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第五十三話 「劣勢」

 ガガガガガァッ!!! 猛烈な攻撃を仕掛ける八尾(はちお)に対し、ウンケイが薙刀(なぎなた)で懸命にそれを受けていく。しかしあまりの速さと勢いに、ウンケイは受けるのがやっとで、完全に防戦一方である。
 「ギャハハハ! さっきの威勢はどうしたぁ!?」
 「・・・くっ!」
 ガシッ!! すると、八尾がウンケイの薙刀の刃を掴む。ウンケイは咄嗟に振り払おうとするが、八尾に掴まれた薙刀はびくとも動かない。刹那、バシィィン!! 八尾の巨大な八又の尻尾が、ウンケイの脇腹を叩く。ウンケイは薙刀ごと、物凄い勢いで吹き飛ぶ。
 「・・・うっ!!」
 吹き飛ばされたウンケイは、怯んで立ち上がれずにいる。
 「所詮は人間。人間如きが首を挟むなよ」
 ウンケイが咄嗟に顔を上げると、向こうにいた筈の八尾がいつの間にか、目の前に立っている。
 (・・・こいつ、いつの間に!?)
 ウンケイの額を汗がたらりと流れる。
 「あばよ人間」
 八尾が足を振り上げ、ウンケイを踏みつけようとする。ウンケイは咄嗟に腕で防ごうとする。
 「“竹伐鋏(たけきりばさみ)”ぃ!!」
 ズバァァ!! 八尾の背後から、竹伐(たけき)り兄弟の竹蔵(たけぞう)が刀を振る。
 「・・・この野郎」
 ブオォォン!! 八尾が勢いよく尻尾を振るが、竹蔵は後方に反り返りそれを躱す。
 「ケッ! 何て筋肉だよ。俺が今斬ったのぁ、尻尾だぜ?」
 竹蔵が斬った八尾の尻尾は、血こそ滴っているものの斬り落とされてはおらず、それどころか、今切った筈の尻尾で攻撃された事に、竹蔵は驚いている。
 「まだ動けたのか。どうやら先に殺して欲しいみてぇだな」
 八尾が竹蔵を睨み、ペロリと舌舐めずりをする。
 「・・・悪いが、二対一だ」
 八尾の背後で、ウンケイも立ち上がり薙刀を構えている。
 「ハハハ! 二人で足りるか?」
 八尾がニヤリと笑う。
 「ケッ! 舐めんなよなぁ!」
 竹蔵が二対の刀を振り上げる。すかさずウンケイも薙刀を振り上げる。ガンッ!!! 振り下ろされた竹蔵の刀とウンケイの薙刀を、八尾が生身の両腕で防ぐ。そしてニヤリと笑う。


