最終奥義?だが、霊鶏の蒼炎は奴には……」
驚く時空の顔を、仄が輝く瞳で見返す。
「時空、あなたにはまだ《最後の切り札》が残ってる」
「最後の……切り札?」
唖然とした声で繰り返す時空。
「鈴さん、あなたの力を借りるわよ」
突然の仄の呼びかけに、鈴が飛び上がる。
「私のチカラ……
鈴が、驚いた顔で
「いえ、【
「最後の神器って……!?」
晶と凛の揃って驚く声が
「