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第五十一話 「八百八狸 対 千尾狐 陸」

 戦場と化した、奥仙(おうせん)中山(なかやま)の大草原。月明かりの下、刀同士がぶつかる甲高い音に、獣の咆哮(ほうこう)、そして戦士達の勇ましい声が、騒々しく響き渡っている。
 「うわぁぁぁ!!!」
 そんな中でも目立つ程、一際大きな声で喚いているのは、八百八狸(やおやだぬき)のポン()とブンブクである。幼い子どもの二人だが、一丁前に兜を被り、刀を腰にぶら下げ、泣きべそをかきながら走り回っている。前を走るポン太が、走りながら恐る恐る振り返ると、巨大な一つ目の鬼が金棒を片手に、二人の後ろを追いかけて来ている。
 「ぎゃああ!! 来るなぁぁ!!」
 ポン太は再び前を向き直って、鬼から逃げる。ポン太の後ろを走るブンブクは、今にも気を失いそうに白目を剥いて、必死で走っている。
 「ほっほっほ。子どもは元気が良いのう」
 そんな二人を微笑ましく見ているのは、八百八狸軍大将の太一郎(たいちろう)である。その前では千尾狐(せんびぎつね)幹部のタマモが長い鞭を片手に、他所見している太一郎を静かに睨んでいる。走り回っている二人は、タマモによる幻を見ているようで、外から見ると何もいないのに逃げ回っている。その様子を助けるでも無く、太一郎は微笑んで見ている。
 「・・・他所見してて良いのかしら?」
 タマモがニヤリと妖しく笑う。すると、タマモの体が蜃気楼のように消える。太一郎は、依然として穏やかな表情をしている。
 「フフフ。最初は驚いたけど、あなたから来てくれて手間が省けたわ。私があなたの首を持ち帰って、この戦は終わりね」
 姿は見えないが、タマモの声だけが辺りに響き渡る。
 「“辻鞭風(つぶちかぜ)”」
 ビシィィ!! するとどこからともなく、見えない攻撃が太一郎を襲う。しかし太一郎は、攻撃が見えているかのように、杖でそれを防ぐ。
 「ほっほ。これは強力じゃ」
 太一郎は相変わらず飄々(ひょうひょう)としている。
 「まだまだよ」
 再びタマモの声が響く。刹那、ビシビシビシビシィィ!!! 再び見えない攻撃が、凄まじい速さで幾度も降りかかる。しかし太一郎は杖を素早く振り回し、攻撃を全て防いでいく。
 「何!?」
 攻撃を全て防がれたタマモが、太一郎から距離を取った所で姿を現す。タマモの額には汗がたらりと流れている。
 「・・・まさかと思うけど、あなた私が見えてるの?」
 「いやぁ、見えとらんよ。わしは目が悪いしのう」
 太一郎は自分の長い髭を触りながら、飄々と答える。
 「お主の幻術は確かに強力じゃが、どうやら騙せるのは視覚だけのようじゃのう。わしは元々目が悪い故、お主の匂いに音、空気の揺らぎから、攻撃は全て見えとるよ」
 「・・・なるほど。あなたとは相性が悪いわね」
 タマモがそう言うと、向こうで走り回っている二人に目をやる。
 「なら、戦い方を変えるわ」
 タマモがニヤリと笑うと、再び姿が消える。
 「おっと、まずいのう」
 存在していない一つ目の鬼から、猛烈に逃げている二人。すると二人の前に、突如巨大な二つの目が浮かび上がる。二人は今にも泡を吹き出しそうである。
 「フフフ。可哀想だけど、仕方ないわ」
 すると、二人の背後からタマモが手を伸ばす。ブンブクは咄嗟に前に転がり躱すが、ポン太が気配に気がついた頃にはもう遅く、タマモに捕まってしまう。タマモの腕の中に捉えられたポン太は、逃れようと必死にもがいている。
 「動かないで。いつでもあなたを殺せるのよ?」
 タマモに耳元でそう囁かれたポン太は、腕をだらりと降ろし顔を真っ青にして、完全に戦意喪失してしまう。
 「フフ。良い子ね」
 タマモがポン太の頭を撫でる。その様子を怯えて見ているブンブクの後ろに、太一郎がツカツカとやって来る。
 「油断してしもうた。すまんポン太。少し辛抱してくれ」
 太一郎が呼びかけるも、ポン太は恐怖で、タマモの腕の中でブルブルと震えている。
 「“狐嫁雨鞭(きつねのよめいり)”」
 ビシビシビシビシィィ!!! タマモが長い鞭を素早く振り回し、その軌道はまるで雨のように、太一郎とブンブクの二人を襲う。太一郎は先ほど同様、杖でその攻撃を捌いていく。ブンブクも逃げ足だけは早く、次々に降りかかる攻撃の雨を(かわ)しながら、攻撃の射程範囲の外へ逃げていく。
 「ほう。意外と冷静じゃのう」
 太一郎はブンブクを見つめながら呟く。
 「この子を殺されたくなきゃ、動くんじゃないよ。この距離だし、速さなら恐らく私のほうが速い。下手なことは考えない方がいいわよ。フフフ」
 攻撃を続けながらも、タマモがニヤリと笑う。すると太一郎が、攻撃を躱しながら、(おもむろ)に杖に指をかける。杖は仕込み杖になっており、僅かに刀身が姿を現す。
 「・・・その子はわしらの未来じゃ。返してもらうぞ」
 太一郎が姿を消す。タマモが目を見開く。刹那、ズバァァ!!! タマモの体が斬られ、その後ろで太一郎がポン太を抱えている。バタリと倒れたタマモは、白目を剥いて気を失っている。
 「悪いがわしは、八百八狸で最速じゃ」
 そして抱えられたポン太を見ると、先ほどの恐怖の表情はどこへやら、キラキラと光り輝く瞳で太一郎を見つめている。
 「・・・す、すげぇ! 太一郎様、おいらにも教えてくれぇ!」
 「ほっほっほ。困ったのう」


