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明の巻

長髄彦(ながすねひこ)……!?」

初めて耳にするその名に、時空は首を傾げた。

彦火火出見(ひこほほでみ)の東征にて、幾度も闘った大和国(やまとのくに)の指導者です」

それまで後方に控えていた鈴が、(おもむろ)に口を開く。

(いくさ)で連敗を喫していた彦火火出見が、最後に金色(こんじき)霊鵄(れいし)により倒したとされています」

鈴が、記憶にある史書のポイントを抜粋し説明する。

「金色の……霊鵄?」 

「【霊鶏の蒼炎】の事よ……八握剣(やつかのつるぎ)の奥義を会得した彦火火出見が、それを使ってやっと勝つ事ができた」

隣に立つ仄が、意味深な表情で補足する。

「数百の軍勢と八握剣をもってしても相当苦戦した相手……つまり、それだけ手強いという事よ」

神として、実際にその場を見てきただけに、重みのある台詞だった。

「フフ、さすが天照大神(あまてらすおおかみ)……(われ)の恐ろしさをよく知っておられる」

そう言って、赤角──長髄彦は、不敵な笑みを浮かべた。

「あの奥義さえ無ければ、我は確実に彦火火出見の息の根を止めらたのだ。我の()べる地を荒らした、憎き盗っ人の息の根を……」  

長髄彦が歯軋(はぎし)りしながら、苦々しげに吐き捨てる。

「でも確か史書では、長髄彦は信奉する饒速日命(にぎはやひのみこと)誅殺(ちゅうさつ)されたはず……」

「何っ!饒速日命に……殺されたのか!?」

鈴の言葉に、時空が思わず声を上げる。

「はい。彦火火出見に敗れた事を認めず、饒速日命の制止を聞かなかった……それで剛を煮やした饒速日命が、命を絶ったと……」

「フフフ……馬鹿な事を」 

(いぶか)しげな表情で語る鈴に、長髄彦が皮肉な笑みを向ける。
それを見た鈴の体が、一瞬硬直した。

饒速日(にぎはやひ)御神(おんかみ)がなされたのは、誅殺などでは無い……あの方は、我を生まれ変わらせて下さったのだ……そう。八握剣をもってしても倒せぬほどの、強大な存在にな!」

腹の底に響くような声だった。
顔に張り付いた笑みが、次第に異様な角度にねじ曲がり始める。

「御神は申された……私と共に来るがいい。神武天皇の転生人(まわりびと)を殺し、積年の怨みを晴らすのだ、と!」

そう言って、長髄彦は両手を広げた。
陶酔した表情で、天を見上げる。
両眼は血走り、吊り上がった口から泡が飛び散った。

「コイツ……どうやら饒速日命に(そそのか)されて、一緒に転生してきたみたいね。一度異形の身となったものは、転生後も変わる事は無い。饒速日命はそれを利用したのよ」

そう言って、仄は唇を噛み締めた。

「じゃあ、あの異形たちは……!?」

思わず言葉を詰まらす時空に、小さく頷いてみせる仄。

「皆、(いにしえ)の世から連れて来られた物怪(もののけ)たちよ。この世に騒乱を起こすための道具としてね」

納得したように言い切る仄の顔を、時空はまじまじと見返した。

騒乱の……道具!?

あんな化け物たちが、現代に放たれたりしたら、一体どうなる?

普通の人間など、ひとたまりも無いのでは無いか?

全く……なんて奴だ!

時空は、湧き上がる怒りに身を震わせた。

「……この(つの)も、この顔も、そしてこの身体も、全て憎き神武天皇を倒すために、御神が与えて下さったもの」

鋭い眼光で睨む時空にはお構いなく、饒速日命への赤角の称賛が続く。

「見るがいい!生まれ変わった我の真の姿を!」

最後に絶叫すると、長髄彦は両拳を固く握り締めた。

全身から尋常では無い瘴気が(あふ)れ出る。

赤く変色した身体が、《何か別のもの》に変わろうとしていた。
数え切れぬほどの突起物が表皮を覆い、背中からは蜘蛛の脚に似た触手が突き出した。
耳元まで裂けた口には牙が生え、長い舌が垂れ下がる。
巨大化した額の角が、赤黒い光沢を放っていた。

それはもはや人では無く、例えようも無く凶々(まがまが)しい怪物だった。

その様相を目にした少女たちの身に戦慄が走る。
恐ろしいほどの殺気に、皆硬直して動けなかった。


シャァァァァァ……っ!!!


その元長髄彦だった怪物が、巨大な遠吠えを上げる。
凄まじい振動に、思わず耳を塞がねばならなかった。

「一体……アイツは何なんだ!?仄」

驚愕の表情で、時空が問いかける。 

「分からない。奴の強い怨念から饒速日命が創り出した生き物……もはや、人でも古の異形でも無い、《別の何か》よ」

さしもの仄も、困惑の色を隠せなかった。

「いずれにしても、今までの相手とはレベルが違うわ」

それは、時空にも感じ取れた。

怪物から発散されるオーラは、闘気と言うよりは強烈な瘴気だった。
対峙しているだけで、こちらの体力が吸い取られていく。
見回すと、少女たちにも苦悶の色が浮かんでいた。

「これは……長引くと危険だ」 

「短期決戦しかないわね」

時空と仄は顔を見合わすと、二手に分かれた。

「俺たちが突破口を開く。皆、用心しろ!」

そう声を掛けると、時空は怪物の背後に回り込んだ。

神武至天流八咫烏(じんむしてんりゅうやたがらす)!」

そのまま首筋目掛けて斬りかかる。

ガキィィィーーンっ!

