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第四十一話 「面倒は省略」

 奥仙(おうせん)中山(なかやま)の大草原、月明かりに照らされた草原は、緊迫した空気とは裏腹な、優しい風に吹かれ揺れている。広大な大草原の両端には、紺染(こんぞめ)の旗を掲げた千尾狐(せんびぎつね)の軍団と、錆色染(さびいろぞめ)の旗を掲げた八百八狸(やおやだぬき)の軍団が睨み合っている。すると両軍から、数名ずつが真ん中へと歩いて行く。八百八狸軍からは、太一郎狸(たいちろうだぬき)竹伐(たけき)兄弟(きょうだい)、ポン()、しゃらく、ウンケイ、その肩に乗ったブンブクが出て行く。千尾狐軍からは白尚坊(はくしょうぼう)と、その後ろに体が大きく眼光鋭い狐六人が出て来る。そして両者が草原の真ん中で相対《あいたい》し、互いを睨み合う。しかし両者の表情には違いがあり、険しい表情の狸達とは裏腹に、千尾狐達は、余裕そうにニヤニヤと笑みを浮かべている。
 「フフ。懐かしいな。この景色も百年ぶりか」
 白尚坊が、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。
 「ええ。そうですな。それにしても、そちらは随分と立派な(よろい)(まと)っておられますな」
 太一郎狸が、相変わらず穏やかに微笑む。両軍が隣に立ち並ぶと、身に纏う甲冑(かっちゅう)の差は歴然で、狸達の古い甲冑に比べ、千尾狐達の黒い甲冑は真新(まあた)しく(つや)があり、月の光を禍々(まがまが)しく反射させている。
 「ぎゃははは! お前ら、なんてボロっちいのを着てやがんだぁ? ちったぁ(みが)いて来いよな。ぎゃははは!」
 千尾狐の中でも一番体が大きく、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の肉体を持つ狐が、ゲラゲラと笑う。この狐、名を“梶ノ葉(かじのは)”といい、千尾狐軍の六人の幹部の一人である。
 「好きに言ってろ木偶(でく)(ぼう)。お前こそ、その(かぶと)持て余してるな。全然似合ってねぇぞ梶ノ葉」
 竹伐り兄弟の竹蔵(たけぞう)が、梶ノ葉に啖呵(たんか)を返す。
 「おうおう久しぶりだな竹蔵ぉ。相変わらずムカつく野郎で安心したぜぇ! その()らず(ぐち)、すぐに潰してやるからよぉ!」
 二人が額同士を付けて、火花が散るほど睨み合う。
 「クククク。目には目を。歯には歯を。馬鹿には馬鹿を。クククク。類は友を呼ぶか、面白い。クククク」
 千尾狐の六人の中で一番小さく、まるで瓶底(びんぞこ)の様な眼鏡にひょろ長い(ひげ)(たくわ)えた狐が、(ふところ)から手帳を取り出し、笑いながら何かを書き留めている。彼は “キンモク”という名で、同じく六人の幹部の一人である。
 「あら人間もいるのかい? よく見りゃ色男(いろおとこ)じゃないか」
 こちらも人間程の大きな女狐(めぎつね)が、しゃらくとウンケイに目配(めくば)せをして、ぺろりと舌を出す。
 「おい(ひど)いじゃないかタマモぉ〜。僕という伴侶(はんりょ)がいるのに」
 女狐の後ろからひょろりと細く、しかしウンケイや竹蔵程の上背(うわぜい)の狐が顔を出す。
 「あらごめんなさい。でも分かってるでしょ? あなたが一番よイナリ」
 この“タマモ”と呼ばれる女狐と、“イナリ”という男狐(おぎつね)も六人の幹部の一員である。
 「何だ。しゃらくみてぇなのがいるな。わはは」
 ウンケイが笑う。
 「おいウンケイ! こんなヒョロヒョロと一緒にすんな!」
 しゃらくがイナリを指差す。
 「んだとごらぁ!? 人間のくせに! チビのくせに!」
 イナリがタマモの前とは豹変(ひょうへん)した態度で、しゃらくに顔を近づける。しゃらくも負けじと近づき、額と額を付けて睨み合う。
 「あァ? お前みたいなヒョロヒョロに何が出来んだよ。そこの女に守ってもらえよ!」
 「上等だこらぁ! お前は俺様が殺してやるよ!」
 「やってみろこらァ!」
 両者、戦前から激しくやり合っている。ウンケイはその様子を笑って見ている。ウンケイの肩に乗ったブンブクは、ずっと怯えてブルブル震えている。
