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09. カフェ巡りの日々

 魔法の授業が始まった。魔法の先生に拠れば、魔法は術者が構築する。詰まり、決められた文言を(とな)えるだけで自動制御される訳では無く、術者が頑張って制御するのだと言う。

 発動からして、使用魔力量に見当を付け、魔力変換の割合と投入速度を調整し、魔力属性の配分を定めた上で、指向性を持たせて放出する必要が有る。ここまでは杖を補助に使えるが、ここから先は、より三次元的に考える。

 例えば火の球体を作りたい時に、奥行を考慮しなければ、ほぼ平面の火が出来てしまう。かと言って、見えない部分の造形は中々難しい。焚き火を想像しても、自分から見えている部分と、見えない部分、その間を繋ぐ部分までも常に考えなければならない。故に、どこから見ても上下左右が対照になる球体が好まれるらしい。

 そして見た目だけなら未だしも、魔力を燃料にする魔法は、燃料が涸渇(こかつ)すれば、あっという間に消失してしまう。その為、全ての魔力を一度に変換するのでは無く、一部は魔法の中に留めなければならない。球体ならば燃料魔力の配置も容易だが、複雑な造形にすると、各部位の体積と濃度から消費速度を推定し、燃料魔力の配置と供給と変換を随時調整する必要が出て来る。

 加えて、魔力や魔法にも質量は有るから、重心も要考慮だ。他には恐らく、能率や抗力、圧力の事も言っていた。その一方で、魔法の球体は宙に浮いたり、慣性を感じさせなかったり、そもそも黒い魔力から何にでも変化し過ぎる。物理法則が働いているのか、いないのか、果たして私の知識が役に立つのか、授業が進むに連れ不安になりつつ有った。

「おい、旧西町の花屋に貨物車が突っ込んだらしいぞ」
「今度は花屋かよ。こんな時でも買い上げてやってるのに、一体何が不満なんだ?」
「さあな。外のいかれた奴らの事だから、どうせ何も判ってないだろ」
「なあ、突っ込んだばかりなら、まだ間に合うんじゃないか?」
「「ああ、見に行こうぜ!」」
「この前劇場に突っ込んだ奴は、右足の再生がよ……」

 言葉については、日常会話をスムーズに(こな)せる様になった。石畳(いしだたみ)を駆ける幼い学生達を眺め、二杯目の珈琲に砂糖を入れる。

「民間人の揉め事なら、魔力を使う事も無いんですがね」

 隣に座るヒゲ面の男は、砂糖を入れ忘れた珈琲でも飲んだ様に眉を顰めた。テーブルを挟んで副隊長が同意する。

「この一か月で二回目だ。旧地区とは言え、無許可でリミッターを解除する業者が、未だ残っているとは思えないな」
「そうですよ! 作業場の公開を義務付けられた上に、密告報奨金まで出るんだから、残る可能性はこそこそ隠れる、茶色い奴らしか、有り得ない!」

 一気にヒートアップしたヒゲが、ドンっと机を拳で叩く。ここで言う茶色とは、魔力と髪色の事だ。この世界では、人種はあれど髪色は元来(がんらい)白色だ。住む土地に依り、色付きが決まる。そして色(ごと)に、魔力の性質が異なる。

「これは、この辺りの様に馬無し車は禁止するか、建物に沿ってバリケードを設置するしか無いですね」

 二人の会話に入る。私を発見してから今まで、ララ隊は護衛や渉外(しょうがい)を担当している。言葉の練習相手にもなってくれた皆とは、それなりに仲良くなっていた。

「バリケードですか……通りが狭くなりますし、何より景観が良く有りません」
「全域で禁止しちゃあ、生活が成り立ちませんよ。ビルのメンテナンスはどうするんです? 外の茶色や黄色の奴らと同じ、前時代に逆戻りです」

 黒い魔力は、内燃(ないねん)機関の燃料に適している。一方で、茶色や黄色の魔力は適しておらず、そう言った国々では未だに水車や蒸気機関を使っていた。

「ですが最近は、この国の攻勢も勢いを増していると聞きますし、魔力の民間消費を抑えるには良い手では有りませんか?」
我等(われら)が帝国は、この程度じゃあビクともしませんよ。ここの魔力配給が制限されるとすれば、それは世界が終わる時です」

 そう口に出してから、しまった、とヒゲが慌てる。後二年で実際に世界が終わると信じられている中で、()()()に期待される事は、尋常では無い。必死に釈明(しゃくめい)するヒゲへ、気にしていないと伝える。

「私で無くとも、他の七十人の中には成し遂げる方がきっといますよ」
「予備審査で一番だった貴方が、弱気な事を言わないでくださいよ。魔法基礎も始めたばかりですし、これからです」

 引き続きサポートしますから頑張りましょう、と副隊長に励まされる。救世主とは言うものの、候補者の段階では一般市民と大差無い扱いだ。一応、衣食住や護衛の支援を受けられるが、一部分でも黒髪は許されず、特権が有る訳でも無かった。

