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獣は肥えるよどこまでも②

「ブギャァァァ!!!」

唸りを上げて北千住の国道をミチミチに走り抜ける巨獣。その口先に一人の美女が。

「このまままっすぐ行けば公園です。」
「モーマンタイ! このペースなら追いつかれないわぁ!」

百尼(びゃくに)の横を走る公縞。

「ぜぇ、はぁ……百尼さん、積んだ食料を飛び越える形で食べさせて……後はこっちで起爆……もうダメ……」

公縞がみるみるスピードを落とす。

「最近の若い子はだらしがないわねぇ。」
「そうですね。」

やがて河川敷、公園が見えてきた。遠目に段ボールが家の高さほど積み上がっているのが分かる。

「アレねぇ。さぁ豚ちゃん、こっちよぉ♡ ん~まっ♡」

追いキッスを繰り出す。

「ブゴッ、ブゴォォォ!!!」

獣がいっそう足を速める。土手を下りて公園へ。段ボール群目掛けて全力疾走。

「ぬぁぁぁ!」
「ブォォォ!!!」

段ボールの目の前へ。百尼は大きな一歩を踏み出す。

「いぃぃぃやぁぁぁ!」

踏み出した足で地面を蹴り、大跳躍。大きな弧を描いて段ボール群を飛び越える。そして獣は大口を開け、段ボール群が口の中へ。

「今だ!」

公縞の声。押されるスイッチ。
閃光、轟音、大爆発。ぶっ飛ばされる百尼。

「ちょぉぉぉ?!」
「ブァァァ……」

獣は横転した。煙に包まれてシンと動かない。五十メートルほど離れたところで起き上がる百尼。近寄る公縞。

「ペッペッ、アタシごとイったじゃなぁい! ふざけんじゃないわよぉ! 公縞ちゃあん?! 治療費も上乗せよぉ!」
「百尼さんは治るでしょう。とにかく、なんとかなりましたね。」