 「・・・ダレ?」
 すると、ウンケイとブンブクの隣から突如(とつじょ)声がして、慌ててウンケイが振り向く。そこには真っ黒の羽織(はおり)を頭から被った狐が、ブンブクをじっと見つめている。
 「・・・こいつ、いつの間に?」
 冷や汗をかくウンケイの肩にいるブンブクは、この気味の悪い狐にじっと見つめられ、気を失う寸前である。この狐も幹部の一人で、名を“コックリ”という。
 「・・・」
 一方の反対側、竹伐り兄弟の竹次(たけじ)とポン太の正面に、梶ノ葉程ではないがかなり大きな男狐が、ボ〜っと空を見上げている。この狐は尾がかなり太く、尾だけ見れば狐というより狸のようである。
 「・・・」
 「・・・」
 この狐も竹次も何も喋らず、ギャアギャアとうるさい向こう側とは違い、沈黙が流れている。側のポン太も二人をキョロキョロ見ながら黙っている。
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・!?」
 この無口な狐が六人目の幹部、“八尾(はちお)”である。
 「そちらも相変わらず(にぎ)やかで良いですな」
 太一郎狸が穏やかに微笑む。
 「フフ。貴様らもな。一番(やかま)しいのがいないと思ったら、また喧しいのが来たな」
 白尚坊がしゃらくを見る。しゃらくは相変わらずイナリと睨み合っている。
 「・・・」
 すると白尚坊が、しゃらくの隣にいるウンケイの肩に乗ったブンブクを見て、何やら目を顰める。そして正面の太一郎狸の方を向き直る。
 「では、面倒は省略。始めようか」
 そう言うと白尚坊が、目に届きそうな程口角を上げ、ニヤリと笑う。
 「ほほほ。相変わらずですな」
 太一郎狸は相変わらず和かに微笑む。そして両者が後ろに振り返り、自軍の方へ戻って行く。幹部達も続いてそれぞれの自軍へ戻って行く。そしてそれぞれが自陣へ戻り、兜の緒を締め直す。
 「すまんのう。我らの戦いに巻き込んでしまって」
 太一郎狸がしゃらく達に頭を下げる。
 「何言ってんだジイさん。きっかけはおれだろ? 一緒に戦うのは当たり前だぜ」
 しゃらくがニカっと笑う。
 「しゃらくさん、これを」
 すると狸の一人が、古い甲冑をしゃらくに差し出す。
 「いやいらねェよ。動きづれェだけだからな。あんた着ていいよ」
 「いえ。私はもう着てますから」
 「じゃアその上に着なよ。わっはっは!」
 しゃらくが笑いながら、その狸の肩をバンバンと叩く。狸は苦笑いする。
 「ウンケイさんもどうぞ」
 今度はウンケイにも甲冑が差し出される。
 「いや、俺も大丈夫だ。ありがとな」
 ウンケイがニコリと笑う。
 「ブンブクさんは?」
 ブンブクにも甲冑が差し出される。するとブンブクは即座に甲冑を纏い、大きな兜を被る。
 「おいそんなの着るなら降りろよな」
 ウンケイがブンブクの後ろ首を摘んで、地面に下ろす。するとブンブクは、首がもげそうな程首を横に振り、泣きながらウンケイの脚を登ろうとする。しかしウンケイが、ブンブクの頭を抑え、登れない様にする。
 「久しぶりの戦だな竹次。お前ヘマするなよ?」
 竹伐り兄弟の竹蔵が、弟の竹次の方をバンと叩く。
 「・・・」
 すると竹次が、無言のまま刀を突き出す。すると竹蔵も刀を突き出し互いの刀同士をぶつけ合う。
 「よぉし! わははは」
 一方の千尾狐軍、相変わらず狐達は、自分達とは違い古くボロの鎧を纏っている狸達を嘲笑《ちょうしょう》している。
 「貧乏狸供め、武力もこちらが優勢。兵の数もこちらが優勢。フフフフ。賢くやらねば勝負にもならんぞ?」
 八百八狸軍に戻り、太一郎を中心に狸たちが円陣を組んでいる。
 「およそ百年ぶりの戦じゃ。皆、覚悟はええか?」
 狸達が皆、覚悟を持った眼差しを持って(うなず)く。
 「・・・あい分かった。千尾狐供をぶちのめすぞ」
 「おぉぉぉ!!!」
 そして両軍それぞれが位置に着くと、ブオォォ〜!! と法螺貝(ほらがい)が吹かれ、両軍が声を上げて一斉に駆け出し、いざ戦いの火蓋(ひぶた)が切られる。
 完

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