08. これからの日々
雨が降れば、傘を開く。陽が差せば、傘で
ララに、馬鹿を見る様な視線を向けられた。そんな事は知っていると言う顔だ。
「上手、魔法?」
杖すら持っていないし、カードに魔力を擦り付ける事しか出来ない。
「上手、話す?」
言うまでも無く、
家事服に身を包む例の彼女が、空調の吹出口を閉めた。名前は、ニナと言うらしい。恥ずかしい話だが、実は彼女達の見分けが付いていない。このホテルで働く彼女達は、誰もが同じ制服に同じ髪型、似た顔付きに似た化粧をしている。ララが詳しく説明してくれたが、何とか理解出来たのは、同郷で家族のいない者が多いと言う事だけだった。
そんな彼女、ニナがお茶の準備を進める。一度部屋を出て、配膳カートを押して戻って来た彼女の額は、元に戻っていた。ララと私が向かい合うテーブルに
丸いティーポットには、大袋を背負う四つ足の動物がいた。例に依って、袋は体の一部だろう。この国まで乗って来た動物が翼竜ならば、この絵は
大皿に乗ったタルトが置かれる。香ばしい小麦色の生地に、vhzovrerが乗っている。vhzovrerは
目の前に出されたタルトに笑みが
言葉の先生と食べた時は、初めからクリームが乗っていたから、同じ位を盛り付けるものかと思っていた。ニナを見ると、首を小さく横に振っている。若しかすると、今回はララに気を遣ったから、別皿で出したのだろうか。
全知全能だの世界が終わるだの言われて動転していたのか、カップを勢い良く
「熱い、お茶?」
ララの手元を見る。カップに湯気は上がっていない。首を伸ばして、ララ側のミルクポットを
視線を私の前に置かれたミルクポットに移すと、こちらは厚い膜がへばり付いて湯気が立ち上っている。当然、カップ内からも蒸気が発生していた。私の視線を追っていたララも気付いた様子だ。
「私、冷たい、ミルク」
「えっ」
思わず、傍に立つニナを見る。ニナは首を
「……貴方、過去、言う。不要、お茶、熱い、過剰」
その一言で得心が行った様子のララは、笑みを浮かべる。
「好き、熱い、お茶?」
私は首を横に振った。ニナが驚いて声を上げる。ララはくすくすと、愉快な話でも聞いた様に笑う。訳が解らないと説明を求めた私を
――どうやら、私の文法が間違っている所為らしい。つい先程もニナに、過労死するまで働かないなら
実際に、私は口を付けるだけで全然飲まなかったし、何度も
原因は私の言い方が悪かった所為だが、言葉の先生を責める気持ちが沸いて来る。壮年の彼に、この国の言葉を教わっている。訳語が載る辞書は有る筈も無いから、単語の
暫くそんな日々を繰り返し、
先と言えば、魔法の授業も未だ始まっていない。言葉を正確に理解していないと危険らしく、許されているのは自律制御する例のカードだけである。しかも、魔力はララ隊の誰かに貰うしか無いが、各自の割り当てが有るらしく、そう易々とは
ニナが
加えて、今は利用者が少ない時期だと言う。元からこの都市に入れる人が限られている上、この国は戦争中らしい。窓の外に目を
それでも、私達は強いから問題無い、とララが続けた。宿泊費の話だったよな……と思い
近年の戦果について、ララが次々と言い
「世界、終わる?」
話が一段落して
世界の終わりと言う位だから、天変地異や人類絶滅の
「元首、一番強い、壊す、世界」
世界を壊して何の意味が有るのか判らないが、それを成せる程の強さと言うのも想像が付かない。そんなに強力な魔法が存在するならば、そもそも戦争するまでも無く世界を統一出来そうだ。いや、目的が世界の破壊ならば……さっさと使えば良いのに。
何らかの、直ぐには使えない理由が有るのだろう。他に使える人もいない様だし……私が使えるのか? いや、ははっ。世界を滅ぼす相手に対抗して、私が世界を滅ぼしてどうするのだ。詰まるところ、その
「五〇〇〇年、世界、助ける、終わる」
この世界が始まってから、今年で四九九七年と教会で言っていた。この前、年が明けたから、後二年で世界が終わる。それを誰かが救わなければならないのか。いや、もっと準備しておけよ! と切実に思う。だが現状の私の待遇が、その準備の一環なのだろう。衣食住を提供されたところで、一体私に何が出来ると思っているのか。
「未来、貴方、一番強い」
「全部、国、魔力、集める、貴方」
国中の魔力をくれるらしい。魔力で体を強化するのだろうか。魔王に対抗出来る程の魔力を摂取したら、死にそうだ。生存の見込みが薄い事を
不可能だ、と思う。そもそも後二年で世界が滅びる事自体、
……そうか。この世界を構成する要素には、魔法が有る。魔力を持っていれば瀕死の怪我でも治り、超常の魔法でさえ行使出来る。逆に、魔力が無ければ権力者に逆らう事さえ出来ない。だからこそ権力者は魔力を貯め込み、民衆は魔力を徴収される。それはどの国でも同じだ。元首が最も強力な力を持つが、本人が戦いに出る筈も無い。故に、魔力で強化する人を選び出すのだろう。ならば反逆を未然に防ぐ為にも、魔王暗殺が成功すれば暗殺者も殺してしまうに違いない。
かと言って魔王の暗殺を断れば、この世界で職歴も信用も無く、言葉も話せない私は恐らく、職に有り付け無い。途中離脱が許されるとは思えないが、それでも行けるところまでは行ってみたほうが後々を楽に出来るのでは無いか、と打算する。
魔王と言うより破壊神だった場合、破壊神は世界を滅ぼした後、理想の世界を創り出すのだろうか。いや、それだと創造神に成ってしまうか。色々とララに聞きたいが、
テーブルから食器を下げ始めたニナの動きを、目で追う。今回判明した擦れ違いで、思い知った事が有る。魔王