ナウヴェルとエッザール
鉄製の車輪からゆっくりと砂塵を巻き上げながら、巨大な馬車は荒地をひたすらに進み続けていた。
本来なら城などの建築資材を運ぶために設計した馬車なのだが、それを巨大な身体をもつサイ族の為にさらに改良を施した、まさしくナウヴェル専用の馬車だった。
「こんな作りの馬車ですまない……シャウズの戦士よ」
「わ……わざわざ謝らなくてもなくても大丈夫です……うぷっ。私自身もラウリスタの武具にとても興味ありましたし」
おそらく人間だったら顔面蒼白だったに違いない。それほどまでにシャウズの戦士=エッザールは何度も吐き気をこらえながらも、唯一の話し相手を務めていたのだから。
頑丈さを求めるために全て鉄製とした馬車の車輪。だがそれと引き換えに快適性がことごとく犠牲となっていた。
地面の凹凸は緩衝することなく乗り手の足腰へと直に伝わり、ただでさえ酒と乗り物に弱いエッザールの疲労をさらに倍加させていた。
「そういえば……あなたがどこに向かうか聞いてなかったのですが」
本来なら、直前までエッザールはラッシュ達に同行することに決めていた。
何よりもイーグとラッシュ、それに妹のパチャとも一緒だ、楽しい旅路になる事は分かっていた。
だが、それを敢えて捨て、無口で朴訥なサイ族のナウヴェルについて行こうと決心したのは、他でもない自身の、さらにはシャウズの一族の宝でもある剣のルーツを知りたい……募るその好奇心が彼の背中を一気に押したのだから。
なぜ、ラウリスタがこの剣を我が一族に授けたのか。
ラウリスタの意図するものはなんなのか。さらにはラッシュやマティエがパデイラの廃墟で遭遇したダジュレイなる異形のもの。奴にだけ通用する武器、それがラウリスタの業物と聞いた時、シャウズの一族にも何か課せられたものがあるに違いない。そう彼は考えたのだ。
そして、旅立ちの朝。
そう、ナウヴェルとエッザール。二人の思惑は面白いほどに合致していた。
「お主なら一緒に来るのではないかな……と思っていたところだ」
あなたの旅に同行させてもらえませんか? とエッザールが口を開くまでもなかった。
ためらうこともなくリオネングを発つ二人に、後悔というものすらなかったからだ。
そして話は戻る。
「ラッシュに斧の次第を聞いたのだ。あの街にラウリスタこそいなかったが、仲介役の男のことは聞けたしな」
エッザールも以前、ラッシュに斧のことを聞いた記憶があるのをうっすらと思いだしていた。
鍛冶屋にいた初老の人間の男……たしか自身をワグネルと名乗っていたとか。そして多額の金貨と引き換えに、あの斧を仕立て上げた。
その間一ヶ月余り。おそらくその偽ワグネルはどこか別の場所にいる本家のワグネル・ラウリスタに一振りの大斧を造れと命じたのであろう。
だが、なぜそんなことを……?
「やはり、ラウリスタ殿は人間に捕らえられている……?」
エッザールの仮説に、大きなツノの生えた口元が「その可能性も、一つあるな」と小さく動いた。
「もしくは……いや、それは信じたくはない」
「もうひとつの考え、ですか?」
「うむ。もしそれが的中したのならば、私は……」
太い鎖が束ねられた手綱を、同様に太く深いしわの刻まれた三本の指が、ぎゅっと握り締めた。
「奴をこの手で殺し、ラウリスタを終わらせねばならぬ」
鋼鉄の車輪は、遥か西へとその轍を刻み進んでいった。