 一方、激しい轟音を轟かせているのは、千尾狐幹部のキンモクが乗る絡繰(からくり)である。その絡繰の乗り物からは、腕と足のような物が出ており、腕の先は刀のような刃物になっている。そして胴の部分からは砲台が出ており、そこから大砲を次々に撃ち込んでいる。攻撃の先にいるのは竹伐(たけき)り兄弟の竹次(たけじ)で、刀を両手に駆けている。
 「ククク! 逃げろ逃げろぉ! ククク!」
 キンモクの乗る絡繰が二足で、逃げる竹次を追いかける。
 「・・・」
 すると竹次は徐に踵を返し、逆にキンモクの元へ向かって行く。
 「ククク! 馬鹿が今度は向かって来たぞ!」
 ドオォォン! ドオォォン! 絡繰から砲弾が放たれる。竹次はそれを躱しながら、キンモクの元へ向かって来る。そしてそのまま、絡繰の足元をぐるぐると回る。
 「踏み潰してやる!」
 ドシィィン!! ドシィィン!! 絡繰が、竹次を踏み潰そうと足踏みする。すると竹次が、絡繰が片足を上げた瞬間に、もう片方の足へ駆けて行き、両の刀を重ねてそれを両手で持ち、片足を上げて振りかぶる。
 「“一本足伐法(いっぽんあしばっぽう)”」
 ガキィィィン!!! 竹次の一撃で絡繰の足が吹き飛び、重心を崩した絡繰が地面に倒れる。
 「くそっ! なんて馬鹿力だ!」
 キンモクが絡繰を操作し、再び立ち上がろうとする。刹那、キンモクの視界に、宙高く飛び上がった竹次の姿を捉える。
 「馬鹿め! 俺の前で空中に飛び上がるとは!」
 絡繰の砲台が、宙を飛ぶ竹次に向く。
 「“狐魂砲(こんこんほう)”!!」
 刹那、ガンッ!! 竹次が、砲台に両の刀を勢いよく突き刺す。そのまま後方へ飛び距離を取る。キンモクが目を見開く。
 「馬鹿! やめろ! 何してる! 馬鹿野郎ぉ!!」
 バゴォォォン!!! 放たれなかった砲弾は中で爆発し、絡繰の乗り物諸共、木っ端微塵に砕け散る。乗っていたキンモクは頭の毛がくるくるに焼け焦げ、気を失っている。


 ガキィィン! ウンケイと竹伐り兄弟の竹蔵(たけぞう)の攻撃を受けた、千尾狐幹部の八尾(はちお)が吹き飛ばされる。
 「・・・」
 倒された八尾がムクリと起き上がり、目の前で武器を構える二人をギロリと睨みつける。
 「・・・不気味な野郎だぜ」
 竹蔵が呟く。ウンケイは静かに八尾を睨んでいる。すると八尾が突如、全身に力を入れ出す。
 「うぉぉぉぉ!!!」
 突如八尾が、二人が耳を塞ぐ程の咆哮を上げる。すると、八尾の巨体が更に大きくなり、太く巨大な尻尾が八又に別れる。
 「・・・ギャハハハ! ぶっ殺してやる!」
 雰囲気までガラリと変わった八尾が、ゲラゲラと笑いながら二人を睨みつける。
 完

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