甲高い金属音を伴い、何かが真っ二つに裂ける。 

が、それは怪物の体では無かった。

見ると先ほどの巨大なクレーンが、怪物のまわりを取り囲んでいた。

クネクネと揺れ動くそれは、天井から吊り下がった単なる機械では無い。

一本一本が、まるで生き物のように(うごめ)きながら怪物の身を守っていた。

「こ、これは!?」

「ふっ……驚いたか」

思わず声を詰まらす時空に向かって、怪物は鼻を鳴らした。

「我の身は、すでにこの廃工場と一体化している。この建物にあるもの全てが、我の意のままに動く。お前たちは《我の体の中》で闘っているのだ!」

怪物の顔に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。

先ほどのクレーンの襲撃は、コイツの仕業だったのか。

だが全てのクレーンを切り落とせば、コイツは丸裸になるはず……

やるしかない!

意を決すると、時空は仄の方を(かえり)みた。
同じようにクレーンと対峙していた仄が、その視線に気付く。
意思疎通を図った二人は、左右から同時に斬りかかった。

「無駄だ」

身動き一つせず、怪物が言い放つ。

破断鬼煙陣(はだんきえんじん)!!」

掛け声と共に、怪物の体から得体の知れない黒煙が噴出した。
あたりに散らばる廃材や棚が、見る見るうちに怪物に引き寄せられていく。
それらは次第に、怪物の周りで渦を巻き始めた。

キィィィィィ……ン!!

甲高い金属音と共に、時空と仄の攻撃が跳ね返された。
まるで竜巻のような廃品の渦は、完全に怪物をガードしている。
さしもの時空や仄の剣でも、突破するのは容易ではなかった。

「くっ……なんだ、この渦は!?」

八握剣でも、破砕できないだと!?

言いようの無い衝撃が、時空を襲う。

「倉庫内に張り巡らしたアイツの瘴気が、廃材の硬度を増幅してるみたいね。鉄よりもはるかに硬いから、私たちの斬撃も通用しないのよ。しかも、それを回転させて身を守っているので、付け入る隙も無い」

「工場と一体化したとは、そう言うことか」

仄の説明に、時空は吐き捨てるように応えた。

「フン!無駄だと言ったろ。これが我の力だ。この建屋内のもの全てが、我の体の一部なのだ。たとえお前たちでも、我には指一本触れられぬわ。さあ、分かったら此処で大人しく死ね!」

そう叫ぶと、怪物はまた両手を広げた。

それを合図に、渦の中から(おびただ)しい数の廃材が飛び出す。

それは周囲に散らばる少女たちに、飛弾となって降り注いだ。

波動光(ライトニングウェーブ)!」

「鳴動拳!」

尊の放つ光の壁と、幽巳の起こした石礫(いしつぶて)の壁が少女たちを防護する。 
なんとか凌いではいるが、長くは持たない。
それは、尊と幽巳の苦しげな表情が物語っていた。

「くそっ!こうなったら……」

時空は咄嗟に仄に目配せした。

もはや奥義を使うしかない!

かつて倒せたのなら、今の自分にも出来るかもしれない……

意を汲み取った仄が、双柱剣(ふたはしらのつるぎ)を前方に突き出す。
それに合わせるように、時空も八握剣(やつかのつるぎ)を突き出した。

「真龍飛炎《しんりゅうひえん》!!」

仄の剣から白き炎が噴き出す。

霊鶏(れいけい)蒼炎(そうえん)!!」

時空の剣からも青き炎が噴き出した。

二つの剣から(ほとばし)った烈火が、怪物を直撃した。

が……

その体には、傷一つ付いていなかった。

周囲を覆う渦が防御壁のように遮ったからだ。

それだけではない。

跳ね返された炎が、逆に時空と仄に降りかかった。

瞬時に回避するも、激しい衝撃が二人を(かす)める。

時空は肩口に傷を負い、仄の衣服は(すだれ)のように裂けた。

「フハハハ!無駄だ、無駄だ!今の我にお前らの奥義など効かん」

平然とした顔で、怪物が笑い飛ばす。

その様子を見て、時空は唇を噛み締めた。

このままでは、全員やられてしまう。

だが、コイツに八握剣は通用しない。

一体……どうすれば……


「こうなったら、最終奥義を使うしか無さそうね」

時空の心中を読み取ったかのように、仄が声を上げる。

「最終奥義?だが、霊鶏の蒼炎は奴には……」

驚く時空の顔を、仄が輝く瞳で見返す。

「時空、あなたにはまだ《最後の切り札》が残ってる」

「最後の……切り札?」

唖然とした声で繰り返す時空。

「鈴さん、あなたの力を借りるわよ」

突然の仄の呼びかけに、鈴が飛び上がる。

「私のチカラ……道返玉(ちかえしのたま)ですか?」

鈴が、驚いた顔で()き返す。

「いえ、【十種神宝(とくさのかんだから)】……《最後の神器》を使うわ」

「最後の神器って……!?」

晶と凛の揃って驚く声が木霊(こだま)した。

沖津鏡(おきつかがみ)……鈴さん、それは今、あなたの中にあるの」

しおり