 肝心の予備審査も、魔力容積と救世主っ()()を見られただけに感じたが、そんな形式的に思える審査でも、落とされた人はいるらしい。

 副隊長に叱られて、しょんぼりとしているヒゲが、蒸留酒を垂らした珈琲ゼリーに口を付ける。口髭(くちひげ)が、泡立てられたクリームを絡め取る。ヒゲに限らず、この街の人は朝から晩まで、アルコールか砂糖を摂っていた。

「それで、さっきの犯人は、何が目的でしょうか」
「私達が羨ましいのです。ここでは、柔らかい肉に柔らかいパン、多彩な料理に、果ては趣向を凝らしたスイーツでさえ手に入りますが、外ではそうもいかないのです。外で食べる肉の味は、貴方もご存知でしょう?」

 ああ、ララと最初に会った時に食べた()()の事か。あの時、この世界ではずっと同じ様な食事が続くのかと(おのの)いたものだが、幸いにも予想は外れた。

「本来、外の者達は知る必要も有りませんが、(なまじ)この豊かな現状を見聞きしてしまった者は、自身の生活との落差に不満を覚えるのですよ」
「確か、国への貢献が大きいと、ここの市民権を得られるとか?」
「ええ、その通りです。全く、努力もせずあの様な凶行に及んだところで意味は無いと言うのに」

 市民権は、子孫に引き継がれる。但し三代目までだ。それ以降は、新しく成果を上げるか金銭を差し出す必要が有る。それでも高度な教育を受けられる分、外の住人より遥かに有利だ。

 (ついで)に外の話をすると、各都市の人口密度は総じて高い。土地に依って、魔力の溜まり具合が異なるからだ。保有する魔力の多寡(たか)が国力に直結するなら、当然、効率を追い求める。そして髪によく魔力が溜まる土地は限られており、故に高層建築が発達した。

 石炭を想像して、自然物に魔力は蓄積されないのか、と魔法の先生に聞いた事が有る。すると、草木や土地自体に魔力が溜まっていたとして、それを活用する方法が見付かっていないと言われた。何でも、取り出す為に魔力が必要だから、収支が合わないらしい。例外として、魔王の治める遠国では、その技術が確立されたと、遥か昔からの噂が有るそうだ。

「市民権が欲しけりぁ、戦地で頑張ればいいのに、ここで死んだって敵が喜ぶだけですよ」

 アルコールを摂取し、元気を取り戻したヒゲが続ける。

「だから個人的な(はら)()せじゃあ無くて、茶色い奴らが、陰で糸を引いているに決まっているんです!」

 実際、実行犯に留まらず幇助(ほうじょ)した全員が死罪となる。苦労して市民権を得たのに、進んで加担する者は少ない。だが同時に、この豊かな都市を成り立たせる為には、魔力を含む多くの資源が必要だ。仮に全ての人へ平等に資源を分け与えれば、全員が貧しくなり、国を護ることさえ叶わない。この国に奴隷が居る理由でもある。

「いくら能力が高くたって、敵だったんだから魔法契約で縛らないと! ここで何をされるかわかったもんじゃない!」
「――いいか、戦犯以外にそんな事をするのは、時代に取り残された国だけだ」

 副隊長が(たしな)める。市民権を持たない者がこの都市に入る方法は、市民権を取るか、奴隷になるしか無い。奴隷になると、思考に制限が掛けられる代わりに、身体が強くなると言う。その叛意(はんい)を疑う事は、馬から魔力徴収を試みる愚かさに(たと)えられていた。

 私を拾った帝国では、身分に関わらず黒髪が生えてくる。この国以外で黒髪が生えないのは、周辺諸国を全て併呑(へいどん)したからだ。外国から茶髪の者が来たとしても、新しく色付く際には黒髪になる。加えてどこから来ようともほぼ白髪なのだから、人種による顔付きと言葉以外では、一見して(外国人)と見分ける事は難しい。強いて言えば、虹彩の色は違う。しかし、割合の問題で有るから、余り役に立たない。

 多民族が入り混じるこの大国で、建国の源流に近い者は灰色の目を持ち、どこか選民意識を抱いている。そして、この都市で世代を重ねる毎に、()を見下す度合いは高まって行く。都市は巨大化して行くが、大部分は古くから住み着く者達である。ヒゲの言動は民衆を代表しており、詰まるところ救世主候補たる()の人気取りらしい。

 考案者のララは、会合とやらで先週からめっきり見掛けなくなった。副隊長は馬鹿に見える役回りは嫌だと言い、大抵は残りの隊員が民衆の声を代弁させられている。ここ一週間程、昼下がりになると彼方此方(あちこち)のカフェで毎度同じ様な会話を周囲に聞かせて過ごしている。効果については半信半疑なのだが、少なくとも私の知名度は多少上がったとヒゲが言っていた。

 予備審査に通り、使える予算が増えた事で、私の下に魔法の先生と魔法の杖がやって来た。今後、救世主として認められるには、更なる知名度と人気が必要だと言うから、忙しさも徐々に増して行く。取り敢えず、帝国中の食が集まるこの都市で、噂の人になる必要が有るらしい。

 さて、明日はどんなケーキを食べようか――。

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