 一方、山の様に巨大な九尾の白狐に変化した白尚坊(はくしょうぼう)を前に、八百八狸(やおやだぬき)達が武器を構えている。
 「何と禍々(まがまが)しい姿」
 先頭に立つ太一郎(たいちろう)が目を(ひそ)める。
 「フフフ。美しいだろう?」
 巨大化した白尚坊が口を開く。
 「いや、化け物じゃ」
 太一郎が仕込み杖を抜く。太一郎の隣のしゃらくも腕を(まく)る。
 「フフフ。まとめて掛かって来い」
 白尚坊が目まで届きそうな程口角を上げて笑う。
 「行くぜみんなァ!!」
 「おぉぉぉぉ!!!」
 しゃらくが八百八狸達を(あお)り、狸達はそれに呼応する。しゃらくを先頭に、狸達が巨大な白尚坊に突っ込んで行く。
 「ほっほ。頼もしいのう」
 太一郎がしゃらくの背中を見つめ、微笑む。
 「おらァァァ!!!」
 先頭を走るしゃらくが宙高く跳び上がり、白尚坊の眼前に迫る。
 「“虎猫鼓(どらねこ)”ォォ!!!」
 しゃらくが腕を振りかぶる。しかし白尚坊はニヤリと笑う。
 「フフフ。活きが良くて結構」
 すると白尚坊が、しゃらくに向かって息を吹きかける。白尚坊からすればただの吐息だが、しゃらくからすれば突風。しゃらくはたちまち吹き飛ばされる。吹き飛ばされたしゃらくは、地面に勢いよく落下する。
 「しゃらく大丈夫か!?」
 心配した狸達がしゃらくに駆け寄る。
 「大丈夫だ! おれはいいから、てめェの心配しろ!」
 鼻血をだらりと垂らしたしゃらくが立ち上がり、自分の頬を両手でバシバシ叩く。狸達も白尚坊に向き直り武器を構えるが、しゃらくを吐息一つで吹き飛ばした巨大な白尚坊を前に、何人かは震えている。
 「・・・どうすっかなァ。あんなでけェの」
 しゃらくが、白尚坊の山のように巨大な全身を見回す。すると、白尚坊の肩を物凄い速さで駆け抜ける太一郎の姿を見る。
 「うおォォ! 速ェ! やっぱあのジイさん、只もンじゃねェなァ!」
 (おの)が肩を駆け抜ける太一郎に気付いた白尚坊が、太一郎を払おうと逆の腕を振り上げる。
 「来たか。太一郎」
 「白尚坊様。胸をお借りしますぞ」
 太一郎が仕込み杖を構え、跳び上がる。
 「“一歩閃狸(いちほせんり)”」
 ズバズバズバァァァ!!! 太一郎がまるで稲妻のような速さで、白尚坊が振り下ろした手を斬り裂く。斬られた箇所からは血が噴き出し、太一郎の体にも血が浴びせられていく。
 「・・・」
 白尚坊が目を顰める。一方で、先ほど白尚坊に畏怖して逃げ出した狐狸達は、既に戻って来ており再び刀を手に戦っている。特に千尾狐(せんびぎつね)達は息を吹き返し、劣勢になっていた戦況をひっくり返しつつある。
 「太一郎様に続けぇ!!」
 しかし、ど根性が持ち味の八百八狸達も負けず劣らず、槍や刀を手に白尚坊に突っ込んで行く。
 「これはまさに痛手だな。フフフフ」
 白尚坊が肩に乗る太一郎を見つめ、目まで届きそうな程口角を上げて笑う。
 「・・・ハァハァ。・・・やはり効かぬか」
 太一郎が肩で息をしている。
 「フフフ。老いたな太一郎よ。その様な攻撃では、ただ(わし)の肌を撫ぜるだけだ。見ておれ」
 すると白尚坊が大きく息を吸い込み、まるで鳩の様に胸が膨れていく。太一郎が目を見開く。
 「逃げろぉ!!」
 太一郎が下の狸達に絶叫する。
 「ギャオォォォォォォ!!!!!!」
 白尚坊が途轍(とてつ)もない声量の咆哮(ほうこう)を繰り出す。すると、白尚坊の足元にいた狸達が、その勢いに吹き飛んで行く。吹き飛ばされた狸達は鼓膜が破れ、耳から血を流し、気を失って倒れている。その声量は、向こうで戦っている狐狸達も、耳を塞ぐ程である。肩にいた太一郎は、耳を塞ぎながら地面に落下する。咆哮を間一髪で避けたしゃらくも、耳を塞いで地面に跪いている。
 「・・・何だこりゃあ!」
 離れた所で戦っていたウンケイも、思わず耳を塞いでいる。隣では竹蔵も同様に耳を塞いでいる。
 「・・・ハハハ! 咆哮だけでここまでの威力」
 二人と相対していた八尾も耳を塞ぎながら、ニヤリと笑う。
 「・・・や、やはり無理だ・・・。こいつら倒せても、あんなのに勝てっこねぇ!」
 向こう側で戦っていた狸達の半数以上が、巨大な白尚坊に再び戦意喪失している。
 「・・・ジ、ジイさん! 大丈夫か!?」
 しゃらくが膝を着きながら、太一郎の元へ近寄る。
 「・・・しゃらく君、皆はどうなった・・・?」
 しゃらくに抱えられた太一郎が、震えながらしゃらくの顔を見上げる。
 「皆はやられちまった」
 「・・・そうか。・・・わしももう動けそうにない。・・・わしなんぞに付いて来てくれたばかりに、守ってやれず面目ないのう・・・」
太一郎が様々な思いに目を潤ませる。すると、しゃらくが太一郎を地面にそっと下ろして立ち上がる。
 「フフフ。人間の小僧よ。お前に何が出来ると云うのだ?」
 白尚坊が、一人立ち上がるしゃらくを見てニヤリと笑う。すると、しゃらくがフッと姿を消す。白尚坊が殺気を感じて横を振り向こうとする。刹那、バゴォォォン!!! しゃらくが白尚坊の頬を凄まじい勢いで殴る。その勢いに、殴られた白尚坊の巨体が浮き、凄まじい地響きと共に地面に倒れる。
 「八百八狸はまだ負けてねェェ!! こっからだぜ狐ジジイ!」
 完

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