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第五十二話 「八尾と九尾」

 「ギャハハハ! ぶっ殺してやる!」
 千尾狐(せんびぎつね)幹部の八尾(はちお)が、これまでとは別人のように豹変し、ゲラゲラと高笑いを浮かべている。八尾は、元々巨体だったにも関わらず更に巨大化し、大男のウンケイと竹蔵(たけぞう)が小さく見える程である。そして特に目を引くのが、巨大な丸太のようだった尻尾が八又に裂け、八つの尾のそれぞれが揺らめいている。
 「な、何なんだ!?」
 「・・・狐の幹部はどいつもこうなのか?」
 竹伐(たけき)り兄弟の竹蔵とウンケイが、それぞれの武器を構え直す。
 「まずは、どちらから死にたい?」
 八尾が、着ていた羽織りを脱ぎ捨てながら、二人を見てニヤリと笑っている。すると、竹蔵とウンケイが一斉に八尾に掛かって行きながら、声を合わせる。
 「俺からだ!!」
 二人がそれぞれの武器を、八尾に向けて勢いよく振り下ろす。
 「ハハ!」
 ガッキィィン!!! 八尾が長く伸びた鋭利な爪を振り、二人を弾き飛ばす。
 「何!?」
 怪力自慢の二人が、いとも容易(たやす)く跳ね除けられ、額を汗が流れる。刹那、竹蔵の目の前に八尾の巨大な拳が現れる。バキィィ!! 竹蔵が勢いよく吹き飛ぶ。
 「・・・っ!?」
 ウンケイが竹蔵の方に目線を移す。刹那(せつな)、その死角から八尾の蹴りが迫る。ガァァン!! ウンケイは咄嗟(とっさ)薙刀(なぎなた)で防ぐも、竹蔵と同様に勢いよく吹き飛ばされる。何とか受身を取ったウンケイだが、地面に片膝を着いている。
 「・・・くっ! なんて速さだ」
 ウンケイが、竹蔵の吹き飛んだ方へ目をやると、竹蔵は地面に倒れている。そして目線を八尾に移すと、八尾はニヤニヤと笑いながらこちらへ近づいて来る。
 「ほう、いい反応だ」
 八尾が拳を鳴らす。その後ろを巨大な八つの尾が、ゆらゆらと揺れている。
 「・・・相手に不足なしだな」
 ウンケイがゆっくりと立ち上がる。
 「まずはお前から片付けるとしよう」
 八尾がそう言うと、目にも止まらぬ速さで向かって来る。ウンケイは腰を落として薙刀を構える。すると八尾が空中に跳び上がり、両手の鋭爪を振りかぶる。
 「ギャハハ!」
 「“火車(かしゃ)”」
 ウンケイが薙刀を振り上げ、八尾の鋭爪を弾く。ウンケイがすかさず薙刀を引き、切っ先を八尾に向ける。
 「“一点張(いってんばり)”」
 ウンケイが薙刀で八尾を突く。八尾はすかさず両腕で防ぐが、その勢いに押されて後方へ吹き飛ぶ。しかし、飛ばされた八尾は容易く着地してみせる。
 「ふん」
 八尾がニッと笑う。ウンケイの突きを受けた両腕からは、血の一滴も垂れていない。
 「・・・へこむぜ。渾身の一撃を食らわせてやったのに、生身の体に傷一つ付かねぇなんて」
 そう言うと、今度はウンケイが薙刀を片手に、八尾に向かって駆け出す。
 「まずはお前から殺す」
 八尾が向かって来るウンケイを睨む。ガンッ! ガンッ! ガンッ! ウンケイが猛然と薙刀を振るうが、八尾はそれを次々に弾いていく。しかしウンケイは攻撃を止めず、止めるどころか更に攻撃の速度を上げながら、どんどんと八尾に向かって進んで行く。八尾は攻撃を往なしながらも、ウンケイに押されるようにどんどんと後退(あとずさ)って行く。やがてウンケイは、薙刀を目視するのが難しい程の速さで、薙刀を振る。
 「“牛勇歩(ぎゅうほ)”」
 高速で浴びせられていくウンケイの攻撃に、八尾は反応出来ているが、ただそれを防ぐだけの防戦一方になっている。
 「チッ!」
 八尾が思わず、ウンケイから距離を取ろうと後方へ跳び上がる。しかしウンケイもそれを逃さず、八尾を追って宙高く飛び上がり、薙刀を振りかぶる。
 「“雷電(らいでん)”」
 ドオォォン!! 凄まじい勢いで振り下ろされた薙刀だが、八尾が再び両腕でそれを防ぐ。
 「何!?」
 「ハハハ! 面白くなって来た!」
 八尾がそう言ってニタッと不気味に笑う。