立ち込める煙、燃える野原、蠢く影。

「……ブゥゥゥ。」

ズシンズシンと起き上がる巨体。

「え、ちょっとちょっとちょっとぉ?! マジィ~~~?!」
「そんな、ダメか……」
「ブォッ、ブゥゥゥォォォ!!!」

獣は天に向かって高らかに復活を叫んだ。

「どーすんのよぉ?! ピンピンしてるじゃなぁい!」
「タイミングは完璧だったのに……体が大きくなり過ぎて効かなかったのか、マズいな。」

獣は百尼を睨みつける。

「アタシにヘイト向いているわぁ?! 次、次の作戦はぁ?!」
「無いです。時間稼いでください。」

公縞が走り去る。

「おぃぃぃ! 逃げんなぁぁぁ!」
「ブガァァァ!!!」
「お前じゃなぁぁぁい!」

チェイスが再開した。ただ今度はゴールが無い。

「コイツどうしたらいいのよぉ~!」
「これ以上走り回ったら被害が広がります! 川に、川に逃げましょう!」
「川ねぇ、了解!」

千尋の提案を受けて川に飛び込む。

「ほぁぁぁ! バタフライ自由形ぁ!」

バシャバシャと泳ぐ百尼をよそに、獣は水辺で足を止めた。

「ありゃ? もしかして泳げない? ラッキー! このまま逃げよっとぉ。」
「ダメですって! でも泳げないのはいいですね。やっぱり海で溺れさせるしか……」

そう言っているうちに、百尼が違和感に気付く。

「……あれ? なんか全然前に進まないわねぇ。」

水をかけどもかけども前に進まない。むしろ後退している。

「ハッ?! もしかしてぇ?!」

振り返ると、

「ズゴゴゴォォォ!!!」

獣が開いたダムのような勢いで川の水を飲み干していた。その吸引力にとらわれる百尼。

「なんなのよぉ?! やめなさい、おお腹壊すわよぉ!」
「百さん、泳いで泳いで!」
「くっそぉぉぉ!」

しゃかりきに手足を動かすが、みるみる吸い込まれていく。

「え、ちょっとマジで食われる、食われちゃうってぇぇぇ?!」
「百さぁぁぁん?!」

そのまま口に入り、

「ブッフゥゥゥ、ングゥ。」

閉じられ、飲み込まれた。

「百さん?!返事してください、百さん?!」

しかし百尼の声は返ってこない。

「ブゴォォォァァァ!!!」

獣は勝鬨を上げた。

「百さん……」

獣、胃の中。

「ふんぎゃぁぁぁ?! ……べっ、べっ、あいったぁぁぁ!」

百尼が水とともに大きな大きな胃袋の中に流されてきた。

「何なのよもぉ~……スンスン、くっさぁ~い! こんなとこいられなぁ~い! 出てやるわぁ!」

口を目指して歩き出す。道中は消化中の食べ物と瓦だらけ。

「口はこの上かしらぁ?」

目線の先に大穴が空いていて、ボトボトと瓦礫が落ちてきている。

「よっ、ほっ。」

胃の壁をよじ登って食道に入る。

「べっとべとのぬっるぬるねぇ。さっさとお風呂に入んなきゃやってらんないわぁ。」

ぶつぶつ文句を言いながら食道を逆走する百尼。すると食道がガタガタと揺れ出した。

「ちょっとちょっと、まさかぁ……ぶげらぁっ?!」

突っ込んできたビルの残骸。正面衝突。食道をゴロゴロと転がって、ボチャン。胃に逆戻り。

「ビルなんか食うんじゃないわよぉ! 胃の中に街でも作る気ぃ?! ……おぉわぁっ!」
さらに残骸が落ちてきた。危うく潰されそうになる。

「きぃぃぃ~!」

地団太を踏む。踏んだ足から異音がした。

「ん? なんかジュージュー言って……あぁぁぁ?!」

靴が溶けてしまっていた。百尼の素足が露になる。

「勝手に消化すんじゃないわよぉ!」

思い切り胃を踏みつける。しかし何も起こらない。

「がぁぁぁーーー!!!」

**********

胃の外、北千住。
標的を食べ終わった獣は元気に徘徊を続けていた。その様子を眺める公縞(きみじま)

