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第四十二話 「八百八狸 対 千尾狐」

 奥仙(おうせん)は、中山(なかやま)の大草原。戦いの火蓋(ひぶた)が切られ、八百八狸(やおやだぬき)千尾狐(せんびぎつね)の両軍が一斉に四つ足で駆け出す。両軍かなりの数だが、数では千尾狐が上。そんな中、八百八狸軍として参加し、狸達と同じように四つ足で駆けるしゃらくは、どの狸達よりもずば抜けて速く、先頭を駆けて行く。それに竹伐(たけき)り兄弟の二人が続き、その後ろを走る狸達と共にウンケイが駆けて行く。そして大将として後方の本陣で鎮座する太一郎狸(たいちろうだぬき)の両脇には、鼻息を荒く腕を組むポン太に、兜を目深に被りぶるぶると震えるブンブクの二人が、護衛として一丁前に君臨する。
 一方の千尾狐軍は、総大将の白尚坊(はくしょうぼう)を始め六人の幹部たちも後方の本陣で鎮座している。
 「フフフ。百年ぶりだな。やはり戦は気分が高揚(こうよう)するわい」
 白尚坊が、目まで届きそうな程口角を上げている。
 「数でもこちらが上。武装の質もこちらが上。狸共にゃあ可哀想だが、勝負はもうついてるぜ」
 懐の中で腕を組んでいるイナリが、遠くの戦況を見つめる。
 「我々が勝つ確率九割。狸が勝つ確率一割。ククク。無謀だ無謀だ。勝負はついている」
 奇妙な絡繰(からくり)の乗り物に乗ったキンモクが、またも手帳に何やら書き留めている。
 「ぎゃはは! これで奥仙は俺達のもんだ!」
 梶ノ葉(かじのは)がゲラゲラと笑っている。余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の白尚坊と六人の幹部達が見つめる先では、千尾狐と八百八狸の両軍が遂に激突する。
 「うおらァァァ!!!」
 八百八狸軍の先陣を切ったしゃらくが、刀を振りかぶる千尾狐達に容赦(ようしゃ)なく殴りかかる。バチィィィン!! しゃらくの拳に狐達は吹き飛ぶ。
 「いってェェ!」
 殴ったしゃらくが、痛そうに手をぶらぶらと振る。すると、吹き飛ばされた狐達は平然と立ち上がり、ニヤニヤと笑っている。
 「なんて馬鹿力だ。だがこの甲冑(かっちゅう)があれば、俺達には傷一つ付けられねぇぜ」
 狐の一人が、してやった顔で着ている甲冑をコンコンと叩く。
 「(かて)ェなァ。けど生憎(あいにく)、硬ェ鎧には慣れっこでなァ!」
 しゃらくがそう言うと、再び狐達に腕を振りかぶる。狐達が目を見開く。
 「虎猫鼓(どらねこ)ォォォ!!!」
 しゃらくの掌底(しょうてい)が狐達に炸裂(さくれつ)し、再び狐達が吹っ飛ぶ。すると狐達の甲冑にひびが入る。
 「何ぃ!!?」
 千尾狐達が目を丸くしている。
 「へへ! やるじゃねぇか!」
 一方その傍らで、竹伐り兄弟が刀を振り、しゃらくと同じく千尾狐達を吹き飛ばす。竹伐り兄弟は二人とも二刀流のようで、刀を両の手に持ち、次々に狐達を吹き飛ばしている。
 「うおぉぉぉ!!!」
 ガキィィン!! ガキィィン!! 遅れて八百八狸達の軍勢が千尾狐達と激突する。激しく刀同士を何度もぶつけ合い、火花を散らしている。
 「おらぁぁ!」
 ガキィィン!! 竹伐り兄弟の長男竹蔵(たけぞう)が二対の刀を振り、狐達を吹き飛ばすが、こちらも鎧が硬く、吹き飛ばされた狐達が再び立ち上がる。一方の次男竹次(たけじ)の方も同じようで、狐達が何度も向かって来る。
 「随分立派な甲冑だな! おもしれぇ!」
 竹蔵がニヤリと笑う。すると竹蔵が、両の刀を広げて構える。隙有(すきあ)りと言わんばかりに、狐達が刀を振りかぶって向かってくる。
 「竹伐鋏(たけきりばさみ)!!」
 ズバァァァ!!! 竹蔵が広げた刀をそれぞれ、自分の体の前に向けて閉じ、狐達の甲冑ごと斬り伏せる。斬られた狐達は吹き飛び、白目を剥いてのびている。
 「・・・」
 一方の竹次は、向かってくる狐達に向けて、右手で両の刀を重ねて持ち、突き出す。そして両の刀を重ねたまま両手で持ち、体を横に(ひね)って右頭の後ろまで振りかぶり、左足を上げて構える。独特な構えに、狐達が目を見開く。