 「白尚坊(はくしょうぼう)様」
 千尾狐軍の本陣にて、武装した狐の一人が膝を着いて頭を下げている。その前に鎮座するのは、千尾狐総大将の白尚坊である。
 「ご、ご報告致します。・・・幹部のタマモ様、キンモク様、そしてイナリ様も、・・・八百八狸の幹部達に、敗れたようです」
 狐が冷や汗を垂らしている。
 「・・・」
 しかし報告を聞いていた白尚坊は、まるで分かっていたように、表情を変えず険しい顔をしている。
 「・・・い、如何(いかが)致しましょう?」
 狐が恐る恐る顔を上げる。
 「・・・フン。やはり若い衆では力不足か」
 険しい顔をしていた白尚坊が、僅かに口角を上げる。すると、白尚坊が(おもむろ)に立ち上がる。狐は目を丸くしている。
 「どれ。・・・(わし)が遊んでやる」
 白尚坊が、目まで届きそうな程口角を上げて笑う。すると、突如白尚坊の体が煙に包まれる。やがて煙の中から巨大な影が出現し、その影がどんどんと巨大化していく。そしてその大きさは、月に手が届きそうな程の大きさになる。
 「・・・な、何だあれは・・・?」
 あまりの巨大さに、戦っていた狸と狐達が目を丸くし、口をあんぐりと開けて見上げている。
 「どわァァァ!! 何だありゃア!!?」
 地面に大の字になり、傷の手当てを受けていたしゃらくが、驚愕している。
 「おいおい冗談だろ・・・?」
 千尾狐幹部の八尾と交戦中のウンケイも目を丸くしている。
 「ハハハ! 白尚坊様が痺れを切らしちまったようだな」
 八尾も巨大な影を見上げ、ニヤリと笑う。
 「グオォォォォ!!!!」
 大草原を覆ってしまいそうな程の巨大な影が、森全体が揺れる程の凄まじい咆哮(ほうこう)をあげる。その場にいた狐狸達と人間が思わず耳を塞ぐ。そして月明かりに照らされ、巨大な影の姿が明るみになる。その正体は巨大な白い毛の狐で、目は赤く血走り、鋭い牙を揃えた口からは(よだれ)を垂らしている。何よりその異様さを際立たせているのは、その背後を揺らめく九本の尾である。尾は九本それぞれが、まるで生き物の様にゆらゆらと動いている。ズシィィン!! ズシィィン!! 巨大な九尾の白狐(びゃっこ)は、四つん這いのまま戦場へと移動し始める。
 「まずい! 逃げろぉ!!」
 八百八狸はおろか千尾狐達までが、戦いを辞めて逃げ出す。
 「・・・出て来よったか」
 逃げて行く狐狸達の中を立ちすくむ太一郎が、眉を(ひそ)めている。傍にいたポン太とブンブクはとっくに逃げた様である。
 「怯むなぁ! 距離を取って矢を放て!」
 しかし中には、逃げずに倒そうとする狸達も大勢おり、九尾の白狐に向けて弓矢を放っている。
 「・・・グルルル。猪口才(ちょこざい)めが」
 すると九尾の白狐が、巨大な腕を振り上げる。ドッガァァァァン!!!! 振り下ろされた巨大な腕は、狸達を蟻のように吹き飛ばすだけでなく、地を割り、大きな地震を起こす。
 「あれはまずいだろ! でもどうする!? いや考えンな!」
 手当てを受けたしゃらくが、九尾の白狐の元へ駆けて行く。
 「ハハハ! 大将がさっさと決着を付けろってよ」
 八尾がニタッと笑う。
 「あぁそうだな。俺もさっさとてめぇを片付けて、あの化け物退治に行かなきゃならねぇ」
 ウンケイもニヤリと笑い、薙刀を構える。一方のしゃらくが九尾の白狐の元へ辿り着くと、その足元には八百八狸達と大将の太一郎が、巨大な九尾の白狐を見上げている。
 「しゃらく君、力を貸してくれるか?」
 「あたりめぇだ!」
 完

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