04. 異世界の風呂
翼竜が背負っていた大袋には、血が
何か間違えてしまったのかと焦る私の後ろに続いて、鮮やかなルビーレッドのコートに身を包んだ隊長が入って来る。草原と丘陵が広がるこの地をワンピース姿で歩き回っていた隊長だが、
それに、洋服を汚さない為のコートでも無さそうだ。カンガルーの袋は不衛生で悪臭が溜まっていると聞くが、この翼竜の袋は快適そのものである。……ああ、この袋の様に、魔法が掛かったコートだったのかと
「……Dūf Mzveqng」
見詰め合っていた目を逸らされた。隊長が鼻を
「Cmyvqbšnan ugyvxgn jne pvrah mghaqh!」
隊長が大声で叫ぶと、近くの翼竜に四人ずつ乗り込んでいた隊員が直ぐに復唱し、周囲にも命令が伝達されて行った。命令だった、と思う。少なくとも、私の悪口を広げたのでは無いと信じたい。
魔力を集めるガラス玉を持っていた男、他より
ヒゲが杖の先端を
カードの細い罫線に沿って、魔力が流れて行く。罫線と接する様に文字が配置されており、
そうこうしている間にも準備を進めるヒゲは、ブリーフケースから小瓶を取り出し、コルクを抜いた。瓶を傾け、球体に向けてタラッ……タラッと二振りする。瓶口から親指へと液が垂れるのを気にもせず、直ぐに栓を締めて紙束の横に戻した。濡れた手をコートで拭き、今度は小瓶の隣にある革袋を手に持つ。
革袋の中には、抹茶色の石鹸が入っていた。
この頃には、球体の水が回転を始めていた。洗濯機にも見えるが、経緯を考えると、やはり体を洗う魔法だろう。無色透明だった水は、石鹸を入れた事で緑がかってた。そこにヒゲが手を入れる。回転する水に、空気が入り込む。泡が見え始めたかと思うと、見る間に小さな気泡となった。
ヒゲがブーツの紐を解き、足を引き抜いた。続いて、コートのボタン外していく。上から一つ、二つ、三つと見る見るうちに手が下がり、最後に両腕を揺すると、袖から腕が抜けて、コートが地面に落ちた。……折角球体の使い方を見せてくれたが、そろそろ向こうへ行った方が良さそうだ。
球体の回転方向は、北半球と南半球で違うのだろうか。地球なら無視出来る程度の影響でも、魔法が絡むと解らないからな、等と既に切り替え始めていた私だが、結局ヒゲはそれ以上脱がず、シャツやズボンを履いた状態で、ざぶざぶと球体に入って行った。……詰まり、体と一緒に洋服も洗濯すれば、一石二鳥と言うことだ。
球体の上部で、ヒゲの頭が見え隠れしている。息を大きく吸って、ざぶん。中で頭を洗う。段々水が黒みを帯びてきた。これを人に見られるのは恥ずかしいかも知れない。私が入るときは、石鹸を多めにしよう。あれ、若しかして同じ球体で続けて体を洗うのか……? 足と頭が生えて汚れた球体を見る。いやいや、そもそも、どうやって石鹸を洗い流すのかも判らない。次第に騒がしくなってきた後ろを振り返る。
隊長は椅子に深く腰掛け、部下がポットでお湯を沸かす様子を眺めていた。あの椅子はヒゲが土から作り出したものだ。食事の際とは違い、ゆらゆらと前後に揺れる椅子だった。先程は出発間近だったが、私のせいでティータイムになった。そして隊長の求心力のお蔭なのか、誰からも責められない現状に安堵していた。それでも、これから体の汚れを落として、髪を乾かすところまで済ませるならば、ヒゲを眺めている暇など無かったのかも知れない。どこか時間を無駄にした気分になる。
とは言え、魔法だ。待ち望んだ魔法である。他人の魔法に目を奪われるのも悪くないが、地球を
高鳴る胸に身を任せ、焦茶のブリーフケースに手を伸ばす。カードの束から、一番上を
「ありがとう隊長!!」
通じない
「pnv tvaāg, eā fvrgbg līxh?」
口元を
隊長に付いて、テーブルから離れた場所に移動する。差し出された氷のコップに右手の人差し指を突っ込み、左手に持つカードの文字に指を滑らせた。黒い文字がさっと浮かび上がり、
杖から炎を吹き出させている副隊長が寄って来て、球体を温め出す。手持ち無沙汰になった私は、手を球体に突き刺した。直ぐに空気が入ると思ったが、意外にも上手く行かない。隊長が隣で手本を見せてくれる。ゴポッゴポッと音がして、シュワーと細かい泡が出来上がる。このまま何時までも遊べそうだが、泡
そうだった。皆を待たせている事も申し訳無いし、この魔法にも制限時間が有る。入浴セットが入ったブリーフケースから小瓶を取り出すが、隊長は首を振り、右手でピースしている。球体に入れるのは二振りまで! では無く、どうやら
また隊長に感謝して、靴を脱ぐ。数歩後ろに下がり、助走を付けて一気に球体へ飛び込んだ。夏のプールに入る爽快感と、耳元でシュワシュワと微細な泡が弾ける音が楽しい。体を伸ばし、球体の上から顔を出す。真っ先に、ヒゲが風の球体に揉まれている様子が目に入る。焚き火の熱風で乾かしているらしい。あちこちから笑い声が聞こえ、テーブルの方を見ると、皆がこちらを見て盛り上がっていた。黒ずんだ球体に頭を引っ込める。頬に当たる水が
水の中で髪を振り洗う。この後、体の汚れを落とし終えたらあの翼竜の袋に入り、空を飛ぶ。行き先は果たしてどんな所だろうか。異世界らしく魔術都市か、迷宮都市か、ひょっとすると冒険者ギルドなんて組織が実在するかも知れない。それと、他の何より先に言葉が通じないと、どうにもならない。連れて行かれた先に依っては、言語の問題は身分に直結するだろう。
濁った水の中で、前後左右の感覚が