「これ以上はマズいな。高御堂さんが着くまで僕が時間稼ぎするしかないか……死ぬかもしれないけど。」

抜刀する。

「よし、行くぞ!」

勢いよく地面を蹴り、一気に詰め寄る。刀を構える。狙いは獣の口元。

「はぁぁぁ!」

力を込めて突いた。獣の肉をかき分けて刀が刺さっていく。

「……ブゥゥゥ。」
「クソッ、効かないか……」

公縞が苦い顔をした、そのとき、

「ブォッ?! ブギャァァァ!!!」

獣が突如苦しみだした。

「えっ?! 何だ何だ?!」
「ブゴッ、ブゴォォォ!!!」

倒れて悶える獣。腹に異変があった。まるで風船を破る鉛筆がごとく、何かが内側から腹を突き破らんとしていた。

「ひょっとして……百尼さん?!」

**********

胃の中。

「ずぅえりゃぁぁぁ!」

百尼が電柱一本を抱えて胃の壁に突撃。電柱の先が刺さり、大きく食い込んでミシミシ歪む。胃液と血が噴き出してくる。

「ぐっ……がっはぁ!」

胃の弾力に押し負けて跳ね返される。

「でもあと少しねぇ。やったらんかぁぁぁい!」

再度突進。さっきより深く刺さる。

「ブォォォ!!!」

胃の中に大きな叫び声が響き渡る。

「苦しんでるわねぇ。ざまぁみなさい、アタシをむざむざ口にした罰よぉ。」

電柱を抜く。壁は大きく抉れている。百尼は一歩下がり、腰を落として力を溜める。

「豚ちゃん、覚えときなさぁい。綺麗な薔薇にはねぇ……!」

電柱を大きく振りかぶる。

「トゲも毒も根性もあるのよぉぉぉ!!!」

ぶっ刺さり。先がどんどん深く沈んでいく。

「うぉらぁぁぁ!!!」

先から異音がして、光が差し込む。そして、

「ブッギャァァァ!!!」
「ばっはっはぁぁぁ!!!」

腹の皮が破けた。新鮮な空気が百尼の顔を叩く。胃液と血と水と瓦礫に流されながら脱出した。

「ふっ、ふっ、ふぅ~~~。さっすがにこれで、懲りたでしょお、ねぇ……?」

肩で息をしながら獣の様子を覗う。

「ブゥゥゥ……ブゴォォォ!」

獣が膝をつき、体を持ち上げる。

「えぇ……? お腹に穴空いてんのよぉ……? 引くわぁ……」
「ブシュッ、ブシュッ、ブゴァァァ!!!」

獣が鼻息荒くして百尼の方を向く。

「元気アリアリちゃんがぁ……アタシはもう疲れたわよぉ……」
「ブギャォォォ!!!」

突進してくる。

「こんの野郎ぉぉぉ!!!来いやぁぁぁ!!!」
「おーおーおー、どっちも威勢がいいこと。」

唐突に、百尼の背後から声。

「あぁ?」

振り向くと、無精ひげを生やした男がくわえタバコで立っていた。

「……はぁ、遅いのよぉ。」
「ごめんよハニー、仕事が忙しくてさ。」

タバコをポイ捨てする。

「後は任せな……ん? お前臭くね?」
「死にたいのぉ? 無駄口叩くんじゃないわよぉ。」
「はいはい。」

高御堂が二歩、三歩前に出る。獣はすぐ目の前に。

「ブッバァァァ!!!」
「ふぅ。」

高御堂、抜刀。

「お前にも人間の生があったろうに、哀れだな。」

刀を下段に構えて、

「介錯。」

一閃、切り上げ。獣の顎から頭の上にかけて斬撃が走る。
一瞬にも満たない静寂。そして、

「ブッ、ビィィィ?!」

獣が頭から真っ二つに裂けていく。高御堂を避けるようにして泣き別れていく体からは、血の雨が降り、肉が漏れ、骨が断ち切られる。
高御堂はそのまま刀を上段に構えて、

「どぉらぁ!」

二度目の斬撃。音を立てて割れていく獣の体。ついに尻の尻まで別れ切った。獣、完全沈黙。

「一回で切れなかったな。デカく育ったもんだ。」

血を拭って納刀する。白い隊服は返り血で赤く染まっていた。

「…スンスン、あ、臭い! このスーツ、クリーニングしたばっかなんだけど?!」
「ほらみなさい、アタシが臭いんじゃなかったでしょうがぁ。この豚ちゃんの体、アンタたちで美味しくいただきなさいよぉ。」
「いやぁ、ちょうど俺豚苦手なんだよね。畑の肥料にでもなってもらうかな。知らんけど。」
「とにかく、アタシ帰るからねぇ。後で報奨金ちょうだいよぉ。」
「え、そういう話になってんの? なんで?」
「後は公縞ちゃんに聞きなさぁい。」

高御堂を置いて帰路につく百尼。こうして神獣事件は百尼たちの奮闘と高御堂の太刀筋の下に決着を迎えた。

後日。
事務所。

「何よぉ、七百五十万じゃなぁい! あのチビ、五十万ぽっち気前よく払いなさいよぉ! ケチィ!」
「ちゃんと報奨金くれただけ良しとしましょうよ。」
「良くなぁい! 爆弾も巻き添えにしやがったし、どういう教育してんのかしらぁ、あの馬鹿!」

百尼はプリプリ怒っていた。

「それにしても高御堂さん? の斬撃、すごかったですね。あんな大きなのを真っ二つだなんて。」
「アイツ切るしか能が無いからねぇ。そのくらいしてもらわないと困るわぁ。」
「本当に敵対はしたくないですね……私たちが切られないように気を付けましょうね。」
「だから善処するってばぁ。」

異対への恐れを抱く千尋とそうでもない百尼だった。

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