 「一本足伐法(いっぽんあしばっぽう)
 バゴォォォン!!! 竹次が振りかぶった刀を、音が出るほど物凄い勢いで横に弧を描くように振る。斬られた狐達は、物凄い勢いで遠くまで吹き飛ぶ。
 「しまった。遅れを取った」
 一足遅く、狸達に追いついたウンケイが、駆けながら薙刀(なぎなた)を振り上げる。そして狐達の軍勢に向かって高く飛び上がる。気が付いた狐達は、口をあんぐりと開けて見上げる。
 「雷電(らいでん)
 ドオォォォン!!! 勢いよく振り下ろされた薙刀は地面を(えぐ)り、その勢いで周囲の狐達が吹き飛ぶ。
 「こ、こいつら強ぇぞ!」
 千尾狐達が、四人の強さに怯んでいる。
 「おいおい。何やられてんだよアイツら」
 一方の千尾狐軍の本陣にて、椅子に腰を掛ける総大将の白尚坊、そしてその周囲を囲む六人の幹部達が戦況を見守っている。
 「意外とやるじゃねぇか、あの人間共も」
 幹部のイナリが、目を細めてしゃらくやウンケイを見ている。
 「ふふ。やっぱりいい男だね」
 「ちょっとタマモぉ〜」
 幹部のタマモに、イナリがくねくねと嫉妬(しっと)する。
 「ギャハハ! 楽しいなぁ! 久しぶりの戦はよぉ!」
 同じく幹部の梶ノ葉が、今にも出て行きそうにウズウズとしている。するとそこへ、八百八狸の十数人が刀を掲げて、千尾狐軍の本陣へ突っ込んでくる。
 「おぉもう来たぜ」
 六人の幹部達が、白尚坊の前に立つ。その奥で白尚坊がニヤリと笑う。
 「覚悟ぉぉ!!!」
 狸達が刀を振り上げる。すると、梶ノ葉が握った拳を振りかぶる。
 「狐空拳(こくうけん)!!」
 そう言うと狸達より大分手前で、ブオンと音が出る程の勢いで拳を振るう。一見空振りのような攻撃に狸達が目を丸くしている。刹那(せつな)、狸達が勢いよく吹き飛ぶ。梶ノ葉の空振りによって生まれた衝撃波が、狸達を襲ったのである。
 「ギャハハ! 楽しいなぁ!」
 それでも攻撃を(まぬが)れた残りの狸達が、怯む事なく突っ込んでくる。すると今度はタマモが(おもむろ)に前に出る。一見丸腰で出てきたように見えるタマモに、隙有りと狸達が一斉にタマモ目掛けて刀を振る。すると、振られた刀はタマモの体を擦り抜け、狸達が唖然とする。刹那、背後から無数の何かが飛んできて、それが狸達の甲冑ごと斬り付ける。
 「・・・くそっ! 何だ!?」
 見るとただの(ささ)の葉が、地面に突き刺さっている。背後を振り返ると、六人の幹部と白尚坊がそこにいる。しかし様子を見ると、周囲にあった物は先と変わらず、まるで自分達が訳も分からぬ方向へ突っ込んで行ったようである。
 「・・・どうゆう事だ!?」
 「あんた達が追い掛けたのは(まぼろし)。ふふ。幻は追い掛けたくなるものよね」
 タマモがニコリと笑う。すると隣のイナリが、ニヤリと笑いながら指をくいっと上げる。
 「笹鎌(ささかま)
 すると地面に刺さっていた笹の葉が、宙に浮く。狸達が目を見開く。ズバババァ!! 再び狸達が笹の葉に斬られる。斬られた狸達は気を失う。
 「やはりタマモの幻術と、俺の術の相性は最強だねぇ♡」
 イナリがタマモの頬をペロペロと舐める。
 「イヤだよぉ。こんな人前で」
 すると、先ほど梶ノ葉に吹き飛ばされた狸達がフラフラと立ち上がる。
 「ギャハハ! やはり根性だけはある!」
 「ハァハァ。・・・目指すは白尚坊の首! 行くぞぉ!!」
 狸達が、再び刀を掲げて突っ込んでくる。
 「クククク。根性だけでは勝てない。もっと頭を使うべき」
 幹部のキンモクがそう言うと、乗っている妙な絡繰から、大きな円筒が飛び出し狸の方を向く。ドオォォン!! そして円筒から放たれた砲弾が爆発し、狸達が吹き飛ぶ。
 「おぉすげぇな。南蛮(なんばん)の砲弾の威力は」
 イナリがキンモクの乗った絡繰《からくり》をコンコンと叩く。
 「ククク。我々には心強い後ろ(だて)が付いている」
 「そうだな。確かあいつは、人間共から十二支(えと)将軍とか呼ばれてるらしいぜ」
 後ろで静かに座る白尚坊がニヤリと笑う。
 完

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